〜 障害物競走 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<25>
 ザックス・フェア
 

 

 

 

 

 

 神羅屋敷は、庭に入っただけで空気が変わる。

 のどかな田舎町の中にあり、当然地続きなのに。

 重厚な扉を開け、室内に入るとその違和感はさらに強くなるのだ。

 ……ティファちゃん、よくこんな屋敷の管理のバイトなんて引き受けたなァ。女の子の方が肝が据わっているというが、案外真実を突いているのかも知れない。

「ザックス、こっち。地下室はこの円筒形の階段で行くんだ」

 石造りの扉を開き、ジェネシスが俺を手招きする。

 この段階で、半ば俺はヤツと一緒に来たことを後悔していた。だが、延々と続く螺旋階段を見たとき、その後悔は100%の悔恨へと変化した。

「何コレ……すごくね?」

「うん。けっこう深いところに在るんだよ、地下室。ああ、階段降りちゃえばすぐだから」

「いや……っつーかさ」

 『じゃ、ザックスは待ってて』と言ってくれるかと期待したのだが、ジェネシスはあっさりと、

「さぁ、行こう。あんまりセフィロス待たせられないし」

 と言ったのだった……

 

 長い長い階段を降りるたびに闇が深くなる。

 当然だ、薄ぼんやりと灯りは点っているが、近代的なものではないし、外界から射し込む光も奥に行けば遠くなる。

「……しっかし、よくもまぁ、こんなところ……好き好んで入っていくよな……」

「どうして? なんだか面白いじゃない?」

 呆れた口調の俺に、意外そうにそう返すジェネシス。いやいや、俺のセリフはごく普通の感想だと思うのだが。

「どこがだよ! 気味が悪いっつーの!」

「ザックスは子どもの頃、探検ごっことかやらなかった? 裏山の洞窟とか、大木の『うろ』を見つけてもぐりこんだりとか」

「あ? まぁ、そういうのはフツーにあるけどよ。さすがにこんな場所には……」

 正直にそう答えた。

 ゴンガガのど田舎の村は、ここニブルヘイムにも負けず劣らずの鄙びた寒村だったが、大自然はここ以上に雄大で、夏が来れば川縁に魚を獲りに行き、秋、冬になれば木の実や草の芽を摘みに山へ入ったものだ。

 だが、神羅屋敷のような場所……そう、冒険と言うよりはむしろ肝試しに近いようなところには近寄らなかった。危ない場所、危険なところは怖くないけど、『不気味な屋敷』は苦手なんだ。

「……ふふふ、ザックスには理解してもらえないかもしれないけど……」

 そんなふうに前置きをすると、ジェネシスは夢見るように言葉を継いだ。

「俺さ、こういう雰囲気、好きなんだよ」

「……変わってるよな」

「そうかなァ。……ああ、それでね。俺の田舎はリンゴ農園をやっていたんだけど、母屋の他にこんな雰囲気の別棟があったんだ」

 内緒話をするように声を潜めてジェネシスがささやいた。

「……へぇ」

「別棟とはいっても、けっこう大きな敷地でね。そこの地下に石畳の階段がつながっていたんだよ」

「それで? お化けでも出るのかよ?」

「茶化さないでくれよ。そんなんじゃないけどさ。あの当時はもう使っていなかったわけだけど、多分貯蔵用の倉庫かなんかだったんだと思う。真夏でもそこだけ空気がしんと冷たくててね……」

「…………」

「いや、空気だけじゃなくて、雰囲気が違うんだよね。そこは確かに俺の家の一部に違いないんだけど、つまり持ち主は我が家なんだけどさ。ちゃんと本当の『主』は他に居るようなカンジで……」

「な、なんだよ、それ」

 問い質すこちらの物言いがビクついているように聞こえたのだろうか。ジェネシスは小さく吹き出すと、「なんて顔しているの」と、俺の頭を小突いた。

「ごめんごめん。別に怖がらせようっていうんじゃないんだよ。ただね、感じることがあるんだよ。こういうずっと昔から建っている屋敷とか……いや、別に『家』という形態をとらないものでもいいんだけど……そう、洞穴とか洞窟とか……沼なんかにもね。そういった場所にはちゃんと『あるじ』が居るんじゃないかなって」

「ど、どういうことだよ」

「言葉通りさ。後からやってきた人間なんか、阿呆のように金で買った所有権を振りかざしているだけで、古来からそこに在るモノどもは、ちゃんと己らの主を知っているんだ。そしてお馬鹿な人間どもがいなくなった後、みんなして嗤っているんじゃないかなって……ずっと考えていた」

 

       

   

   

    

 

 茶色の瞳が午後の日差しに溶け、琥珀色に輝く。

 怖いくらいに整ったツラで、そんな言葉を口にされると、あたかも彼自身が人ならざる身の『主』のようだ。

「お、おい、ジェネシス……」

「ああ、ごめん、おかしなこと言って。地下室の眠り姫がそうだって言っているんじゃないんだよ。彼は、何か理由があって本当に眠らされているだけで、本来はあそこに居る人じゃないと思うんだけど……あ、足元気を付けろよ」

 円筒形の階段の終わりに到着した。外界からの灯りは、頭の上の小さな「○」だけになってしまう。ジェネシスの話じゃないが、周囲の空気はしんと冷え切っていて、ひどくよそよそしい。まるで、外界から来た俺たちを、「よそもの」と嘲るかのように。

「ザックス、こっち。この部屋」

「お、おう……」

「あ、あまり物音立てないように気を付けて。びっくりさせると申し訳ないから」

 ジェネシスは理解しがたいことを言う。

 だって……何度起こそうとしても目覚めなかった人物なんだろう?足音程度で起きるわけがないじゃないか。

 それとも棺桶の中の人にだけ、注意を払っているわけではないのだろうか?

「俺たちがやってくる前から、何一つ変わらず、ずっとここに在り続ける、すべてのものに対して、だよ」

「え?」

「今、おまえが心の中で考えていたことの答え」

「……よ、よせよ。別にそんなこと……」

 こいつ、読心術でも心得ているのだろうか? セフィロスと違って、ジェネシスは本当に人の心の機微を解する。いや、解したところでそれに考慮するわけではないのだが、やはり考えを読まれるのは気持ちよいものではない。

 ……それに、そんな具体的なことまで解答されるなんて。俺ってばそんなにわかりやすい男なんだろうか。

 人の気も知らずにジェネシスは、どんどん室内へ入っていってしまう。おっかなびっくり後をついていく俺など、さぞかし滑稽に見えるだろう。

 だが、彼はこちらを振り返ることなど一度もなく、目的の部屋へ足をすすめ、大きな棺桶の前に跪いた。

 そこは石造りの室内で、少し高く石の積まれた場所……大切な棺を収めるために台状に持ち上げられている部分であった。

 その上には、一つの大きな棺桶が安置されていた。

 黒々とした黒曜石で文様の彫りこまれたそれは、他のものとは一線を画していて、それが何か意図的なものを……つまり大切な「モノ」を収めているように見られた。

 ジェネシスは何の躊躇もなく棺の蓋に手を掛ける。

 石造りのそいつはすごく重いはずだ。それを音一つ立てずに丁寧にもちあげ、傍らに寄せた。