〜 告 白 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<32>
 ジェネシス
 

 

 

「……逃げられた」

 ぼそりとセフィロスは答えた。

 

 ……『逃げられた』?

 まさか実力行使に及んだわけではなかろう。本人はたいしたことはないと思っているようだが、彼の負傷は軽いものではない。それは仰々しいほどに巻き付けられた包帯からも見て取れる。

「逃げられたって……どういうことだ? 無理やりベッドの中にひっぱりこんだわけじゃないんだろう?」

 やや冗談めかしてそういうと、セフィロスはぎろりとこちらをにらみつけてきた。ようやく目に生気が戻ってきた感じだ。

「バカヤロウ! オレさまがクラウドにそんな真似をするか!」

「そうだよな。まずはおまえの気持ちをきちんと伝えるところからだ」

「……『好き』と言ったんだ。やはりクラウドはその言葉の意味を正確には理解してくれなくて…… 少し驚いたような困ったような顔をしていたから、オレは特別な意味合いで好きなのだと……クラウドのことを愛しているのだと……告げた」

「うん、がんばったじゃないか。それで?」

 そういいながら、ミニキッチンに足を進めた。VIPルームのこの部屋には、そういったものまでついているのだ。

「それで……」

「チョコボっ子は理解してくれたのかい?」

 丁寧に淹れた紅茶をセフィロスに差し出しつつ、俺は先を促した。

「……理解した……だから逃げたんだ」

 苦いものを飲み下すように、彼はつぶやいた。

「返事は? 聞けなかったのか?」

「だから、逃げたっつってんだろッ! 返事も何も……」

 この世の終わりのような苦渋に満ちた叫び。その場にいた俺ではなかったが、どうにも彼は先走っているだけだと感じられる。

 だいたい『逃げられた』=『振られた』という図式にはならないだろう、この場合。

「クソッ…… やっぱりザックスのいうとおりなのか……? あの巨乳娘が……」

「ティファちゃんのことかい? まぁ、待てよ、セフィロス。今は彼女は関係ないだろう?」

「…………」

「チョコボっ子はきっとびっくりしたんだろうね。男の子だし、ずっと憧れていたおまえに告白されて」

「…………」

 セフィロスはむっとしたまま黙り込んでいる。

「『逃げた』と言うけど、ちょっとニュアンスが違うんじゃないのか?」

「……なんだと?」

 掠れた声で、彼は聞き返した。

 きっと、チョコボっ子が飛び出してから後、飲まず食わずで座り込んでいたのだろう。

「ほら、お茶飲んで。冷めるよ」

「…………」

 

 

 

 

 

 

「なぁ、セフィロス。おまえの十代のころと、あの子は違うんだよ」

「…………」

 むっつりと黙り込んだまま、茶を啜る。

 返事どころか、こちらに目線を寄越しさえしないが、彼がきちんと話を聞いているのは俺にもわかっていた。

「『セフィロスさんとは付き合えない』って言われたワケじゃないんだろ」

「……慌てて逃げて行ったんだ」

「つまり、返事は保留だね。……あの子が答えを出すには、まだ時間がかかるかもしれない」

「そういうもんなのか? オレを気遣って言ってんなら、やめろ。かえってツライ」

「別に気遣ってやしない。俺はその場にいなかったが、おまえの言葉にウソがなければ、さっき話したとおりだと思う」

 疲労と心痛で血走った瞳で、彼は俺を見上げた。

「……本当に?」

「本当だったら。もし、フラれてんだと感じたら、俺はハッキリ言うよ。適当にごまかして宥めたりはしない。……おまえは俺にとっても、特別な人だからね」

 そこまで言ってやると、彼はようやく張り詰めていた息を、ハァッと吐き出した。強張った肩から力が抜ける。

「そうか……そうなんだな。驚かすつもりはなかったが、クラウドをずいぶんとびっくりさせてしまったらしい」

 オレのセリフに感動することもなく、セフィロスはひたすらチョコボっ子のことを考えている様子だ。

「……ふっ、やれやれ、いったいどんな告白の仕方をしたんだ?」

「ご、ごく普通に告げただけだ。別に無理やりどうこうってわけじゃ……」

「まぁ、そうだろうな。おまえは思いの外、純情だ」

「……クラウドにだけだ。あの子は純粋だから……」

 からかい言葉に怒鳴り声を上げるかと思ったが、セフィロスは静かにそう答えただけだった。

 チョコボっ子のどこに、この男をこんな風に変えてしまう力があるのか……

「わかったわかった。……まずは身体を治すことからだ。いいな、セフィロス」

「…………」

「いいな、わかったな?」

「……あ? 何か言ったか?」

 すでに心ここにあらずという風情のセフィロスに、きちんと安静にするようにと繰り返し言い含めた。

 俺の多忙な一日は、なんやかやとセフィロスがらみで終結する。

 とはいうものの、彼が負傷しているからという理由ではない。

 

 こんな出来事さえなくとも、彼の存在は、俺の日常生活の中に、組み込まれているのだ。