〜 修習生・研修旅行 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<25>
 ザックス・フェア
 

 


 

 

 

 咄嗟のことであった。

 横殴りの突風が彼らの身体を大きく引っ張ったその瞬間……

 闇の虚空に銀の刃が踊った。渾身の力で支えていたロープが、勢いよく弾かれる。

 

「セフィロス……!!」

「セフィロスッ! バカ、よせッ!!」

 

 片手で支えていたクラウドを、両腕で懐に抱え直したセフィロス。

 ロープが引っ張られ、岩壁が砕けそうになる直前に、命綱を自らの刃で断ち切ったのだ。 絶え間なく風の吹く漆黒の闇を背後に、音もなく吸い込まれてゆく長身の男…… セフィロスの銀の髪と、クラウドの金髪だけが一瞬輝いて見えた。

「セフィロス〜〜〜っ!!」

「ザックス! よせッ!!」

「セフィロス〜〜〜ッ!! クラウドォォォォ!!」

「ザックス!! 落ち着けッ! おまえまで一緒に落ちるつもりかッ!!」

 バシッ!

 と右頬が鳴った。痛みは全く感じなかったが、その大きな音に驚いた。

 どうやら、ジェネシスが俺を殴ったらしかった。

「ザックス! 騒ぐなッ! 今は気持ちを落ち着けろ!」

「あのふたりがこの崖から転落したんだぞ!・ セフィロスのヤツ、セフィロスのヤツっ!!」

「ザックス! 落ち着けと言ってるんだ!……まだやるべきことがあるだろうっ!」

「なにを…… なにをだよッ!! くそぉぉぉ! 俺のせいだッ!! セフィロスまで……セフィロスまでッ!!」

「ザックス!!」

 ガシッと肩を掴み締められ、ぐいと引っ張り上げられた。

「ザックス! あきらめるなッ! 少なくともセフィロスは『まだあきらめてはいない』ぞ!」

「アンタッ! 何言ってんだよ!!」

 俺は涙と鼻水にまみれながら、怒鳴り声でジェネシスに噛み付いた。

「あきらめていないだとッ!? セフィロスは……セフィロスは、俺たちを巻き添えにしないように自分でロープを斬ったんだぞ!? この高さから落ちて、無事に生きていると思ってんのかよッ!?」

「ザックス! 馬鹿者! 見ていなかったのか!?」

「なんだよッ! なにをだよッ!?」

「セフィロスたちはどっちへ落ちたと思う? いや、どちらへ向かって『跳んだ』と思っているんだ!」

「と、跳んだだと!?」

 動転してひっくりかえった俺の声音に、ジェネシスの落ち着いた声が重なった。

「予定外だったろうけど、セフィロスの行動は計算してのことだ。彼は崖側ではなく、森めがけて落下した」

「も、森……」

「ザックス! 一旦テントに戻って、明朝の捜索隊の手配! 俺たちはこのまま落下地点に向かうぞ!」

「…………」

「しっかりしろ! セフィロスは大丈夫だ。もちろん、チョコボっ子も。……俺は何度もこんな場面を見ている」

「……ジェ、ジェネシス……」

「……あのしぶとい男は、この程度のことでは死なないよ」

 彼の言葉に促されるように、俺はもはや一歩も動かないと感じていた足を引きずりだした。

 

 

 

 

 

 

「H−7地点。異常ありません」

「H−8地点。……特に異常なし」

「H−8’…… 一部、地面に崩落の後がありますが、これは昨夜の雨で積もった土砂であると思われます」

「H−7’。こちらも異常なし」

 異常なし……

 異常なし……

 異常なしッ!!

 

 ああ、もう、『異常なし』って何なんだよ!

 異常なしってよ! 異常がないわけないだろ!? セフィロスはクラウドを抱えてこっちの方向へ落下したんだ。……いや、跳んだんだよ、自分の意志で!

 絶対に、どこかにいるはずだ。このあたりのどこかに……!!

 だから、なにか手がかりがあるはずなのに! 異常なしはないだろう? なにか通常とは異なる現場状況が見られるはずだ。

「……ザックス、焦るな」

 いきり立つ俺の肩に、そっと手が添えられた。

 穏やかな物言いはジェネシスだ。彼も昨夜から一睡もしていないのに、いつもとまったく変わらぬ様子で指揮を執っていた。

 

 ……夜が明け、ようやくまともな探索体制が整えられた。

 とはいうものの、僻地での研修旅行中。地元の協力を得るとはいっても、ミッドガル本社が直接バックについているときとは機動力が異なる。

 だが雨風が収まったので、救助用のヘリを出してもらえたのは僥倖だった。彼らを見つけられれば、すぐに病院に搬送してもらえるはずだ。

 だが……肝心のふたりが見つからなければ……

 いや、見つかっても、すでに取り返しの付かない状態だったら……

「……ザックス。良くない方へ考えるな。思いの外ナーバスな男だな」

「ナーバスにもなんだろ、フツー!? アンタ、どうしてそんなに冷静なんだよ! テメェは弱点無しか!?」

「よせよ、八つ当たりは。俺の弱点は女神だけだよ、知っているだろう? ……さぁ、進むぞ、ザックス。修習生たちも頑張っている。俺たちが絶望的な表情でいるわけにはいかないだろう?」

「ああ、わかっている……! わかってるよ!」

 あきらめたわけではなかった。

 いや、ジェネシスについて、先に進めば進むほど、「絶対に大丈夫だ!」という気持ちが強くなった。理屈ではない。

 いや……そろそろ体力の限界が来ていて、そう思いこまずには、一歩も足が前に出なくなっていたからかもしれない。

 

 だから……最初、ソレを見つけたときも幻覚かなんかだと思った。

 

 真っ黒い熊が、レモンを抱いている。

 

 何の脈絡も現実味もない言葉。

 夜通しの救助作戦を敢行した身体には、早朝の太陽がまぶしすぎて……ヘンなもんを見ちまったみたいな。