〜 修習生・研修旅行 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<24>
 ザックス・フェア
 

 


 

 

 セフィロスがクラウドに語りかける。

「クラウド、落ち着け。……いい子だから、目を閉じろ。大丈夫だから」

「だ、だれ……? でも……こ、怖いよぅ……」

「大丈夫だ。必ずおまえを助ける。オレを信じて目を瞑っていろ」

 あの短気なセフィロスとは思えない辛抱強い説得。セフィロスの力強い声は、風の音に消えることもなかった。

「……そう、いい子だな。私は必ずおまえを守る。だから言われたとおりにできるな?」

 こんなときなのに、繰り返し言い聞かせている。セフィロスはどうにかして、クラウドに正気を取り戻させようと試みているのだ。

 無事、クラウドを確保できても、彼がパニックに陥って暴れたりなどされては、いかにセフィロスといえどこの状況は厳しいのだろう。

「さぁ、クラウド。瞳を閉じてみろ」

「め、目を……? でも……」

「そうだ、大丈夫だから。できるな、クラウド……?

「ハ、ハイ……」

 よしッ!いい子だ、クラウド。

 セフィロスを信じて、そのまま大人しくしているんだ。

「ザックス。ロープを」

 ジェネシスに声を掛けられ、改めて身を起こしてロープの根本を確認した。

「もう一巻きして壁面に打ち付けよう。岩壁だからな……保てばいいのだが。……ああ、いい、俺がやるから、おまえは押さえててくれ」

 ロープにこぶをつくり、最後の一本であるくさびで、再度壁面に打ち付ける。いつもは自信たっぷりのジェネシスとセフィロスだが、こういう『守り』の任務は少ないのだろう。

 ロープの確保なんざ、トップソルジャーが受け持つことなんざ、まずないから。

 

 クラウドがぎゅっと目を瞑り、両手足も子犬のように縮こまらせる。

 セフィロスは、風の流れを慎重に読んでいる様子だった。時折突風が吹いて、不安定な木の枝を揺らすのに、肝が縮まる。

「セフィロス……!」

 喉に詰まった唾を嚥下する音が妙に生々しく耳に響いた。きっとクラウドは唾も出ないほど、口の中をカラカラに干上がらせているだろう。

 セフィロスの長い腕が、クラウドの背後から伸びる。 

 ああ、ダメだ。パーカーを引っ張るのは危険だ。しかも片腕じゃ…… だが、セフィロス自身の身体の安定のためには、両腕をクラウドに伸ばすわけにはいかないのだろう。

「クラウド……! セ、セフィロス……ッ!」

「大丈夫だ、ザックス」

「あ、ああ」

 もどかしい沈黙の中、わずか数秒だったはずなのに、俺にはまるで気の遠くなるような時間が過ぎたように感じた。

 セフィロスの腕が、ずいと突き出され。縮こまったクラウドの胴部を巻き込んだ。

「ひっ……」

 という、短い悲鳴が彼の喉から飛び出した。

 セフィロスはそのまま勢いにまかせ、彼の小さな身体を引き寄せ、胸元で抱き留めたのだった。

 俺の背中を冷や汗が伝った。

 

 

 

 

 

 

「あ……あ……」

「クラウド? 可哀想に……怖い思いをしたな。もう大丈夫だ」

「……セ、セフィロス……さん?」

 歯の根のあっていない怯えた声が、ようやくその名をつづった。真っ暗な闇の中では誰が助けに来てくれたのかわからなかったのだろう。

 おまけにあの不安定な状況では、背後を振り返ることすら不可能だったのだから。

「セ、セフィロスさん……なの……?」

「ああ、そうだ。よしよし、よく頑張ったな、クラウド」

「セフィロスさん……!! セフィロスさぁんッ!!」

 クラウドは、ヤツの胸元にしがみつくと、身を震わせ泣き出した。

「……もう平気だ、何の心配もいらん。……泣くな、クラウド」

「セフィロスさんッ…… ご、ごめッ……ごめんなさいッ! ごめんなさい……ッ!!」

「もういい。……いいんだ。不運だったな。だが、おまえにはこの私がついている。さ、上に戻るぞ」

 セフィロスはまるで子供をあやすように、泣きじゃくるクラウドの前髪に接吻し、震える背を撫でた。

「クラウドッ! クラウドーッ!!」

 たまらなくなって、俺も声を張り上げた。セフィロスが確保しているのなら、声を掛けても大丈夫だと考えたからだ。

「あ…… だれ……? ザックス……? ザックス!?」

「おう! 俺もジェネシスもいるぜ! もう大丈夫だッ! よく頑張ったなッ!」

「ザックス〜!! うわぁぁぁん」

 セフィロス以外にも、助けが来てくれていることで張り詰めた気持ちが緩んだのだろう。クラウドはボロボロと涙をこぼして大泣きし出してしまった。

「クソバカッタレ! アホハリネズミ! せっかく泣きやんだのに、クラウドを刺激するなッ! よーしよしよし、もう大丈夫だぞ、怖くないからな。落ち着け、クラウド」

 まるでようやく寝付いた赤ん坊を叩き起こした極悪人とばかりに、罵倒される俺であった。だが、そんな不平はジェネシスのするどい叱責ですぐに忘れた。

「ザックス! ロープのくさびをもう一度打ち付け直せ。急げ!」

「え? あ、ああ!」

「セフィロス、身体を安定させてくれ。ロープを保つのが難しい」

 とジェネシス。彼はピッケルでくさびの根本を壁に押しつけていた。

「くそ……ッ! わかっている。 いいか、クラウド。私につかまって絶対に手を放すなよ!」

「は、はい! セフィロスさん」

「大丈夫だ、心配するな。私はおまえを守るためにここに来たんだ」

「は、はい」

「いいな。何があっても離れるなよ。怖くなったら目を瞑れ。だが手だけは放すな」

「はいッ!」

 クラウドの返事を受けると、セフィロスは彼をしっかりと抱え込むように抱き直した。片手で慎重にロープを手繰り、崖を登り始める。

 ジェネシスと俺にできることは祈ることと、ロープの根本を見守ることだけ。

 だが、運命の女神は、尚も過酷であった。

 

 絶え間なく吹き付ける突風。

 雨に濡れ、何度も岩壁に擦りつけられたロープ……

 わかっていたはずなのに。セフィロスがクラウドを抱えて、ここまで戻ってこられるのは五分の賭だと理解して送り出したはずだったのに。

 

 横殴りの雨と風で、足場の無いセフィロスたちの身体がぐぅんと持って行かれる。

 さすがの彼も守るべき少年を抱えては、思うとおりに動きが取りにくいのだ。

「ジェネシス……ロープが……クソッ、岩壁が保たねェ!」

「ああ……わかっている。セフィロス、急げ!」

 ジェネシスがセフィロスを急かす。

 ロープそれ自体よりも、その大本を打ち付けている岩壁のほうが持ちそうにない。なまじ岩壁なので、一旦弱ると修復のしようがないのだ。

 

 ビョオォォォ!

 

 突風が吹きつけるたびに、セフィロスの長い銀髪が闇に散らばる。

 ギチギチというロープの音が、俺の焦燥を煽る。

 このロープが保たなければ…… もし、くさびを打ち込んだ岩壁のほうが、先に崩れることがあれば……

 俺たちも一蓮托生だ。

 セフィロス…… ああ、英雄セフィロス!!

 頼む、間に合ってくれ……!! なんとかしてくれ……!!

 そう祈った瞬間だった。

 ビュオッ!

 という、耳の痛くなるような突風。

 足場のある俺たちでさえも、吹っ飛ばされそうな横風が吹き付けてきたのだ。

 

 その瞬間……

 俺とジェネシスは…… 声をあげる暇さえなかったのだ。