〜 修習生・研修旅行 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<23>
 ザックス・フェア
 

 


 

 セフィロスは……なんつーか、やっぱ超無謀な男だった。

 だって、この雨に風……壁面は岩盤まじりで、水に濡れてズルズルなのに……

 ヤツは、ロープに頼って、少しずつ断崖を下るような真似はしなかった。

「ギャァァァ! セフィロスーッ!!」

 と、俺はぞうきんを引き破るような悲鳴を上げてしまった。

 だって、信じられるか?

 あの男、ロープは軽く脇に通しただけで、ほとんど崖を駆け下りるようなカンジで、目的の場所に到達したのだった。

 ロープを頼りに滑り降りるなら、まだわかる。それくらいなら大した負荷にはならなかったはずなのに。

「ザックス、落ち着け。彼は大丈夫だよ」

 ジェネシスの低い声がそうつぶやいた。

「わ、わ、わかってるよ! だ、だが、あいつ、なんて無茶しやがるんだよ!? ここから落ちてみろ! いくらセフィロスだって無事にはすまねーぞ!」

 妙に落ち着きはらったジェネシスの物言いがカンに触って、俺は怒濤のように言い返した。

「もちろん、わかってやってるんだろ。……自信があるんだよ」

「すっげェな……やっぱし……英雄は……」

「……今はチョコボの命も懸かっているからね。愛しい人のためなら、なんでもできてしまうものさ。俺だって女神のためなら……」

「いや、今は女神とかそういう場合じゃないんだからな!」

 

 ジェネシスの言葉で、俺は現実に引き戻される。

 セフィロスの身のこなしを誉めている場合じゃないんだ。クラウドが危険な状況にあるのは全然変わっていなくて……一歩間違えれば、救助に赴いたセフィロスともどもクレバスに真っ逆さまになってしまう。

 不安定な足場であったが、俺はなんとか身を低くかがめ、ライトでセフィロスの姿を追った。

 さすが英雄といったところか、すでにクラウドの間近に迫っており、その周辺の地形を確認している様子だった。

 おそらく、彼を確保した後、二人分の体重をささえられる場所を模索しているのだろう。

 

 不意にクラウドが意識を取り戻したのは、まさしくそんなときだったのだ。

 俺の声のせいか……いや、やはりセフィロスの壁を下る振動がそうさせたのではないかと思う。

「……ッ!!」

「あ……ッ」

 俺とジェネシスは揃って息を呑んだ。

 自分たちの足場の不安定さも忘れ、クラウドの姿を凝視した。

 クラウドは、最初、いったい自分がどんなことになっているのか、まるきり訳がわからない様子であった。

 頭を持ち上げているのか、チョコボの尾のような髪が、ひょこひょこと動いているのが見えた。

「クラウド……」

 俺は両手を揉み合わせるような気持ちで……いや、実際に祈るように組み合わせ、頼りなげなチョコボのヒナを見守った。

 

 

 

 

 

 

 不意にクラウドの小さな身体が不自然に揺れた。

 絶壁を吹き下ろす突風でではない。彼本人の胴震いによってだ。

 哀れなチョコボは、ついに己の置かれた想像を絶する状況に気がついてしまったのだった。

「ひ…… あ……ッ」

 風に掻き消されるか細い悲鳴。

「ク、クラウド……ッ」

「あ…… あ…… た、たすけ……」

 恐怖でまともに声を出すことすら出来ないのだろう。

 俺は、ひどく注意深く、脅かさぬようクラウドの背後に忍び寄るセフィロスを見つめた。それだけしかできぬ自分が、泣けるほどに情けなく感じた。

「ひ…… だ、だれか…… ザ、ザックスぅ〜……」

 クラウドの口から泣き声が漏れた。上手く聞き取れなかったが、確かに俺の名を呼んだ。この研修の引率者で、いつも側に居た俺の名を。

「ザックスぅ〜……たす……けて……ェ」

「ク、クラウド……ッ!」

 壁面から落ちんばかりに身を乗り出しかけた俺を、ジェネシスが素早く引きとどめた。

「ザックス、無茶をするな」

「く、くそ……ッ! チクショウ!」

「……落ち着け。こういうときほど冷静に対処しろ」

 上官の表情になって、彼は浮き足立つ俺を諫めた。

「ジェネシス……」

「セフィロスが行っているんだ。あの子に声を掛けるタイミングを計って居るんだろう。きっと……大丈夫だ」

「あ、ああ……」

 ジェネシスの言葉を、まるでお守り代わりのように頭の中で反芻し、俺は祈った。そう、本当に文字通り神に祈ったのだ。ガキの頃から、こんなにも真剣に祈りを捧げるのは生まれて初めてのことだった。

 

「だ、だれか…… た、たすけ……てェ…… こわいよぉ〜……」

 ヒュウォォォォ……

 悲鳴のような突風が、クラウドの声を掻き消す。俺は耳を塞ぎたい衝動にかられたが、そんなことはしなかった。そこまで逃げてどうするんだ!

 本当なら彼に声を掛けてやりたいが、今はまだ危険なのである。俺は必死に自分を抑えた。

 俺の肩をつかむジェネシスの指に力がこもった。

 

「た、たす……けて…… う、うえっうえっ……」

「……クラウド!」

 押し殺した、鋭い鞭のような声が飛んだのは、まさにそんな瞬間であった。

「う、うえっ……うえっ……」

「クラウド! しっかりしろ!」

「……え……あ…… だ、だれか……い、いるの……?」

 クラウドの泣き声は、ひどく戸惑ったものにかわった。側に助けが来てくれているかもしれないという安堵と、落下の恐怖が入り交じった響き……

 まるでもらってきたばかりの子猫が、見知らぬ部屋と飼い主を戸棚の隅から見つめるような……そんなニュアンスが一番近い感じだった。