〜 修習生・研修旅行 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<8>
 ザックス・フェア
 

 

 

 

 

 

 へらへらと目の前で笑っているのは、おなじみジェネシスであった。

「お、お、お、お……」

 人差し指を突きつけたまま、しばし言葉にならない声を漏らす俺。ジェネシスはその様がずいぶんと心地よかったようで、いたずらっこのように笑った。

 そんなツラでさえ、ちゃんと綺麗に見えるんだから、美形っつーのは得なものだ。

「オイィィィィ! ア、アンタ……アンタ……」

「ねぇ、ザックス。合宿所ってドコ? 俺、見に行きたいんだけど、ダメかなぁ?」

「ダ、ダメかなぁじゃねーだろッ! アンタ、何考えてんだよ!? どうしてこんなところに居るんだッ!!」

 胸ぐら掴む勢いで怒鳴る俺を、困った弟だと言わんばかりに見下ろして、ジェネシスは柳眉を寄せて苦笑した。

「そんな大声だすと目立っちゃうよ、ザックス。ほら、ただでさえ見られているのに」

「見られてんのはオメーだろうがッ!」

「えー、ザックスにそんなふうに言われると少し照れるなァ」

「そーじゃねーだろッ! アンタは言葉が通じないのか!」

 ぜいぜいと肩で息をする俺に、ジェネシスは「ゴメンゴメン」と謝った。

「ええと俺が此処にいる理由だよね? ほら、先週末の本社打ち合わせあったじゃない? 結局動きなしってことで、遠征はなくなったんだよ。だから来たんだ」

「いや待て。『遠征がなくなった』まではいい。でも出張じゃなくたって仕事は他にあるはずだろ? ソルジャー1stならいくらでも……」

「うん。でも、休みにしたんだ。まだ休暇日数結構残っているし」

「…………」

 まぁ……確かに、俺たちソルジャーの中で、有給休暇をすべて取得するのはセフィロスくらいのもんだ。

 なんだかんだで忙しく、上手い具合に休みが取れるわけではない。ミッションが終わった段階で、長期休暇でも入れりゃいいんだろうけど、独身の俺なんざしがない独り旅くらいしかすることはなくて……

 ジェネシスは意外にも休みを取らない。……というか自他共に認める気分屋の男だから、一ケ月前に翌月のバカンスを決めるなどという芸当は、ほとんど不可能なのである。

 気が乗らなければ、前日でも『やっぱり行かない』と抜かしやがる。なんせ、払い込み済みの数十万の旅行代金さえ、あっさりとなかったことにしてしまう神経の太さなのだ。

 その代わりというか、ちょくちょく小さな休みを取る。多分、「今日は仕事したくない」とかそういった思いつきで。

 

「どうしたの、ザックス?」

「休暇……かよ。アンタは確かにあんまし休み取らないもんな」

 頭で考えていたことを口にした。

「うーん、そうだねェ。先の予定を立てて休暇を取るタイプではないかな。ああ、でもこの前ザックスたちとニブルヘイムに行ったじゃない。あれはちゃんと『休暇』だよ?」

「……そんでまたすぐに、よく取れるよね、休暇」

「それは申請書書いて提出すればいいんだから。ああ、大丈夫。今回はちゃんとラザードのデスクに置いてきた」

 ニブルヘイムに行く俺に、強制同行してきたときは、ラザード統括の私室の前に放置という荒技をやってのけた男なのだ。

「いや、俺が言ってんのは、なんつーの…… 気分的なことでさ。長期休暇の直後にまた休暇ってさ……言い出しにくくない? フツー人として……」

「いや、全然?」

 訊いた俺がバカでした。そう、こいつはジェネシス。セフィロスと合わせて、最悪コンビなのであった。

「……アンタな、アンジールが早死にしたらオメーらのせいだぞ。ラザードが禿げてもオメーらの……」

「ああ、彼、危なそうだよな」

 ニコニコと笑うジェネシス。もう苦情を申し立てるのにもうんざりとしてきた。

「じゃ、俺、仕事中だから行くから。死んでも合宿所にはツラ出すなよ」

「居場所、教えてくれないのか?」

「アホか。なんでわざわざしなくていい苦労を、俺自身が呼び込まなきゃらないんだ。アンタは休暇で来てるんだろ。まぁ、こののどかな町でマッタリしてたら?」

 ひらひらと手を振って、踵を返す。他にもやることはある。さっさと戻らなければならない。

 

 

 

 

 

 

「つれないなぁ。しょうがない。後はセフィロスの情報待ちだな」

 信じられないジェネシスの言葉が、俺の耳に入った。

「……今、なんつった?」

「え? なにが?」

「『なにが?』じゃねーよ。俺の聞き間違えか?今、スゲー嫌な奴の名前を……」

「あっはっはっ、ひどいなァ、ザックス。もう少しセフィロスと仲良くしろよ」

 脳天気に笑うジェネシスを、心の底からぶっ飛ばしてやりたくなった。まぁ、実際はソルジャー1stの双璧なんだから、そう簡単にはいかなかろうが。

「お、お、おい!なんだよ、それ、どういうことだっ!? セフィロスも来てるのか? だって、ソレ、ありえねーだろ? あの人、有給なんざとうの昔になくなってるし、だいたい先週の今週で……」

「来てるよ」

 拍子抜けするほどあっさりとジェネシスはうなずいた。目の前が暗くなっていく……ああ、もしかして俺、貧血なのかも。

「だいたい、この場所突き止めたのだってセフィロスだし」

「と、止めろよ、アンタ、一応ヤツの同僚だろッ!?」

「止めても無駄だよ。ザックスだってわかってるだろ?」

 ……わかってる。わかっているからこそ、唯一セフィロスに『腕づく』ができそうなこの男に期待したいのだが、まともな了見よりも遙かに好奇心のほうが強い野郎なのだ。

 クラウドの研修旅行にセフィロス乱入……なにか面白いことが起こるに違いないと期待しているのだろう。なんかワクテカしてやがる。

「ああ、別にチョコボとセフィロスのことだけじゃないよ。ザックスも居るって知っているから、わざわざこんな田舎町までやってきたのさ」

「なんだよ、それ。気持ちわりーんだよ」

「ひどいなァ、あっはっはっ。やれやれ、それにしても、本当にみごとなカントリー・シティだね。チョコボの故郷といい勝負だ」

「俺の田舎はこんなもんじゃねーぜ」

「ゴンガガだっけ?今度連れてってよ」

「冗談はノーミソだけにしてくれ。アンタみたいなのが道歩いてたら、見物人が家から出てくる」

 俺の言葉をどう捉えたのか、ジェネシスは面白そうに笑った。そしてふと笑いを納め、遠いまなざしで小さな町を眺め、噴水に目をやる。

「ちょっとこの町には仰々しい噴水だけど……綺麗だね。太陽の光を水が虹色にはじき返している」

「……はぁ」

 どうも詩的な表現にはついていけない。だが、ジェネシスはいっこうにかまわず言葉を続けた。

「……いつの日か女神とこんなところを歩いてみたいな。世界は汚穢で醜悪だけど、人の少ない田舎町はそれほど汚染されてはいない。町の人々も悪心がある者は少なそうだ」

「…………」

「……いや、やっぱり女神を連れて歩くのなら、こんな日差しの強い、ほこりっぽい場所ではダメだ。空気の汚れには少しだけ目を瞑ってもらって、西海岸のUpperヒルズへ……」

 ミッドガルからずっと南に下った西海岸沿い。ルーファウスの別宅なんかがある上流階級の別荘地だ。大きなホテルや観光施設などもあるけど、新羅本社のある土地よりも遙かに美しい場所のことである。

「やれやれ、笑ってくれよ、ザックス。少しは気分転換になるかと思ったんだけど、やっぱりひとりになると、あの人のことばかり考えてしまう。彼の名前も知らないのに……切なくて胸がちぎれそうだよ」

「ハッハッハッ」

「……どうした?」

「え? いや、今、アンタが笑えって」

「無神経だなァ、まったく……たまには慰めてくれたっていいだろう?」

 言葉だけは苦情だが、くすくすと楽しげに笑うジェネシス。

「……じゃ、俺、もう行くぜ。一応、仕事で来てるから、やることけっこうあんだよ」

「ああ、そうだな。邪魔したね、ザックス。危険はないだろうけど、気をつけろよ」

「…………」

「どうした?」

「おい、これ!」

 知りポケットから、ぐしゃぐしゃになったメモを押しつける。

「……特に何もねーだろうけど、一応連絡先な。ただし絶対にセフィロスには見せるなよ」

「ザックス……おまえもいい子だね」

「バッ……バカッ!ガキ扱いすんなよ!言っておくが合宿所は携帯禁止だから。そこに書いてあんのは、研修期間中だけの呼び出し番号だ。でも絶対電話掛けてくんなよ?絶対だぞ!俺は忙しいんだからな!」

 それだけ言い置くと、俺は今度こそきびすを返した。

「ザックス、気をつけてな」

 そう聞こえてきた声に、俺は後ろ向きのまま手を振った。