Wet season Vacation
〜アイシクルロッジ in ストライフ一家〜
<19>
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 

 オレたちはふたたびフロントに向かって歩き出した。

 視界のゆがみはおさまったが、瞬きをする瞬間、時折、ブラックアウト……目の前が暗闇に包まれる。なにも見えなくなるのだ。

 毒消しは飲んだものの、さきほど喰らった毒の影響がわずかに出ているのだろう。

 

 フロントをのぞき込むと、ドラゴンイゾルデの死骸にゲイラが蛭のように集っていた。次から次へゾワゾワと群をなして集結してくる胸の悪くなるような光景に、ヴィンセントが空えずきをくり返す。

「おい、大丈夫か?」

 声をかけてやると、必死に頷くが、どうにも心許ない。

 

「ゲイラをいちいち退治していたらキリがないぞ」

「……あ、ああ」

「実害があるヤツだけ……」

 オレがそう言いかけたときであった。ごちそうにありつけなかったゲイラの群が、こちらに反応した。オレの肩の傷のせいだろう。

 

 ビッビッビッ!

 

 はじけるような音をさせ、エイに似たグロテスクな化け物が飛びかかってくる。

「セフィロス……!」

 ヴィンセントが、オレの前に飛び出し、銃を連射した。

 

 ガゥンガゥン!

 

 みごとに、ボトボトと十数匹の身体が床に落ちる。だが、しょせん十数匹だ。あといったいどれほど控えているのか……

 

「ヴィンセント、戻るぞ」

 オレは言うなりヤツの腕を取った。そのまま走り出し、フロントの扉を叩きつける。閉められた扉の向こう側で、モンスターどもがビタビタと戸に張り付く音がした。

「セ、セフィロス……?」

「上階の……どこか荒らされていない一室に籠城する。この頭数では建物の中を歩き回っていちいち追い払うのは無意味だ」

「…………」

「村中で戦えないとしたら、とにかく身を隠すしかないだろう。そして部屋に入り込んできたヤツだけを撃退するんだ」

「す、すまない……」

「あやまっている場合か。気配を殺して、朝までやり過ごす……言っておくが体力勝負だぞ」

「わ、わかってる」

 オレたちは階段を駆け昇り、最上階……とは言っても三階だが、そこに手頃な室を見つけて飛び込んだ。すぐさま、鍵を閉め、鏡台だのチェストだのを、扉の支えにする。

 

 その間にも、下の方で、メキメキと木の割れる音、ガシャンというガラスの砕ける音が聞こえてきた。

「……ヴィンセント、村の様子はどうだ」

 力仕事を終え、オレは訊ねた。

「あ、ああ、暗くて……ほとんど見えないが……他の家から火が出たり、壊されたりしている様子はない……」

「フン、的確に食い物のある場所のみを襲撃しているというわけか」

「……そのようだ」

「昼と夜で天国と地獄だな」

 オレは皮肉を込めてそう言った。

「え……? そうだったのか……? わずらわしいだけでなく?」

 ヤツはひどく狼狽してそうつぶやいた。

 ……こんなときですら、ヴィンセントはヴィンセントだった。力の抜けるような受け応えをする。

「『ありがとう』とか言い出すなよ。萎える」

 オレは先まわりして、ヤツの言葉を封じてやった。 

 

 そんな会話をしながらも、オレは自分の状況を冷静に判断しようと試みた。

 霞がかかったような眉間に指を押し当てる。

 

 ちかちかと目まぐるしい視界……急に動こうとすると、眩暈に襲われ、足元がよろめくのだ……

 毒とは言っても、オレの体内に取り込まれたのはほんの微量なのだろう。吐き気や疼痛はない。だが、この非常時において、視界が効かないのは厄介だ。一瞬の動きの遅れが致命傷になりかねない。

 

「あった……!」

 なにやらごそごそと、室内を物色していたヴィンセントがいきなり声を上げた。『上げた』といっても、ヤツの声量だとつぶやいた程度のことではあるが。

「何をしている?」

 オレは訊ねた。

「あった……よかった……ほら、救急箱だ。毒消しの余分も入っている。セフィロス、傷口を見せてくれ」 

「問題ないと言っているだろう」

「すまないが、これだけはゆずるわけにはいかない。今度は私が君の役に立つ番だ」

「……おい……」

 なぜか座り込んだオレの目の前に、きちんと正座をして、真面目な面もちで宣うヴィンセント。

 ヤツは右腕の裂けたバスローブを目ざとく見つけた。

「さ、早く、セフィロス」

「…………」

 無言でいると、ヤツはローブの袖口をまくり上げ、治療を始めた。じくじくとにじみ出る悪血をぬぐい、消毒薬を用意する。

 

「……セフィロス、少し、沁みると思うが……」

「ガキじゃないんだ、さっさとやれ」

 冷たい消毒液が傷口を覆う。ツンと突き刺すような痛みが腕をしびれさせるが、オレは敢えて眉一つゆがめずにいた。

「……君は我慢強いな」

「クラウドと比べれば誰でもそうだろうよ」

「ひどいことを言う……」

 そうつぶやくと、ヤツはくすっと笑った。こんな状況下にもかかわらず、めずらしい屈託のない笑みだった。

 

 家具の壊される音、ガラスの砕ける音が聞こえてくる。

 だが、まだ下階のほうからだ。オレたちのいる場所まで登ってくる輩はいない。

 

 こめかみの頭痛は大分治まってきてはいるが、眩暈が取れない。ベッドに腰掛けているが、ただそれだけでも床がぐらぐら揺れて見える。

 ヴィンセントの手当は的確で迅速だった。やはりそれなりに修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。無駄のない手つきであった。

 だが、毒といっても多種多様……毒消しはあらかたの毒に効果があるが、ドラゴンイゾルデ始め、アイシクルエリアに巣くうモンスターは毒性の強い物が多い。効き目が顕著にあらわれるにはかなり時間を要する。

 

 ヴィンセントがひどく心配そうにこっちを見る。

 声をかけてこないのは、オレを苛立たせないよう気を使っているのだろう。

 

「おい、不安そうにするな。……オレは大丈夫だ」

「……ああ、わかっている」

「フン……」

 オレは鼻を鳴らすと、小さく笑った。ヤツはそれに目ざとく気づいて、

「セフィロス?」

 と聞き返してきた。

 

「……まさか貴様と共同戦線を張ることになるとはな。皮肉なものだ」

「…………」

「どうした、なんて顔をしている」

「私はこれまでも……そしてこれからも君とは戦いたくない。もしそうせずに済むのなら、どんなことでもしようと思っている」

「……なんだ、それは」

「言葉通りだ。セフィロス」

 めずらしくもはっきりとした声音でそう言う。

 

「……では、オレがついてこいと命じれば、そのとおりにするか?」

「……ああ」

 ヴィンセントは答えた。

「ほう……ならば、オレが目の前で死ねと言ったら?」

「……他の者には手を出さないと……そう誓ってくれるのなら……」

「……貴様はオレの何なんだ?」

「……え?」

「貴様とオレは……クラウドを介して出逢った。ただそれだけだろう?」

「……そ、それは……」

「時たま、貴様はオレのことを知っているような口ぶりをする」

「…………」

「オレたちは以前に逢ったことがあるのか? おまえはオレの何を知っているんだ?」

「……い、いや……私は……」

 オレの問いの内容に狼狽するヴィンセント。

「答えろ、ヴィンセント」

「い、いや……」

「おい、ヴィンセント!」

「す、すまない……おかしなことを言って……」

「ごまかすな! 何かオレに隠しているのなら……」

 

 その時であった。 

 グワシャッ!

 

 目の前の窓ガラスが砕け散った。オレはヴィンセントにかばわれる形でベッドに倒れ込んだ。

 

「あっ……痛ッ……」

 破片で切ったのだろう。いくら服を着替えて来ていたとはいえ、鋭いガラス片はヴィンセントの腕や足、そして白い頬をかすっていた。

「バカ者! 貴様……なにを……」

「……だ、大丈夫だ……」

「大丈夫じゃないだろう! なぜガラスが急に……チッ……鎌イタチか……」

「……セフィロス、怪我は……?」

「人の心配より自分のことを考えろッ! 動けるか? ヴィンセント」

「……大丈夫だ」

「よし、来い。隣の部屋へ移動するぞ!」

「……あ、ああ」

 腕を引こうとすると、ずるりと手が滑った。

「痛ッ……」

 ヴィンセントが呻く。

 左腕の傷をかばうように身を伏せているのを、無理やり起きあがらせ、袖口を引き破る。かなり鋭いガラス片で抉ったのだろう。じわりと血がにじみ出し、服を赤黒く染めている。

 

「セ、セフィロス……大丈夫だ……」

「……深いな……」

「たいしたことはない、擦っただけだ。破片は埋まっていないと思う……」

 そうはいうものの、出血がとまらない。

「……おい……腕を伸ばしていろ。動かすなよ」

「…………」

「少し窮屈だろうが我慢しろ」

 オレは室内を物色してタオルを見つけ出すと、二の腕の当たりをきつく縛った。

「あ、ありがとう……」

「……いいか、貴様は無理をするな。オレにまかせて引っ込んでいろ」

「……でも……」

「さっきも言っただろう。おまえはオレが連れて行くんだ。傷物になられては困る」

 

 ガシャンガシャン!

 

 立て続けに窓ガラスが割れ、スケルトンブロウ……その名のとおり、骨柱で形作られた怪鳥が飛び込んできた。

「ケェェェェェェン!」

 耳障りな鳴き声を上げ、鋭いくちばしで攻撃してくる。

 

「くそっ!」

 羽のある相手では三階に逃げようと一階だろうと関係ない。

 オレはソファを蹴り、空中で迎撃した。手刀で、向かってくる敵の顔面を打ち、バランスを崩したところ、羽をつかまえる。

「ケェェェェェェン!」

 側近くで鳴かれると、耳が痛くなるほどの音量だ。

「ハァァァァァッ!」

 オレは渾身の力で、翼を引きちぎった。やせこけた蝙蝠にも似た、スケルトンブロウの羽は、ギチギチと気色の悪い音をたてて裂け、緑色の体液をまき散らしながら、べしゃりと床に落ちた。

 

「ケェェェェェェン!」

「ケェェェェェェン!」

 続いて二匹目、三匹目が進入してくる。

 

「セフィロス! 伏せろッ!」

 ヴィンセントが背後で叫ぶ。

 オレが身を滑らせて、横飛びになった瞬間、ヴィンセントの銃が火を噴いた。

 

 ガゥンガゥンガゥンガゥン!

 

 それらはヤツラの両目を貫き、戦闘意欲を奪った。オレはすぐさま、小刀で首筋を切り裂き仕留めた。

 

「クソ……行くぞ、ヴィンセント」

「セフィロス? セフィロス、しっかり……」

「オレのことは気にするな、早くしろ」

 眩暈がひどくなった。やはり急激に身体を動かしたのがよくなかったのだろう。オレは眉間を指でおさえ、テーブルに手をついて立ち上がろうとした。すぐにヴィンセントが走り寄り、肩を貸してくれる。

「……なんだ……よけいなことをするな」

「す、すまない……でも……」

「フン……まぁ、いい。ドアを開けろ」

「あ、ああ」

 ヴィンセントが空いた方の手で扉を開けた。

 すると、またもや背後のほうで窓ガラスの砕ける音が響いた……