Wet season Vacation
〜アイシクルロッジ in ストライフ一家〜
<18>
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 

「……セフィロスはそこに居てくれ」

「おい、バカを言うな! 貴様ひとりでどうにかできるモンスターかどうかもわからんのだぞ」

 オレは言った。だがヴィンセントは聞き入れない。

「ドラゴンイゾルデの尾には毒がある。すぐに血を吸い出して、これを飲んでくれ」

 おそらく非常用に持ち歩いていたのだろう。毒消しの小瓶をオレに手渡した。

「おい、よせ、無茶をするなッ!」

「君はダメだ! 動くと毒のまわりが早くなる!」

 めずらしくも厳しい口調でそう言うと、ヤツは驚くべき敏捷さで、オレの手をすり抜け、扉から姿を消した。

 

「おい!ヴィンセント……!」

 すぐさま後を追おうと立ち上がるが、足元がふらつく。

 モンスターの尾がかすったのは右肩だ。皮膚一枚を擦っただけで、出血もたいしたことはないし、痛みもそれほどではない。

 直接あの化け物と対峙したのはこれが初めてだったが、まさかここまで強烈な毒だとは……

 

 とりあえずヴィンセントに渡された毒消しを飲み、呼吸を整える。

 一度、目を閉じ、神経を集中させると、オレはふたたび立ち上がった。

 

 足元のふらつきは残っているが、戦えないほどではない。

 オレは扉を開けると、廊下に飛び出した。

 ヴィンセントの姿は見えない。

 

 ガゥンガゥン!

 

 はじけるような銃声と、床に家具を叩きつけるような重い音。

 開け放しの扉は、ヴィンセントの部屋だ。

 

 そこに向かって駆け込もうとした時である。

 廊下の窓ガラスが砕け、するどい破片が頬を裂いた。

 

「チッ……!」

 今日、何度目の舌打ちだろうか。

 天国と地獄とはまさにこんな状況をいうのだろう。昼と夜でここまで異なる一日もめずらしい。

 オレの行く手を塞いだのはゲイラの群であった。

 エイを肥大化させたような形の生物で、沼地などに多く生息する。海洋生物にも似たその姿は、ヤツを鈍重と勘違いさせるが、こいつの動きは敏速だ。

 平たい肉体のすべてが筋で型作られており、バネのように跳躍して人皮に張り付き吸血する。おまけにこいつらは群で行動する習性があり、一斉に飛びかかってこられては、避けるのは困難だ。

 目は退化して潰れているが、するどい嗅覚でオレという獲物を見つけだし、じりじりとにじり寄ってくる。

 

 オレは口の中で呪文をとなえ、「ファイラ」を放った。北辺のモンスターの多くは熱に弱い。室内で炎系の最強魔法を使うわけにはいかない。それにMP回復薬などという気の利いたものを持ち合わせてなどいなかった。必然的に使用できる魔法は限られている。

 

『ギギギギギギッ!』

 錆びた得物を擦り合わせるような、不快な音を立てる。炎にあぶられて焼けた肉の嫌な匂いが鼻腔に流れ込む。

 しかし眉を顰めている暇さえもなかった。羽を広げるようにヒレを大きく跳ね上げ、エイの化け物が次々と飛びかかってくる。さきほど、オレの詠唱魔法に焼き払われた、仲間の死骸など眼中にないらしい。

 蹴りと手刀、次々に打ち払いなぎ倒してゆく。床に打ち付けられたヤツの頭を、すかさず足で踏みつぶす。

 こんな雑魚を相手にするより、ヴィンセントだ。

 オレは廊下に侵入してきたゲイラのあらかたを、焼き払い踏み殺すと、銃声のした室内に踏み込んだ。

 室内にもゲイラ、そしてゴージュシールの死骸が横たわっている。

 ヴィンセントが寝台の向こう側から立ち上がり、銃をホルダーへ戻した。

 

「おい、大丈夫か、ヴィンセント」

 一応、そう訊ねる。

「……セフィロスのほうこそ。血は吸い出したのか? 毒消しはきちんと飲んだか?」

「問題ない」

 わずかなめまいを気付かないふりをしてやり過ごし、オレはそう答えた。

 

 数時間前には、あれほど親密な時を過ごしたはずの、豪奢な寝台が見る影もなく壊されている。

「……ひどい有様だな」

「あ、ああ、すまない……」

「誰が謝れと言った、バカめが。……証拠隠滅が出来て、ちょうどよかったではないか」

「セ、セフィロス……」

 オレの軽口に、母親のような口調で叱責するが、すぐに深刻な表情に戻った。

 

「……クラウドたちは大丈夫だろうか?」

 蒼い顔をしてつぶやく。

「人の心配より自分たちのことだな。少なくとも奴らは四人連れだし、頭の働くヤズーも一緒だ。無茶なことはしないだろうよ」

「……そうだな」

 

 ヴィンセントが頷いたとき、ふたたびガシャン!というガラスの割られる音がした。

 

「……フロントのほうだろうか……」

 不安げな奴の言葉。

「……キリがないな。建物の中だとかえって戦いにくい」

「……外で戦うのは危険だ。モンスターの数もわからないのに……」

「オレを見くびるな。どれほど居ようと、本気でやり合えば勝てないはずがない」

「そうじゃない……セフィロス……確かに君が本気で対峙すれば、どれほどモンスターが居ようと勝算はあるのだろう。だが、この小さな村はどうなる? ここに生きる人々の生活は……?」

「…………」

「おそらく村人たちは、何らかの方法で、このモンスターの来襲を予測して寸前に避難したのだろう。モンスターも襲う人間がいなければ、そのまま素通りしていたはずだ。こんなことになったのは、私たちの責任だ。ならばなんとか我々で、最小限の被害で食い止めなければならないと思う……だから……」

「……ご立派な意見だがな、ヴィンセント」

 オレは皮肉を込めた口調で、めずらしくも饒舌なヤツの言葉を遮った。

「ではどうする気だ? 一晩中、ここに籠もって、いちいち侵入してきた連中をしとめるつもりか? 一睡もせずに?」

「……そ、それは……」

「偉そうな口を叩くなら、代案を考えてからにしろ」

「私が囮になって、奴らを平原の方へ誘い出すから……そうしたら……」

「寝言は寝て言え。平地を歩いててすっ転ぶヤツが、雪道で囮なんぞできるか」

 

 ガシャン!ガシャーン! バキッ!バリバリバリ……

 

「……本格的に来たようだな」

「…………」

「まぁいい、オレが行く」

 そう言ってきびすを返したときだった。目の前が一瞬、真っ暗になった。そしてすぐに視界がぐにゃりと歪む。

「…………ッ」

 ずくずくと痛み出すこめかみを押さえる。

「セフィロス……?」

「いや……なんでもない」

「……セフィロス? どうしたんだ? まさか……」

「違うッ 何でもないと言っているだろう!」

 オレは怒鳴った。ヴィンセントがびくりと竦んだのを感じる。

 

「……セフィロス、私も一緒に行く」

 だが、その言葉だけは何があっても譲らないという、確固たる口調で宣言した。

「……いいだろう。室内にいたからといって安全なわけではないからな。だが、オレから離れるなよ」

「……わ、わかった」

 ヴィンセントは神妙に頷いた。