Wet season Vacation
〜アイシクルロッジ in ストライフ一家〜
<10>
 
 セフィロス
 

 

 

 

「……どうした? なぜ、されるがままになっている?」

「…………はぁ……はぁはぁ……」

「フフン、クラウドと一緒に居るくせに、慣れていないのだな、おまえは」

 クラウドの名を出すと、ボッと顔が紅くなる。そしてそれを押し隠すように、目をそらせた。

「……抵抗しても無駄だろう……」

 人ごとのようにヤツはつぶやく。

「ほう、よくわかっているではないか」

「……セフィロスに……私が力でかなうはずがない」

「そのとおりだ。風呂場では少し油断したがな」

「…………」

「あのときのように抵抗してみたらどうだ? もしかして今度も上手くいくかもしれんぞ」

 オレはそう言って茶化してやった。

「……あれは……ああして、無理に抗ったのは……セフィロスを傷つけると思って……」

「は? なんだ、それは。貴様がこのオレをか? 冗談も休み休みに言え」

 

「……見ただろう?」

 確認するように、重い声音でヴィンセントが切り出した。

「何がだ」

「あのとき……私の身体に……」

「…………」

「私はもう二度とあの姿になりたくないんだ……」

「……なんだと?」

 ヤツの言葉の意味が分からず、私は聞き返した。

「セフィロスは……知っているだろう? 知らないのか……?」

 ひどく苦しげに……すがるような眼差しで問うヴィンセント。

「かつて……戦った相手なのだ……知らないはずがないだろう……」

「……貴様の頭上に見え隠れした悪魔のことか?」

 オレは言った。そして口にすると同時に思い出していた。

 

 かつて一度だけ、目の当たりにした、この男のリミットブレイクを。そのときはいったい何が起こっているのかわからなかった。戦っていた男が消え、召還獣のような悪魔が降臨した……その程度の認識だった。

 オレが、その悪魔……カオスの実体が、この男であると知ったのは、ずいぶん後になってこのことであった。

 

「……あれは私なんだ……この身の内に居る、私ではない私……」

「…………」

「……もう二度と……あの呪われた姿には……なりたくない」

 ヴィンセントは布団の中で膝を抱え、シーツに突っ伏した。間近にいる私の視線を避けるように。

「……通常のリミットブレイクとは、かなり様相は異なるな」

 あえて機械的にそう言ってやる。

「セフィロスにも……見られたくなかった」

「…………」

「クラウドにも……もう二度と……」

「……おい、ヴィンセント」

「……ヤズーたちに知られたくないんだ……あの醜い姿を……」

「おい、顔を上げろ」

 オレは言った。シーツに顔を埋められたままでは、話もできやしない。

 

「……私の体調がおかしいのは、リミットゲージが限界まで来ているせいだ。なんとか静めようと努力していたのに……」

「……だからクラウドとの接触を避けたわけか」

「…………」

 黙ったまま、微かに頷くヴィンセント。

「バカが……」

 私はわずかな同情を込めて、吐き捨てるようにそう言った。

 

「…………」

「なぜ、おまえがあんな姿になるのかオレは知らん。だがクラウドは承知の上で、おまえの側にいるんだろう」

「……わかってる……でも……」

 そう言葉を紡ぐ声が、揺れて震える。

「でも……もう……嫌だ……見られたくない……!」

「……ヴィンセント……」

 

 

 わずかな間隙の後、オレは口を開いた。

「……リミットブレイクが原因なら、クラウドと暮らし始めてからも避けられなかっただろう。どうしていたんだ?」

「……最初の時は……どうしても堪えきれずに……変身してしまった。あの姿になると、私の自我は消えてしまう……」

「…………」

「クラウドは命がけで、私を鎮めてくれた……正気に戻ったとき、血だらけの彼の姿を見て……私は……私は……ッ」

 ギリリと歯を食いしばり、絞り出すような声が心の痛みを伝える。

「私は……もう……」

「……もういい。落ち着け、ヴィンセント」

「もう二度と……もう二度と、あの忌まわしい姿になりたくない……あんな……あんな……浅ましい姿には……ッ」

 興奮しているせいか、手当したはずの額のガーゼに新たな血が滲んできている。

 

 ……初めて見た。

 この物静かな男が、感情をあらわにする様を。

 こんなふうに、肩を震わせて、泣く姿を。

 ……だが……それでも……こんなときであっても……彼の泣き声はひどく弱々しく、かすれた声音でしゃくりあげるだけであった。

 

「……ヴィンセント……」

 オレは困惑した。掛けるべき言葉が見つからなかった。

 オレでは、ただでさえ苦痛に打ちひしがれているこの男に、皮肉な物言いしかできないからだ。

「おい……泣くな」

「…………」

「もういい。おまえは何も悪くない」

「……セフィロス……」

 掛けられた言葉が意外だったのだろう。一瞬、我を忘れたように、泣き濡れた顔で間近にいるオレを見た。

「フン、泣き顔も存外にいいな」

 いつもの調子でそう皮肉ってやると、あわててシーツで顔を隠す。

 

「す、すまない……取り乱して……」

「……別に」

「見苦しい有様を……」

「気にするなと言っている。おまえは他人の気持ちを先読みして、勝手に落ち込んだり泣いたりしているだけだ」

 オレはそう言った。

「……セフィロス」

「くわしく聞くつもりはないが、貴様がリミットブレイクをした姿を、他人に見せたくないということはわかった。自我を失ってクラウドに怪我をさせたことが、トラウマになっているのだろうな」

「…………」

「……それで……だ」

 私はそこで一旦言葉を切った。うつむき加減の顎をとらえ、目を合わせる。

 

「それで……ヴィンセント。貴様、どうするつもりだったんだ。リミットブレイクはリミットゲージを下げるしか方法はないだろう? これまでどうやってごまかしてきたんだ?」

「……苦しいのは一ヶ月程度だ。鎮静剤を打って……そこを乗り切れば徐々に収まってくる……その間、他人との接触を極力回避すれば、あやまってブレイクすることもないだろう」

「……呆れた! これまでずっとそんな我慢を繰り返してきたのか?」

 オレはやや大げさに手振りを加えて、そう言ってやった。

「……クラウドに怪我を負わせてからは」

「……その前は?」

「あ……いや……その前は……あの……その……」

「……?」

「処理……してもらっていた。体内に溜まったものを吐き出すと……楽になる」

「だったら……」

「……行為の最中に、ブレイクしたんだ……クラウドにひどい怪我をさせてしまった……不意の……出来事だった……」

 苦鳴のようなヴィンセントの言葉に、「ああ」と思い当たる。

 さきほど、風呂場でオレが仕掛けたとき、こいつの必死の抵抗は、それが理由だったようだ。その姿を見られたくないということ、そしてオレを傷つけることを恐れて……

 本当にとんだお人好しだ。

 

「……まったく愚かなヤツだ。自分を襲った人間の身を案じるとはな……フン、ほとほと貴様には呆れた……」

「……すまない……今は……静まっているから……」

「今? その場しのぎではないか。まぁいい。とりあえず寝ろ」

「……セフィロス」

「おまえはひどく疲れているはずだ。いずれにせよ、今夜はもう横になれ」

「…………」

「鎮痛剤と……ああ、睡眠薬があるな。一応、飲んでおけ。額の傷はそれほど深いとは思えんけどな」 

 機械的にそう告げ、水差しからグラスに注ぎ、薬と一緒に枕元へ持ってゆく。

「……セフィロス……」

「なんだ」

「あの……」

「なんだ、まどろっこしい」

「その……あ、ありがとう。みっともないところを見せて……すまなかった」

「フン。わかっているなら、さっさと寝ろ。……ではな」

 オレはヴィンセントの視線を背に感じつつ、無駄に広い部屋を後にした。