Wet season Vacation
〜アイシクルロッジ in ストライフ一家〜
<6>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

「おい、貴様、そこで何をしている」

 私は黒い人影に声をかけた。このあたりまで来てしまうと、温泉ではなく、ほとんどぬるま湯になってしまっている。

 当然だ。温泉といえどもの、この勢いの雪の中では、温度はみるみる下がってしまうだろう。

 

「…………」

「おい? ヴィンセントだろう」

「……え」

 私は見覚えのある、人物に声をかけた。

「……セフィロス……」

「『セフィロス』ではない。何をしている。気でも触れたか?

 私はいささか厳しい声音で詰問した。この外気の中、こんなところに居続けたら、風邪を引くくらいではすまないだろう。

 たったいま、ここまでやってきた私でさえも、下肢がどんどん冷えてゆくのを感じる。こうしてしゃべっていても、上半身は雪にさらされているのだ。

「…………」

「おい、ヴィンセント? とりあえず、こっちへこい。暗くて話もできん」

 私は言った。外へ続く露天の部分には、あまり外灯が置かれていない。内風呂の残光と、遠い灯火だけで、まともに顔を見て話が出来る状態ではない。

「……す、すまない……放っておいてくれ」

「はぁ? なにを言っている。こんなクソ寒いところに居たら、おまえのような軟弱なヤツは風邪どころじゃすまないぞ」

「…………」

「別に貴様を心配する義理はないがな。遭難した上、美味いメシを作るヤツにまで死なれたら、泣きっ面に蜂だ」

「…………」

「おい、いいかげんにしろ、オレは気が長い方ではないぞ」

「……わ、わかった……」

 オレ……私がいらだちをあらわにすると、観念したようにヴィンセントは承諾した。ほの暗い湯が揺れ、細い人影がたゆたうように、こちらに向かってくる。

 

「……セ、セフィロス……」

「なんだ?」

「す、すまない……もう、戻るから……私の前を歩いてくれないか」

 おかしなことを言うヴィンセント。

「なんだそれは」

「……その……たのむから……」

「……別にかまわん。そのかわり、きちんとついてこいよ」

「……あ、ああ」

 そんなやり取りを経て、私たちふたりは、屋根付の内風呂まで戻ってきた。適度な湯の温度が冷えつつあった身体に心地よい。

 私が後ろを振り向くと、ヴィンセントがびくりと身を強ばらせた。

 想像以上に長く、外風呂に居たのだろう。もともと色白の肌は、白いを通り越して、蒼白くなっており、口唇にも色がない。

 私のなにか言いたげなまなざしに気づいたのだろう。ヤツは間が持てないように、視線を外すと、私から少し離れたところに腰を落ち着けた。

 

「おい、おまえ、ここに来てから、少しおかしいぞ」

 私は搦め手ではなく、ハッキリとそう言ってやった。

「……え……あ……」

「クラウドとの同室を断ったのも解せないし、今は今で雪の中で惚けている。もともとおかしなヤツだとは思っていたが、今さっきの行動は、ほとんどキチガイのすることだ」

「……すまない」

「別に謝れと言っているわけではない。理由があるなら言ってみろ」

「…………」

「まただんまりか」

「……すまない」

 バカの一つ覚えのように、ヴィンセントは繰り返した。

「フン、まぁいい。……おい、もっとこっちへこい。身体をきちんと温めろ」

「……あ、ああ」

 一応、うなずいて、よろよろとこちらへ歩み寄る。

 しかし、どうもその動きがぎこちないのだ。どこかかばっているというか……怪我をしているようにも見える。

 

「ヴィンセント」

「え……」

「おまえ、どこか怪我でもしたのか? 具合が悪いという風でもないしな」

「……い、いや……」

 その次の瞬間、ヤツは小さな悲鳴をあげて、足をすべらせた。

 ザバリと大波を立て、私はもろにそれを被った。

 

「……おい、なにする……」

「ゲホッ! ゴホッゴホッ!」

「…………」

「ゲホゲホッ! ごほっ!」

 涙目になって噎せている華奢な身体を見ていると、そう言って毒づくのもはばかられる。

「…………」

「あ……す、すまない……ゴホッゴホッ……」

「……いい」

「ああ、髪が濡れてしまって……ごほっごほっ」

「いいと言っている。おい、手を出せ」

 岩縁にしがみつくようにしている、ヴィンセントに腕を差し出す。

「あ、いや……だいじょうぶだ……」

 ヴィンセントは注意深くそう言うと、今度はなんとかよろよろとこちらのほうへやってきた。

「おまえはもう下手に動くな、ここで大人しくしていろ」

「……すまない」

「……まぁいい。ひとりでずっと浸かっているのも味気ないと思っていたところだ。おい、なにかしゃべれ」

「……え……い、いや、私は話をするのが苦手で……」

「知っている。だからおまえがしゃべるのを聞いていたい」

 やや意地悪く私はそう言ってやった。

 躊躇して黙り込むヴィンセントの横顔をのぞき込む。相変わらず真っ白な肌だが、頬に赤みが差しつつあった。