Wet season Vacation
〜アイシクルロッジ in ストライフ一家〜
<7>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 ヴィンセントは私と目を合わせようとはしない。相変わらずうつむいたままだ。

 ならばそれでもかまわない。私の方からは十分観察できるというものだ。

 

 以前、並んで歩いたときに気づいたのだが、ヤツと私はそれほど背丈が変わらない。ならばゆうに185は超えているのだろう。クラウドのチビと一緒にいるところを見ると、その身長差は顕著だ。あのガキがコンプレックスに思うのも十分理解できる。

 だが、その長身を裏切るほどに、華奢な肢体。首など、私ならば片手で縊れそうだ。首から肩にかけての線。女のようにただ細いだけではない。痛々しいほどに骨ばり、薄い肉がついている。

 胸板も到底、大人の男の厚さではない。半分は湯に浸かって今は見ることがかなわないが、胸から腹、そして脚に至るまで、どこかしこが折れてしまいそうに細作りなのだ。

 これが10代のガキの身体ならば、不完全さは年齢相応の有り様に収まるはずだ。しかし大人の男がこういう肢体を持つのは、どこか痛々しく、また艶めかしく、この男の整いすぎた容貌と相まって、よからぬ妄想を掻き立てる。

 

「……あの……セフィロス……?」

 不躾な視線を感じてか、ヴィンセントが困惑したように私に呼びかけた。

「……痕が残っている。まぁ、見えるところに付けないだけ、あのガキも成長したのかな」

「…………」

 ヴィンセントは、さらに頬を上気させ、黙り込んでしまう。話し相手をさせるつもりだったのに逆効果になってしまった。それにつけても嗜虐心をそそる男だ。

「……これは……その……」

「おまえは肌が薄いからな、鬱血しやすいんだろ。あのガキによく言っておけ」

「…………」

 私は嬲るようにそう言い放った。

 

 ほんの気まぐれで、コスタデルソルのクラウドをからかいに来てやったところ、望外の収穫である。

 数ヶ月、この男と一緒に居て、私はこいつのことを何一つ知らない。元タークスに居たということだが、私は面識がない。それはまったくもって不自然だ。

 どう見てもこいつは私と同年代だ。多少年上だったとしても、私が神羅のソルジャーになったのは、子どものころのこと。それ以降、タークスのメンバーを何人も見てきた。

 だが、こいつの記憶はない。こんなヤツが側近くに居たとしたら、私が気づかぬはずはないのに。

 過去はともかく、今現在、クラウドの思い人として同居している様子を、日々目の当たりにしているが、この男の方から、積極的に関わっているようには見えない。

 だが、クラウドは「ヴィンセント、ヴィンセント」とうわごとのようにくり返し、ひどく懐いているのが見て取れる。思念体連中にもずいぶんと慕われているようだ。あの三兄弟のうち、最もややこしい性質のヤズーが、ヴィンセント相手に、内心を吐露している様を見て、正直驚いたものだ。

 本人はいつでも他人の意志に流されて生きているように見えるのに……

 

「……クラウドは……いつもやさしい……だから傷つけたくないんだ」

「……? 何の話だ」

「あ……いや、すまない……独り言だ」

 はぁ……とヴィンセントが吐息した。

 さきほどからずっと感じていたのだが、あの外湯に居たときから、なんとなく様子がおかしい。いや、この旅行にやって来る直前あたりから、どことなく態度に違和感を感じるのだ。

 ……なにか痛みを堪えているような、苦しげな……

 整った白い顔をマジマジと見る。熱があるように、瞳が潤んでいるが、あからさまな異変を見て取ることは出来ない。

 

「……おい。昼から何度も訊いているだろう。ここのところ、おまえ、少しおかしいぞ。具合が悪いのか?それとも他に理由があるのか? どうなんだ?」

「……いや……そんなことは……」

「私がやさしく聞いているうちに答えろ」

「…………」

 沈黙するヴィンセント。

「言いたくないか。いい度胸だ」

「……セフィロス……どうして私のことを気にするのだ……? 私がクラウドの側近くにいるのが気に入らないのだろうか?」

 前半の質問はなるほど訊かれてもおかしくないなと思う。だが後半の想像部分はまるきり外れている。

「何を寝ぼけたとこを言っている。おまえがクラウドの側に居ようと居まいと、そんなことはどうでもいい」

「……で、では……なぜ……私を……」

 ビクビクとヴィンセントが訊ねた。

 

「……聞きたいか?」

「……聞きたいけれども……聞かない方がいいような気もする……」

「おまえの直感はなかなか的を射ている。おまえが聞きたくないのなら言ってやろう」

 私はそう前置きすると、やや逃げ腰で私との距離を取ったヤツの細い腕を掴んだ。

 ビクッと身を竦ませるヴィンセント。息のかかる距離まで引き寄せると、怯えの浮かんだ紅い双眸を見つめ、言葉を紡いだ。

 

「……私はいずれ、新たな約束の地をこの手に入れる。愚かなこの星の住人には、知りうることの出来ない、選ばれた者だけの楽園をな……」

「…………」

「私の思念体は言うまでもないが……特別にクラウドとおまえは連れて行こうと思っている」

 ニッと口唇を半月型にゆがめ、私は笑ってやった。

「……私を?」

「そうだ……」

「…………」

 ヴィンセントの瞳が大きく見開かれる。

「……どうだ、嬉しいか?」

「…………」

「では恐ろしいか?」

「……この星は……?」

「知るか。こんなところがどうなろうと私の知ったことではない。わざわざ手を下すまでもないだろう」

「私を……連れて行って……どうするのだ?」

 かすれた声で、ヴィンセントが問うた。

「さぁ……おまえとクラウド、二人並べて剥製にでもして飾っておくかな」

「…………」

「ククク……それは冗談だ。殺すならさっさとそうしているさ」

「……セフィロス……」

「私がかつて愛したクラウド……現在、そのクラウドが恋い慕うおまえ。永久の命を得て、私の側にいろ。そして時折、私の目を楽しませてくれればそれでいい」

「…………」

「どうだ、面白い構想だと思わんか?」

「……セフィロスは、本当にそうしたいと思っているのか? クラウドと私を連れていって、ずっと一緒に……」

「ああ、そうだ。この星にあるような、つまらぬ欲やしがらみの一切無い新しい世界……そこにおまえたちを飾っておきたい」

 

「……セフィロスが……」

 低くやわらかな声が、色味のない唇から漏れる。

「……セフィロスが……本当にそう望むのなら……」

「……?」

 

「私は……それでもいいような気がする」

 ぼんやりとヴィンセントがつぶやいた。到底正気とは思えぬ言葉を。

 

「ほぅ……身を震わせて怯えると思っていたのに……つまらんな」

「……セフィロス……もう……手を放してくれないか」

 ヴィンセントが独り言のようにささやいた。相変わらず私のほうを見もせず、目線を反らせている。

「フフン、細い腕だな。よくこれで銃が扱えるものだ」

「……放してくれ」

 ヴィンセントは繰り返した。微かに吐息が早い。

 私は含み笑いすると、掴みしめたままの細腕をぐいと引っ張った。慣性の法則に従って、ヴィンセントの身体が大きく傾ぐ。