Wet season Vacation
〜アイシクルロッジ in ストライフ一家〜
<3>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

「おい、誰かおらんのかッ!」

 さすがにいらついて私は声を荒げた。

 なんと信じられぬコトに、唯一見つけだしたこの宿にも人っ子ひとりいないのだ。

 フロントのある表玄関の部分にだけ灯りがついておいており、奥の客室や二階には人の気配がない。

 クラウドとカダージュに、奥まで捜しに行かせるが、首を振って戻ってくるばかりであった。

「誰もいないよ、セフィロス。飯場まで見に行ってきたけど……冷蔵庫とか貯蔵庫に食料なんかは残されたまんまなんだけどね……」

「なんか怖いよ……」

 ガキ二人が言う。

  

「……ねぇ、いくら何でもちょっとおかしいと思わない?」

 音もなく私のとなりに並び立つと、独り言のようにヤズーがつぶやいた。

「……そうだな」

 頷かざるを得なかった。

「なんだか……これじゃ、まるで村ごと夜逃げしたみたいじゃない。しかも、明かりだの暖炉の種火だの放ったままって……ものすごくあわてて、身を隠したようなカンジだよね」

「…………」

「……なにか手がかりがあればいいんだけど……」

「……こうしていても仕方がない」

 私は気を取り直して言った。

「おい、クラウド、非常事態だ。人がいないだけで、一応、ここにはあらかたのものが揃っている。しばらく過ごすのに問題はないだろう」

「う、うん」

「とりあえず、ここを拠点に道を捜すぞ」

「そうだね、それしかなさそうだね。いずれにせよ、この吹雪の中、これ以上進めないよ」

 ヤズーが同意した。他の者も異論を唱える人間はいない。

 

「ヤズー、寒いよう。お風呂、入りたいよう〜」

「そうだな……セフィロス、とりあえず、適当な部屋、使わせてもらおう。身体温めないと、風邪引いちゃうよ。それこそ、誰か戻ってきたら、事情を話せば済むことなんだから」

「ああ、そのつもりだ。いずれにせよ、吹雪がやむまではここにいるしかないからな。ではな……」

「セフィ、どこ行くんだよ」

 と、クラウドが訊ねてくる。

「決まってるだろう。適当な部屋を見繕って、風呂に入る。クラウド、風呂場はどこだ?」

「奥の廊下まっすぐ行ったところに温泉があるよ。屋根付きだから、大丈夫だと思う」

「そうか、助かるな。じゃあな」

「待ってよ、セフィロス!」

 ふたたび私を呼び止めるクラウド。

「なんだ、うるさいな、ガキ」

「どこの部屋、行くんだよ。なるべくみんな近い部屋のほうがいいだろ。お、俺はヴィンセントと一緒の部屋にするけど……」

「別に化け物が出るわけでもないし。どこだってかまわないだろう」

 うんざりとした物言いをする私を、ヤズーがにやにやと笑いながら見ている。対して、ヴィンセントはハラハラといった様子だ。

「まぁまぁ、兄さんのいうことにも一理あるね。一応、宿屋だし、そこそこの部屋数はあるようだから、ばらけるとめんどうくさいだろう。食事の支度も自分たちでしなければならなさそうだしねぇ」

「……フン、好きにしろ」

 俺が吐き捨てるように言うと、すかさずヤズーが後を引き取った。

「さっき、中を見てきたんだけど、一階の奥のほうがいいんじゃないかな。その辺りの部屋なら、遮蔽物がないから、平原のかなり遠くまで見渡せるみたいだ。万一のとき、上階よりも敵にもそなえられる。それに露天風呂に近いし、内風呂のついている大きな部屋が並んでいたから、セフィロスも気に入るんじゃないかな」

「……案内しろ」

 いささかあきれて私はそう言った。あの短い時間の中で、安全や効率まで慮った適当な部屋を人数分、見つけてくるとは…… まぁ、あの三人の中では、一番使いようのある男だ。

 

 私たちはとりあえず、ヤズーに案内される形で、後に付いていくこととなった。

 

「セフィロスはこの角部屋でどう? 内風呂ついてるみたいだし。落ち着いた雰囲気だし」

「いいだろう」

 別に風呂に入って眠れればどこでもかまわないのだ。私はもともと軍人だ。どんな状況だって眠ることが出来る。

「兄さんとヴィンセントはここがいいんじゃない? スウィートルームっぽいし。でも、ちょっと恥ずかしいかな?」

 私のとなりの部屋を指してヤズーが言う。

「いーや、恥ずかしくない。いいよな、ヴィンセント!」

「え……いや、私は……」

「いいってさ。じゃ、俺たち、ここな!」

「ク、クラウド……」

「おい、となりでおかしな声を上げてみろ、蹴飛ばしに行ってやるからな!」

「失礼なヤツだな、セフィロス! 俺はそんなに見境のない男じゃない!」

 フーッ!と子犬が威嚇するように、睨み付けてくるクラウド。本当に可愛くて虐めたくなってくる。さらに何か言ってからかってやろうと思ったところを、意外な男の言葉が遮ったのだ。

「す、すまない……ヤズー、クラウド……私はひとりの部屋にしてもらえないだろうか?」

 少し驚いたように目を見張るヤズー。

「えええッ!」

 と声を上げるクラウド。

「え、なんでッ! どうしてだよ、ヴィンセントッ!」

「あ〜あ、ついに愛想をつかされたか……気の毒にな、クラウド」

「うるさいッ! アンタは黙っててくれッ!」

「どうしたんだよ、俺、なんか気に障ることした? 何か怒ってるッ? 俺のせいで遭難しかけたこと?」

「まぁ、縁切りをしたくなるのに、十分すぎる理由だな」

 ふんふんと頷きながらそう言ってやった。クラウドがものすごい目でこっちを見る。

「ち、ちがう……そうじゃないんだ……」

「まぁまぁ、落ち着いて、兄さん」

「これが落ち着いていられるかよッ! なぁ、ヴィンセント!」

「すまない……クラウド……少しだけひとりになりたいんだ……」

 言葉の下手くそなヴィンセント。もう少し気の利いた言い方があるだろうに。馬鹿正直に告げられた言葉に、さすがのクラウドもショックを隠しきれないようだ。

 だが、ここでもヤズーが絶妙のフォローを入れる。

 

「兄さん、ヴィンセントは疲れてるんだよ。ひとりのほうが、だれにも気を使わないで、ゆっくりできるっていうただそれだけのことなんじゃないかな?」

「あ、ああ、そう……だ。それだけなんだ。すまない、クラウド」

「……本当に?」

 じっとりとした目でヴィンセントを見るクラウド。あまりにその様が滑稽だったので、笑ってやったら、ぎろりと睨み付けてきた。

「可哀想にな、クラウド。私と一緒に寝るか?」

 クックックッと含みわらいすると、大きな瞳に微かに涙をにじませて、思い切り顔を背けてしまった。相当堪えているようだ。

「……セフィロス……そんな言い方をしないでくれ……本当に……ただ少しの間だけひとりでいたほうがいいように思えるだけだ……」

 ひどく回りくどい言い方をするヴィンセント。さきほどの不調気味であった姿を思い出し、何となくいぶかしく感じる。

 だが、まぁ、しょせん人ごとだ。いちいち付き合っては居られない。

 私はクラウドをからかうのもほどほどに、さっさと割り当ての部屋に入った。すぐに湯に浸かりたいからだ。

 その後、結局、例のスイートルームとやらにはヴィンセント、そのとなりの部屋にクラウド。一番手前のフロントよりの大部屋にヤズー、カダージュ、ロッズが収まったらしい。

 

 私の割り当ての室は、ひとりで使うには十分な広さのある部屋だ。

 適当に荷物を放り投げ、クローゼットを開けてみる。そこにはきちんと宿泊用の道具……タオルだの、なんだのという洗面用具から、バスローブ、夜着に至るまでしっかりと装備されている。やはりどう考えても廃村になった村とは思いにくい。

 まぁいい。今は些細なことを気に留めている必要もあるまい。冷え切った身体を湯で温めるのが先決だ。この私でさえ、かなり参っているのだから、他の連中など凍え切っていることだろう。

 奥の扉を開くと、温泉をそのまま引いた内風呂が、温かそうな湯気を立てている。だが、せっかくなので、露天に向かうことにする。もろに外にさらされているわけではなく、屋根つづきの露天とクラウドが言っていた。

  

 雪でぐっしょりと濡れた服を部屋の中で脱ぎ、素肌にローブを纏う。そのまま私は露天風呂へ向かった。

 

 果たしてそこには先客が居た。

 チョコボを思わせる金のツンツン頭のガキが、ちょこんと湯に浸かっている。

 さきほどのヴィンセントととのやりとりのせいだろう。こちらに背を向けてひとりで浸かっている様は、なんだか寂しげに見えた。

 

「ひとりか、クラウド」

 声を掛けながら、私は湯に身を沈めた。

 温かな湯が、冷え切った肉体に染み渡る。生き返った心地というのはこういうときに使う言葉なのだろう。

「あ……セフィロス……」

「フン、寂しそうだな、ガキ」

「……別に」

 ぷっと頬を膨らませてそっぽを向くクラウド。

 私は黙ったまま、クラウドのとなりに行く。逃げるかと思ったが、人恋しいこの子はそのままの姿勢で微動だにしない。本当に面白いガキだ。

 

「三兄弟はどうした?」

 私はどうでもいいことを訊ねてみた。

「……知らない。あそこの部屋、内風呂がかなりデカイから部屋で入ってんじゃないの?」

「ヴィンセントは?」

「知らないよ、もう!」

「ふてくされるな、ガキが」

 会話が途切れた。別に気まずい風でもないので、黙ったままくつろいでいると、クラウドが私のほうをちらりと盗み見る。

 次に口を開いたのはクラウドのほうであった。

 

「……ねぇ、セフィ」

「なんだ」

「あのさ……」

 言いにくそうに口ごもるクラウド。

「…………」

「あの……」

「なんだ、はっきり言え」

「……いいや、やっぱ……」

 小さく吐息して、独り言のようにつぶやく。

「なんだ、おかしなヤツだな」

「……変なこと聞こうと思っちゃった」

「だから何なんだ」

「聞いたらセフィ、きっとまた俺のこと、バカにするよ」

「おまえはもともとバカだろ。今さらだろうが」

「ちぇっ……」

 子どものように悪態をつくクラウド。こんな小憎たらしい態度も可愛いと思えてしまうのだから、私もほとほと救いようがない。

「……それじゃ笑わないでよ?」

「ああ」

「そんなめんどくさそうにしないでよ」

「おまえがそうさせているんだろう。私はまどろっこしいのは好まない。よく知っているはずだが?」

「う、うん」

 また押し黙るクラウド。真面目な面持ちで小さな頭を思いめぐらせているのだろう。

「……セフィロスはさ……」

「…………」

「セフィロスは……俺のどこを好きになったの?」

「……はぁ?」

「ああッ! やっぱり、変な顔した! 俺、真面目に聞いてるのにッ!」

 頬を真っ赤に染めて、クラウドが叫ぶ。

「……おまえが唐突におかしなことを訊くからだ」

「だって……ちゃんと聞いたこと……なかったんだもん」

「…………」

「あのころって、セフィ、モテモテだったろ。英雄って言われてさ……そんなのに、なんでわざわざ俺なのかなぁってずっと思ってて……でも訊けなくて……訊いたらいけないような気がして……」

 口の中でぼそぼそとつぶやくクラウド。

「覚えているか、そんなこと」

 私は素っ気なく言ってやった。

「なんだよ、ひどいなァ」

「ガキのころのおまえは、今と違って可愛らしかったからな。従順で一生懸命で、いつも必死に私の後を追ってきただろう」

「…………」

「田舎の子どもらしくスレていなかったしな。私の思い通りに育ててやろうと思っただけだ」

「……それじゃ、別に俺じゃなくてもよかったじゃんか。アンタの言うこと聞く、見目のいいヤツだったらそれで……」

「ああ、そうかもな。あのとき、手近に居たのがおまえだったんだろ」

 ひどいかと自覚しつつも、大岩によりかかって目を閉じ、そう言ってやった。

 

「…………」

「クラウド?」

「…………」

 黙り込むクラウド。ふと身を起こして、となりのガキを見てみると、大きな蒼い瞳からボロボロと涙をこぼしている。やりすぎたようだ。

「泣くな、ガキが」

「……もう、いいよ。どうせ、俺なんて……」

「よせ、悪かった。おまえがあまりヴィンセントのことで落ち込んでいるようだから、からかってやっただけだ」

「……いいったら。俺、もう上がる」

 そう言うと、クラウドはいたたまれないように立ち上がった。それにあわせて湯が小波のようにさざめく。

「おい、ちょっと待て、クラウド」

「放せよ! もういいんだったらッ」

 嫌々をするように身をよじる。私は否応なく、クラウドの二の腕を引っ張り、倒れかかってきた身体を受け止めた。打ち付ける波のように湯しぶきがあがる。

「もうッ、なにすんだよッ! 上がるって言ったろ!」

「おまえが聞き分けないからだ」

「放っておいてくれよッ! アンタには関係ないだろ」

「私が最も愛したのはな、おまえの『そういうところ』だ。クラウド」

「え……?」

 驚いたように私の顔を凝視するクラウド。今さらながら、お互いに裸だということに気づいたのか、ぼっと頬を染めて、目線を反らせる。

 

「なに……なんだよ、それ……」

「おまえが必死におのれの矜持を守る様が可愛らしくてな。あの頃のおまえは、私に憧れ、ただひたすらソルジャーになるために努力していただろう。なかなか思うようにいかず、くやし涙を流したことも一度や二度ではなかったな」

「…………」

「でも、おまえはいつでも自分の誇りと矜持を守るために、渾身の努力をしていた。どんなに辛いことがあっても、人前で泣いたり、弱音を吐くことはなかったな」

「……セフィロス」

「そんなおまえが、私の腕の中で、ボロボロ涙を流したり、声を上げて泣いたり……甘えてくる様が愛おしくてならなかった。だれでもよかったわけではない」

「…………」

「フン、もちろん、おまえの外見が好みだったということも、十分な理由ではあるがな」

 ひょいと手を持ち上げ、クラウドの腕を放してやった。

「私の言いたいことはそれだけだ。さっさと上がれ、ガキ」

「……セフィロス」

 未だ涙の乾かない瞳で、私を見つめるクラウド。

「ヴィンセントだって大人の男だ。年もおまえより上だろう。時にはひとりになって、いろいろ考えたいこともあるんだろ」

「……セフィ。なんかやさしいね」

「今頃、気づいたのか? 可愛いクラウド」

「……今度はからかってる」

「ふふ、よくわかったな」

「でも、ありがと。……じゃ、俺、行くね」

 気を取り直したのか、クラウドはそう言い残して上がっていった。なぐさめてやる義理はないのだが、何故かあんなことを口にしてしまった。

「……どうも調子が狂うな」

 私は一人ごちた。