うらしまクラウド
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<13>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 
 

 

「『セフィロス』に『レオン』か……その間で、どちらに往けばよいのか彷徨える浮き船みたいなものか?」

 地平線に浮かぶ、白いヨットを眺めつつ、そう言った。他意のない言葉だった。

 だが、『クラウド』の返答は、オレの予想外の言葉だった。

 

「違う……違うよ、セフィロス……」

 家にいたときのように、ギュッと身を縮める。

「『セフィロス』もレオンも……本当はオレのことなんていらないのかもしれない……」

「……おいおい、なんだそれは。今朝の話とはずいぶん様相が異なるではないか」

「『セフィロス』の考えてることは……オレ、ホントにわかんないんだ」

 膝の上で組んだ腕に、顔を埋めて、『クラウド』はつぶやいた。

「昨日は……ちゃんと答えられなかったんだけど……オレ、『セフィロス』のこと……好きだったんだと思う」

「…………」

「すごく……あこがれてた。強くて……大きくて……綺麗で…… たまにだけど……本当にたまになんだけど、オレにもやさしくしてくれたこと……あった」

 懐かしそうに海の色の瞳が細められた。

「……『セフィロス』はおまえに何か言ってはくれなかったのか?」

「……『愛してる』って言ってくれたこと、一回だけあった。ずっと……ずっと前の話…… だぶん、真面目に言ったんじゃないと思うけど……オレの髪撫でてくれて、耳の近くでそう言ってくれたの……」

「…………」

「……ねぇ、セフィロス……」

 腕の中に顔を埋めたままの姿勢で、彼はオレの名を呼んだ。回想の中のセフィロスではなく……

「……なんだ」

「『愛してる』ってどういうことだろ……みんな、よく口にするよね? ……『愛してる』って言って、ずっと一緒にくっついて、キスしたり、髪撫でたり、抱きしめ合ったり……それがフツーの『愛してる』だよね?」

「……世間一般的にはそんなもんだろ」

 オレは軽く同意を示した。

「……そうだよね」

「どうした?」

「……ううん。やっぱ『セフィロス』の「愛してる」はウソだったのかなぁって……」

「何故そう思う?」

「…………」

 わずかな間隙の時間が流れる。

 マリンブルーの双眸に露が溢れ、それを隠すように、クラウドは膝頭に押しつけた。

 

「『セフィロス』……「愛してる」って言うけど……言ってくれたけど……そんなふうに、やさしくしてくれたこと……ほとんどないよ」

「…………」

「『セフィロス』とするの……痛いだけで……フツーのカンジ……じゃなくて……」

「…………」

「……オレが怖がるの愉しむみたいに……身体、傷ついて……血とか出ても、全然かまわないみたいで…… ……ああ、きっとオレ、ただのオモチャなんだなって。この人の退屈しのぎに都合のいい、人形みたいなもんなんだなって……」

「クラウド……」

「ものすごく……つらくて……みじめになって……」

 ヒックと喉を引きつらせる。

 つらい話ならば、無理に聞こうとは思わないが、吐き出したほうが楽ならば、このまま黙っていようと考える。

 

「……そんな……みじめ……なのに…… もう、イヤなのに……『セフィロス』に触れられると……オレ……もうダメ……で。ずっと……ずっと『セフィロス』の相手……してきたから……フツーのやり方とか……知らなかったし。他の人とじゃ……もう無理だなって思ってたけど……」

「…………」

「レオン……逢って……オレのことフツーに扱ってくれて……ぜ、全然、気味悪がらないでくれて……」

「『レオン』か……ようやくその名が出てきたな」

 昨夜から、くり返し耳にする、まるで、この『クラウド』にとっては救世主のような男の名だ。

 

「レオン……フツーの人なの。故郷を救うために闘ってる剣士で……無口で不器用で……でも、本当に普通の……やさしい人」

「…………」

「オレみたいなヤツが、好きになっちゃいけないような人なんだけど……」

 クスッと自嘲するように『クラウド』が嗤った。

「レオン……傷だらけのオレの手当してくれて……オレの住むトコ作ってくれて……」

「……そうか」

「うん……最初の頃、あんまり眠れなかったけど、手、握っててくれてね。『大丈夫だ、安心して眠れ』って……昨日のあなたみたいに言ってくれた……」

 彼の面影を思い出しているのだろうか、睫毛の長い双眸がやさしく細められ、その拍子に涙の粒が頬を伝った。

 

「……オレ……帰らなきゃ」

 独り言のように『クラウド』がつぶやいた。

「オレ……レオンの側に居なきゃ……またヘンになっちゃう……もうダメなの……誰か居てくれないと……もう生きてけないよ……怖いもん……」

「……クラウド……」

「……オレ、弱いの、弱々なんだよ……情けないほど。もうひとりになりたくない……ひとりじゃ立てないよ……『セフィロス』に捨てられて、レオンまで失ったら……オレ……オレ……!」

 ギュッと服地を握り締める『クラウド』。

 

「……おい、悪い方へばかり考えるな」

 俯いた金の髪をガシガシと撫でくり回す。

「……セフィロス……」

「……もし仮に、おまえのここでの滞在期間が、多少長くなったとしても……」

 ややおどけた調子で言ってやる。

「おまえは何も、怖がる必要はない」

「……でも……オレ……」

「必ず帰れる時が来る。オレの愛した『クラウド』はなかなか強情なクソガキだったが、あいつだって、ヴィンセントのために、何が何でもここへ戻ってこようとするだろう」

「…………」

「おまえがその場所へ帰るときまで、側に居てやる」

 悄然と項垂れた肩を、暖めるように腕を回す。

 年相応の、しなやかな筋肉が覆っているにもかかわらず、『クラウド』の身体は、これまであの家に居た、オレの知るクラウドよりも、より小柄に弱々しく感じられるのだった。

 

「おまえがそう望むのなら……」

 細い顎に指をかけ、そっと上向かせる。

「……セフィロス……?」

 桜色の口唇がオレの名を綴る。

「……セフィ……ロス?」

「……おまえを『独りにはしない』」

 オレは半開きの、彼の唇に口づけた。浅くも深くもない……誓いのキス。

 

「…………」

「おまえをレオンとやらの元に戻すときまで、『おまえの傍らにはオレが居てやる』……だから、おまえは決して『独りになることはない』」

「……セフィロスは……」

 涙の乾かぬ瞳を瞠り、オレを正面から見つめる『クラウド』。

「セフィロスは……どうして……」

「…………」

「セフィロスは……どうして……オレのことがわかるの……? 『オレを知っている』の……?」

「……さてな。おまえに逢うのは初めてだが……おまえのような魂は……見知っているような気がする……」

「……セフィロス……」

 『クラウド』の蒼い蒼い……どこまでも蒼く深い瞳……髪と同じ色の長い睫毛……

 やわらかな色味の唇……そして、やや幼げな白く整った面差し……

 

「……ああ、やはりおまえは可愛らしいな」

 オレは両手で彼の頬を包み、額と鼻先、そして戸惑った様子の唇に接吻を繰り返した。

「……セフィロス……あ、あの……」

「……ん?」

 頬に添えた手を外さずに、言葉を促す。

「あ、あの……オレも……触っていい?」

「……? なにがだ?」

「セ、セフィロスに触れても……いい?」

 『クラウド』は至極真面目に訊ねているようだった。

「バカなことを……オレがおまえにこれだけ触れているんだ。同じ事だろ」

 前髪をかきあげ、白い額に、ふたたび唇を落とす。

 

「でも、オレも……オレが触りたいの……」

「面白い子だ……好きにしろ」

「あ、ありがと……」

 頬に添えたオレの手に、おずおずと触れてくる。

 この子の手も年相応なのだろうが、オレよりは大分小さく見える。

「オレ……セフィロス……好き」

 両手でオレの右手をそっと包み、そのままこめかみのあたりに押しつける。

「怖かったけど……今でも……怖くて、恐ろしくて……だけど、オレ……やっぱり、あのセフィロスのことも好きだったんだと……思える」

「……そうだったのかもな」

 オレは低く同意を示した。

 

「……それからもうひとりのセフィロスのことも……」

「……ん……?」

「……目の前にいる『あなた』のことが……大好きです」

 両手で包んだままのオレの手を崇めるように、『クラウド』は自分の手の上から、そっと接吻した。

 

「ふふ……いい子だな、『クラウド』」

「……もう一回……今の言って……?」

 甘えるように彼がつぶやいた。

「いい子だな、『クラウド』」

 同じ言葉をそのままくり返し、オレは空いた片手で、やわらかな髪を撫で、耳元に接吻し、その背を抱いた。

 

 ……やれやれ、『セフィロス』。

 もうひとつの世界の『オレ』よ。

 

 貴様はまだ『そんなところに居る』のか?

 こんな子どものようなガキと、同じところにいてどうするんだ?

 

 いいかげんにしとけ、ボケナス。

 オレと一緒のツラで、いつまでも『病人』しているな。情けない。

 テキトーなところで、抜け出てこい……しっかりしろ、バカ『セフィロス』が。

 

 安心しきった子猫のように、目を閉じたまま束の間の休息を取る『クラウド』。

 オレは、小さな背を宥めつつ、もうひとりの自分に思いを馳せていた……