Summer Vacation 
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<11>
 ヤズー
 

 

 

 

 

 

 

午前8:45

 

 兄さんが仕事に行く。

 ヴィンセントは必ず玄関まで、送りについてゆく。些細なことなのかもしれないが、見ていて微笑ましい。

 

「じゃ、行ってくる」

「ああ、気をつけてな……事故など起こさぬように……」

「うん、ハイ」

 俺たちが居ようと居まいと遠慮無くキスをねだる兄さん。このあたりの感覚もなんとなくカダージュと似ている。

 遠目で見ていても、あからさまに困惑している風のヴィンセントだが、結局は兄さんが強引に背伸びして口づけている。無理やりかがみ込まされる形になるヴィンセント。身長差があるのも、こうしてみると趣がある。

 満足したのか笑顔を見せ、パッと手を振って玄関を出て行く兄さん。

 

 あまりにも子供じみたその行動に、苦笑を押さえつつ、俺はダイニングに戻った。

 先ほど、カダージュたちも起き出してきて、食事をすませたところだ。

 セフィロスはそれが日課なのか、部屋着に着替えをすませ、ソファに寝そべって新聞やら雑誌やらを眺めている。

 

「ヴィンセント」

 俺は静かな足取りで戻ってきた彼に声をかけた。

「あ、ああ」

「兄さん、行ったみたいだね、お疲れ」

「……あ、いや……私は別に疲れては……」

「『やれやれ』って顔、してるよ」

 俺は笑いながらそう言ってやった。

「……クラウドはおおらかな性質だからな……私のような陰気な人間にとっては、時折、どう対処すればよいのか……困惑することがある」

 言葉を選びながら、彼はボソボソとつぶやいた。

 

「他の子たちは?」

「ああ、カダとロッズも食べ終わったよ。庭で遊んでるんじゃないの?」

「そうか……では片づけるか……」

「ああ、ディッシュウォッシャー動かしてるから、もう終わるんじゃない?」

 俺が机を拭きつつそういうと、少し驚いたように目を見張り、

「……すまない」と言った。

 

「何言ってるの。今日は、他には? 言ってくれれば俺がやるから」

「……その……ヤズーは、なんというか……行動が早くて無駄が少ないのだな……」

「えー? そう?」

「ああ……私のように不器用な人間から見ると、本当にうらやましく思う」

 しみじみとした口調でそう言われて、さすがに少し謙遜する。

「ヴィンセントは全然不器用じゃないじゃない。料理だってあんなに上手だし、なにより、気配りがすごいと思うよ。相手のことよく見て考えていないとできないことだよ。行動の早さより遙かにすごいことでしょう」

「いや……そんな……」

「セフィロスも言ってたじゃない。『もっと自分に自信を持て』って」

 俺はずっと印象に残っている、あのときのセフィロスの言葉を復唱した。

「さ、俺たちも一休みしよう。お茶淹れるから」

 そう言ってやると、少し嬉しそうに頷いてくれた。

 

 居間に戻ると、俺はキッチンへ入る。ヴィンセントは冷たい飲み物は好まない。よく口にするのが、紅茶、緑茶、ハーブティーなどだ。意外にもコーヒーは飲まないらしい。

 俺は嗜好品のこだわりが少ない人間なので、ヴィンセントに合わせる。持参したカモミールティーを丁寧に淹れると、ダイニングに戻った。

 

「あれ? ヴィンセント?」

 ヴィンセントの姿が見えない。つづきのリビングにはセフィロスが寝転がっているだけだ。

「あ、すまない……」

 彼はすぐに戻ってきた。脇に毛布を抱え込んでいる。

「セ、セフィロスは……よく何か読みながら眠ってしまうんだ……」

「…………はぁ」

「い、いや、ここは寒い気候ではないが……彼は薄着だし、やはりエアコンの冷たい風が直接あたるのはよくないと……」

 俺があきれたように相づちを打つのに、言い訳のように説明するヴィンセント。長々とソファに寝そべった、セフィロスの長身に、起こさないよう静かに毛布を掛ける。もちろん放り出しっぱなしの新聞を、彼の身体の上から退けてだ。

 

「あ、ああ、すまない。ちょうど飲み物が欲しかったところだ」

「う、うん、じゃ、ダイニングで、ね」

 俺はセフィロスの眠りをさまたげないように、そう提案した。ヴィンセントはすぐにこちらに座ってくれた。

 

 さて、ホッと一息だ。いや、本当に『一息吐く』といった気分である。

「はい、ホンット、お疲れ、ヴィンセント」

「ああ、すまない」

「つくづく世の中の子持ち主婦を尊敬するよね」

「いや、そんな……美味しい」

 彼は俺の淹れたお茶を一口飲むと、そう言ってくれた。

「そう? よかった」

「ああ、これは……」

「ハーブティ。カモミールだよ」

「そうか……なんだか、ホッとする」

「うん」

 ヴィンセントは両手で茶器をささえて、お茶を飲む。なんだかすごく丁寧に味わってくれているようで、気持ちがいい。

 わずかに沈黙の時が流れたところで、俺のほうが先に口をひらいた。

 

「……フフフ、まずいなぁ、ここ」

「え?」

「いや、居心地良すぎてさ……なんだか、いろいろなことが……この夢が永遠に醒めないで欲しいと願ってしまう」

「……ヤズー?」

「あ、ごめん。おかしなこと言って」

「いや……」

 ヴィンセントのルビーのような紅い双眸が、俺を見つめる。そこでまた少し沈黙があった。

 今度は先に口を開いたのはヴィンセントのほうだった。

 

「ヤズー……」

「ん?」

「その……もし、不快に思うようだったら申し訳ないのだが……」

 言いにくそうに、口の中でつぶやくヴィンセント。

「何? あなたになら何を言われてもアタマきたりはしないと思うけど」

「い、いや……そう言われてしまうと……」

「なに? ヴィンセント」

「……よ、よけいなお節介だったら、本当に失敬なのだが……」

 そう前置きをして、ヴィンセントは静かに切り出した。

 

「……その……おまえは……何か心に懸かることがあるのではないか?」

「……は?」

「い、いや……心に懸かるという言い方がよくないか……そ、その、心配事いうか……苦しいことがあるのではないかと思って……」

「……ヴィンセント……」

「あ、す、すまない。詮索するつもりはないのだが……その……最初に会ったときから、ずっと気になっていて……」

 俺から目を反らせて、取り繕うようにつぶやくヴィンセント。

 

「最初に会ったときから……?」

「あ、ああ……き、気に障っただろうか……?」

「う、ううん。そんなこと、ないけどさ」

「……すまない。言いたくないならば全くかまわないんだ」

 少し慌てたようにそう言うと、ヴィンセントは言葉を続ける。

「……ただ、ヤズーには色々助けてもらっているし……もし、私にできることがあれば……いや、ないだろうが……ただ、話をするだけでも楽になるのではないかと……」

「ヴィンセント……」

「あ、ああ、すまない、さしでがましいことを……気を悪くしないでもらえるといいのだが……」

「……ありがと」

 素直にその言葉が口からこぼれ落ちた。

 

「え、あ、いや……」

「ヴィンセントって、本当にいろいろなことが見えてる人なんだね。俺も普通のヤツよりはわかること、多いかと思っていたけど、あなたにはかなわなさそうだ」

「何を言っている……私は人の気持ちには疎くて……よくクラウドを失望させている……ヤズーも知っているだろう」

「それこそ考えすぎだって」

 ハハハと声を出して笑ってしまう。はっと気が付いてセフィロスのほうをみるが、彼は眠り続けたまま動かない。

「……大丈夫だ。セフィロスはいったん眠ると2、3時間は起きない。なにか身体に無理がきているのではないかと心配しているのだが……」

「人がいいね、ヴィンセント」

「……いや、今はそれよりおまえの話だ、ヤズー」

「うん。そうだね、ヴィンセントみたいな人に聞いてもらったら、少しは楽になるのかなぁ」

 俺は独り言のようにそうつぶやいていた……