Summer Vacation 
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<12>
 ヤズー
 

 

 

 

 

 

 

「兄さんにはね、前にちょっと話したこと、あるんだけどさ……」

 すでに冷めかかったカップをいじりながら、俺は切り出した。

 

「……俺ね、カダのことが好きなんだよ」

「? あ、ああ、それは……そうだろう」

 不思議そうに頷くヴィンセント。機微に長けているといっても、恋愛事情には疎いらしい。

「ふふ、兄弟としてってこと以上にね」

 そう付け加えてやった。

「……え?」

「意味、わかる? ヴィンセント。俺は、兄さんがあなたを好きなように、弟のことを愛してるんだよ」

「…………」

「昨夜も一緒に寝たよ。……フツーの兄弟としてではなくね」

「…………」

「はは、驚いちゃった?」

「……それは……恋愛感情を持って……と意味合いでか?」

 四角四面に問い返すヴィンセント。

 普通の人間が言うと、からかっているのかと感じるような重々しい口調だ。

 

「うん、そういう意味」

「……相愛なのか?」

 これまた慎重に訊ね返す。

「う〜ん……そうだね、どうなんだろう。一応、そういうことになるのかなぁ。それともやっぱり違うのかなァ?」

「…………」

「そんな深刻な顔しないで、ヴィンセント」

「……あ……いや、だが……」

「ふふふ……カダはね、普通の子と少し違うんだよ。ヴィンセントは聡いから……もう気が付いてるかもしれないけどさ……」

 そう前置きして、俺は以前、兄さんに話したことを、同じように、ヴィンセントに告げた。

 あのときと違うのは……そう、なんだか今は神父に懺悔しているような心持ちだということだ。

 

 

 

 

「……ってわけ」

「…………」

「カダには、家族愛も恋愛も同じ『愛』なんだよ。その違いがわかっていない」

「……そうか」

 低い声で、ヴィンセントは相づちを打ち続けている。それが急いて先を促すわけでもなく、また適当に頷いているのではないと知れる。

「……ま、そんなところかな、俺の悩みは。……いや、悩みというか、俺にはもうどうすることもできないからさ」

 独り言のように、俺はつぶやいた。

 

 

「……恋愛はやがて家族愛に変わる」

 静かな声はヴィンセントのものだった。

「人は愛し合い、そして彼らは『家族』になる」

「……ヴィンセント」

「……私にはよくわからないが……」

 そう言うと、少し間をあけて、ヴィンセントはひとつずつ言葉を選び取るようにして話した。

 

「……おまえは先ほど、カダージュを大切にして、満足させてくれる人物なら、彼にとっては誰であっても変わらないと言っていたが、私にはそうは思えない」

「…………」

「確かにおまえが言うように、あの子が普通の少年と異なっているのは私にもわかる。だが、ならば尚のこと、おまえに対する言葉は誠実であり、純粋なのではなかろうか」

「……ヴィンセント」

 初めて聞く、ヴィンセントの断定的な物言いに、俺は瞠目した。まるで教科書を読むような、抑揚のない物言いがかえって重みを感じさせる。

 

「あの子が、いつでもおまえの姿を捜しているということ、おまえの傍らで安心してくつろいでいること……そんなことは誰よりも、おまえ自身がよく知っていることなのではないのか?」

「……あ……」

「……これは……私が男だからそう感じるのかもしれないが……その……言いにくいことだが……」

 彼は本当に言いにくそうに、咳払いなどする。

 

「……肉体の交わりは、必ずしも特定の相手以外は受付けないというほうがめずらしいのではないのか? だが、得られる満足は、おそらく最愛の人間との行為が、一番深いのだろうと思う」

「……ヴィンセント」

「カダージュにはおまえが必要なんだ。あの子はいつでも全身でそれを訴えていると、私には思える」

「…………」

 

「あ、ああ、すまない……べらべらと、つい……」

 俺が黙り込んだせいだろう。慌てたようにヴィンセントが言った。

「ううん……」

「その……勝手なことを……不躾に……すまない」

「え、やだ、何言ってるの、ヴィンセント」

「当事者が誰よりも苦しいのはよくわかっているつもりなのだが……つい……」

「……あ、嫌だなぁ……なんか涙出そ……」

 冗談でそう言ったつもりが、本当に視界が滲んでくる。

「え……? あ……」

「…………」

「なんだろ、俺、みっともない。やだな、見ないでよ、ヴィンセント」

「……ヤズー」

「ありがとう、ヴィンセント……誰かがそう言ってくれるの……待ってたような気がする」

 この場所に生を受けて、今まで一度も、涙など流したことはなかったのに。他人から与えられる言葉に、心を揺さぶられることなど、有りはしなかったのに……

 

「恥ずかしいなァ……人からの言葉を欲しがるなんて。さもしいよね、俺」

「そんなことはない」

 ふたたびハッキリとした口調でそういうヴィンセント。こんな時の彼の面差しは、いっそ凛々しくさえ見える。

「……おまえは自分の内に溜め込み過ぎるのではないか? 時にはそれを言葉にのせ、人に聞いてもらうべきだ」

「……ヴィンセントにそんなこと言われるなんてね」

「ふふ……クラウドの受け売りだ。以前、私もよく彼にそう言われた」

 どこかくすぐったそうに、だが静かな喜びを押し隠しつつ、ヴィンセントはそうつぶやいた。

「ふぅん、なんだか、当てられちゃうなァ」

「え? い、いや、私はそんなつもりは……」

 とたんにおろおろと言い訳をつぶやくヴィンセント。

「ははは。いつものヴィンセントに戻っちゃったね」

 俺は悪戯っぽくそう言ってやった。そして言い足りない言葉を付け足した。

「ありがとう、ヴィンセント。……あなたに話してよかったよ」

「……え? い、いや」

「あなたに聞いてもらえてよかったと思う」

「……そんなふうに言われてしまうと……」

「ううん。本当にどうもありがとう」

 俺は口調をあらためて、ヴィンセントにそう告げた。

 

 

「それにしても……」

 次に口を開いたのも俺だ。そして少しばかり意地の悪い微笑を浮かべてしまう。

「……ん? なんだ」

「特定の相手以外でもいいんだ、ヴィンセント」

「え?」

 俺は彼の言葉尻をとらえてそう聞き返してやった。涙までみせてしまった不覚を押し隠したいがための意地悪なのかも知れない。

「え……い、いや、アレは一般論で……」

「だって『私が男だからそう感じるのかもしれないが』って言ってたじゃない?」

「え、あ、それは……その……」

「ねぇ、俺じゃダメ?」

 くすっと笑いをこぼして、俺は言ってみた。

「え、え……? な、なにをバカな……」

「えー、俺、ダメダメなの? そんなに魅力ない?」

「いや、別にそんなことは……」

「好きな人にはやさしくできるし」

 机の上に放り出された白い手を取って、上目遣いにささやきかける。

「い、いや、さっきの話は……」

「ヴィンセントのことは大好きだし」

「ちょっ……ヤ、ヤズー……」

 しどろもどろのヴィンセント。

「わ、私は……そんなつもりでは……」

「俺、上手いよ?」

「ヤ、ヤズー、そんな話をしているのではないだろうッ!」

 焦って身を引くヴィンセントは可愛い。

 

「ハハハ、ごめんごめん。でも、俺、一番最初にあなたに出会っていたら、きっとあなたを好きになっていたよ」

 冗談を言うつもりではなく俺はそう告げた。本当にそう思えるのだ。

「うん、きっと次に生まれ変わったら、あなたを恋人にする」

「……ヤズー」

「その時にまた、兄さんみたいな人がいたら、今度は決闘だね」

「バ、バカなことを……」

「ふふふ」

 照れてあたふたとするヴィンセントを見て、俺の溜飲は下がった。

 

 また少し時を置いて、俺は口を開いた。

 ああ、なんてこの人は、話をしやすいのだろう。どうして、こんなにも多くを受け止めてくれるのだろうか。

 

「ヴィンセントは兄さんが好きなんでしょ?」

「……え、あ、ああ」

「うん。俺はカダージュが好きだ」

「ああ」

「でもね、ヴィンセント」

 俺は、静かに席を立つと、テーブルの向こう側に座るヴィンセントのほうへ、身を乗り出した。

「……ヤ、ヤズー?」

「俺、この世界で、あなたに逢えてよかった……」

 ヴィンセントの整った顔に、息がかかるほど近づく。

 そして俺は、形の良い、だが無防備な唇に口づけてやった。

「……ヤ、ヤズー……」

「ふふ、今のはね、感謝のキスだよ。心の友としての」

「………」

「さてと、昨日のシーツ洗わなきゃね」

 俺はそれだけ言ってやると、惚けたままのヴィンセントを置いて居間を出た。

 

 廊下を歩きながらカダージュの姿を捜す。案の定、庭の芝生に座り込んでいる。のんびりと天を眺めている姿は、まるで若い植物の光合成のようだ。

 

「ヤズー!」

 カダージュが手を振る。

 俺は彼を呼びはしなかったのに。

 ただここに、こうして立っていただけだったのに。

 

『あの子が、いつでもおまえの姿を捜しているということ、おまえの傍らで安心してくつろいでいること……そんなことは誰よりも、おまえ自身がよく知っていることなのではないか?』

 

 さきほどのヴィンセントの言葉が蘇ってくる。

 

 俺はカダージュに手を振り返すと、久方ぶりに穏やかな気持ちで青い空を仰いだ……

 

 ……今夜は久方ぶりに、やさしい夢が見られそうだ……

 

 

  終わり