Summer Vacation 
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<10>
 ヤズー
 

 

 

 

 

 

 

「おはよ、ヴィンセント」

 翌朝だ。

 俺は、シャワーを済ませ、きちんと着替えを終えてから、ダイニングへ顔を出した。

 ごくあたりまえのように、ヴィンセントがいる。彼もすでに風呂に入ったのだろう。黒髪がわずかに露を含んでいる。

「……ああ、おはよう。早いな、ヤズー」

 彼はいつものように、静かな声でそう応じた。

「ヴィンセントのほうが早いじゃない。さて、手伝おう、何すればいいかな」

「……ヤズー」

「ん?」

「その……まだ、ゆっくりしていてはどうだ?」

 気遣うような口調でそういうヴィンセント。

「え、どうしたの?  何か気になることでも……」

「いや、あの……あまり眠っていないのではないのか? なんとなく疲れているように見える」

「…………」

 さすがの俺も、一瞬返答に窮した。

 確かに昨夜は眠りにつくのは遅かったのだろう。だが、それほどめずらしいことではないし、まさか、時たま会う程度の、兄さんの同居人に指摘されるとは思わなかった。

 もちろん、理由を知って言っているわけではなかろうが。

 

「そう? ああ、ちょっとカダがぐずっていてね。遅くまで話を聞いてやったから」

「……昨夜、私に付き合ってくれたから……すまなかったな」

「ちょっ……違うでしょ、それは。俺が無理やり一緒についていっただけなんだから。あ、そうそう、足、平気? 痛くならなかった?」

 俺はやや強引に話を反らせてみた。

「大丈夫だ。心配をかけてすまない。セフィロスにも悪いことをしてしまった」

 生真面目な彼は、そうつぶやいた。

「ヴィンセント、そんなの気にすることないって。もう、ホント、あなたってさァ……まぁ、天然なんだろうけどね」

「……だが……」

「あのさ、セフィロスは間違いなく、あなたのこと好きだよ。あー、好きなんて言っちゃうと兄さんに怒られそうだからアレだけど、気に入ってるのは間違いないから。あまり彼に気を使う必要はないんじゃないかな」

「……だと有り難いのだが」

「そうだってば。昨日言ったでしょ。俺、たいてい、人の考えてることは顔見れば分かっちゃうから」

 俺はなるべく軽い調子でそう言ってやった。

「ん……」

 未だに思案顔ではあるが、ヴィンセントは一応頷いてくれた。

「さ、朝ご飯の支度だよね。手伝うから、始めよう」

 俺は言った。

 

 さて、今日は平日。兄さんには仕事がある。

 お金が必要なら、ひとこと言ってくれれば、いかようにでもするのに、自分とヴィンセントの生活は、おのれの力で築いていくつもりらしい。

 

 ああ、せっかくだから、朝から、一日を辿ってみたいと思う。これは「普通の生活」というものを知らない俺たちにとって、なかなか面白い作業なのだ。

 

 午前8:00。

 兄さんが起きてくる。おっとその前に、ヴィンセントと俺の次に起きてきたのは、意外なことにセフィロスだった。起こされるまで偉そうに眠っているのかと思ったのだが、案外規則正しい生活を送っているようで驚く。

 

「ああ、セフィロスはいつも早いな。ごくたまに、姿を見せないことがあるが……そういうときは具合が悪いのではないかと気になってしまって……」

 と、ヴィンセントが教えてくれた。

 

「お、おはよう……セフィロス」

「おはよ、セフィロス」

 ヴィンセントがおどおどと挨拶した後、俺が声をかける。

「ああ」

「シャワーは?」

「浴びた」

「じゃ、ご飯にする?」

「ああ」

 簡潔に応える英雄。

 

 今日の朝食は和食だ。白いご飯に潮汁、焼き魚、トンカツの梅シソ巻き、出汁巻卵に、「漬け物」という名のピクルス。魚と肉の両方を用意するのが、ヴィンセントの気遣いらしい。兄さんを始め、セフィロスも大食いだし、ウチにもカダとロッズがいる。俺だって、見かけに寄らず、それなりの量は食べる。

 ここの家で少食なのはヴィンセントだけだ。

 

 セフィロスが無言のまま、箸をとる。

 朝っぱらから仏頂面なのは不愉快だが、今回はこちらのほうが後から乱入したので、まぁよしとしておく。

「ねぇ、ヴィンセント。俺たちも先に食べる? カダなんかこんな時間に起きてきやしないよ」

「あ、ああ。そうだな……もうすぐ、クラウドが起きてくるはずだから……そうしたら一緒に……」

 ヴィンセントがそこまで言いかけたときであった。

 

「……おはよ……」

 半眼の兄さんが、ぽてぽてという足取りでパジャマのまま入ってきた。ちなみにセフィロスは、ガウン一枚だ。水気の残った長い髪は、後ろで一つにまとめられている。

「おはよ、兄さん。なんて顔してるの」

 俺は吹き出すのをこらえつつ、そう言ってやった。

「だって……まだ眠いんだよ……」

 フラフラよろける様が可笑しい。本当にこの人は可愛い人だ。なんとなく、ちょっとばかり大人になったカダージュと一緒にいるような気分になる。

 もっともカダには、こんな風になってもらっては困るのだが。

 

「クラウド、ほら、机にぶつかる。危ないぞ……」

 いつもの過保護ぶりを十二分に発揮して、ヴィンセントがテーブルからクラウドを遠ざける。

「あ〜……ヴィンセント〜、おはよ〜〜」

 ヨロヨロと足を引きずって、長身の彼の懐にドサリと身を投げかける。よりかかられたヴィンセントが、一緒に転びそうになるのがご愛敬だ。

「ク、クラウド……」

「ヴィンセント〜、今夜は一緒に寝てよ〜、最近、いつもひとりだよ……さみしいよぅ……」

 ぐりぐりとヴィンセントの胸のあたりに顔をこすりつける兄さん。もう見慣れているのか、セフィロスは面白そうに眺めつつ、箸は休ませない。

「ク、クラウド……よさないか。ほら、しっかりしろ……」

「ヴィンセント〜……昨日ヤな夢見ちゃったよ……」

「……大丈夫か? 具合が悪いのか?」

「ヴィンセントが一緒に寝てくれないせいだよ〜……」

「い、いや、そう言われても……どうしたというのだ?」

 ぐしゃぐしゃになった、兄さんの金の髪を撫でつけ、あやすように訊ねるヴィンセント。

 

「……夢でセフィロスに殴られた。ドカッって。ひどいんだよ、セフィは〜」

 伸ばした語尾にアクビと涙が混じる。

「お望みなら、蹴って殴って犯してやろうか、クソガキ」

 味噌汁を啜りつつ、恐ろしいことを抜かす英雄。

「なんだと〜……人を寝起きだと思ってバカにして〜……うう〜」

「だってバカだろ、オマエは。このネボスケが」

「ヴィンセント〜、セフィが〜」 

「あ、ああ、セ、セフィロス……す、すまない、彼は寝ぼけているだけだから……」

「ヴィンセント〜……どっちの味方してるんだよ〜……俺、もう目、覚めてるよ……」

「クラウド、ほら顔を洗いに行ってこい。さっぱりするから……」

「ちぇ〜〜……ッ」

 ブツブツこぼしながら、洗面所に向かう兄さん。

 

「やれやれ、あの人、毎朝、こんなカンジ?」

 俺はそう聞いてみた。

「い、いや……まぁ……」

「ああ、そうだな、きちんと起きてきたためしがない」

 ヴィンセントの代わりに答えたのはセフィロスだった。

「おかわり」

 と付け加える。

 ヴィンセントは手慣れたもので、最初から冷めないように準備していたのだろう。すぐさまセフィロスの皿をとりかえ、スープ……もとい潮汁を注ぐ。

 礼も言わずに受け取ると、ガツガツ食べるセフィロス。きっとヴィンセントにとっては、こんなふうに食べてくれること自体が嬉しいのだろう。

 

 十分もすると兄さんが戻ってきた。現金なもので、もうすっきりとした顔をしている。

「おはよ、みんな」

「……おはよ、って、さっき会ったじゃないか、兄さん」

 俺はそう言ってやった。

「あ、さっきの俺は俺じゃないから。ヴィンセント、お腹空いた」

「おまえは、本ッ当〜にガキだな、クラウド。ちっとも成長しておらん」

 『本当』の部分に力を込めまくってセフィロスが言った。

「なんだよ、それ! ちゃんと自分で起きてるだろ!」

 エラそうに言い返す兄さん。レベルの低さが伺える。

「……兄さん、昔は自分で起きることもできなかったの……情けない……」

「ちょっ……ヤズー!」

 キッチンで汁物を温めながら、ヴィンセントが笑っている。

「ちゃんと起きてただろ! 仕事や訓練のある日はちゃんとしてた! 俺が寝坊するのは休日だけだ!」

「ああ、そうだな。一般兵は共同居室だもんな。ザックスたちの苦労が伺い知れる」

「セフィロス〜ッ!」

 フフンと鼻先で、セフィロスが笑った。箸を握りしめて怒る兄さん。

「ほらほら、もうよしなよ、ふたりとも。兄さん、時間ないんでしょ。はい、ゴハン」

 白飯を持った茶碗を差し出す。

「いただきま〜す」

「ゆっくり食べてくれ、クラウド。消化に悪い」

 ヴィンセントが兄さんに潮汁を差し出し、セフィロスのお茶を入れ替える。

「……ヤズー、食事にしたらどうだ? ほら、座って」

「ヴィンセントもね。兄さんのペースに合わせないでゆっくり食べよ」

 目の前でガガガガッとかっこむ兄さんを横目にそう言った。

「い、いや……その……クラウド、きちんと咀嚼しないと胃が……」

「だってお腹空いてんだもん。俺は頑丈にできてるから大丈夫」

「……すぐ腹下すくせに」

 新聞を眺めつつ、セフィロスがつぶやいた。

「うるさいな! それは子どものころの話だ! 俺はもう大人だ!」

「身体だけな」

「セフィロス、兄さん。ヴィンセントの前でケンカすんのよしなよ。大人げない人たちだなぁ」

「ふん」

「フン」

 奇しくも同じように、悪態をつく。

 

「……ごちそうさま」

 微かに聞こえる程度の声で、ヴィンセントがつぶやく。

「ごちそうさまってヴィンセント〜、もう、あなたもあなただよ。ご飯一杯も食べられないって、まずいでしょう、それは! おまけに肉も魚も半分だけ……」

「あ、いや、なんだか胸がいっぱいになってしまって……」

「ほらほら! 兄さんたちのせいだよ。ヴィンセントが衰弱死したらどうするの?」

「うそっ! ごめんッ! ホント、まさか、俺たちのせい? 俺とセフィがケンカしたから?」

「……あ、いや……」

「セフィロス! アンタもあやまれよ、コノヤロー!」

「この私に向かって『コノヤロー』とはいい度胸だ……」

「ああ、もう、ほらァ! ふたりとも。まったくカダ以上に手がかかる人たちだね」

 俺は、お手上げとばかりに、大きなため息をついてそう言ってやった。