Summer storm
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<17>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

夢見心地から、フッと気がつくと、ダンスが終わっていた。

 だが私はまだ、セフィロスに抱かれたままだ。自分の手がだらりと落ちているのに気づき、本当に意識を飛ばしかけていたのかもしれないと知った。

 

「……あ……あ、すまない……つ、つい……ぼんやりと……」 

 私は慌てて謝罪した。さすがにダンスの間に夢想するなど礼に失する。

「いや、かまわん……ふふ、オレにプロポーズした人間はおまえが初めてだ」

「え……? あ、あの……?」

「まったく貴様は面白い男だ。……気に入ったぞ」

「セ、セフィロス、私は……あの……その……」

 

「今さらオドオドしてどうする」

 ようやく腕をほどいてくれたセフィロスが苦笑した。

 ダンスは終わったのに、と言わんばかりに笑われて、再び鼓動が早くなった気がする。

「戻るか」

「あ、ああ」

 さっさと歩き出すセフィロス。すぐに後を追おうとするのだが、今さらながら足下がふらついてくる。

 

「大丈夫?」

 そういって、手を差し出してくれたのはヤズーだった。傍らに満足そうなカダージュがくっついている。

「あ、ああ……すまない」

「ヴィンセント大丈夫? ヤなことされなかった? アイツ、意地悪なんだから!」

 そんなことを言うカダージュ。

「いや……いきなりだったから……少し驚いたが」

「でもね、フフフ、とても素敵だったよ。羨望の眼差しっていうのかなァ。思い切り集めちゃってたね」

 ヤズーがいつもの含んだような微笑を浮かべてささやいた。

「え……あ……いや、セフィロスは……目立つから……」

「ヴィンセントもね。今日のあなたはとても魅力的だよ。いつも以上にね」

「ヤズー、僕は?」

 無邪気に訊ねるカダージュ。

「ああ、もちろん、カダはいつでも、だれより可愛いよ。今日のスーツは品がいいね。おまえによく似合ってる」

 席にようやく帰り着くと、クラウドも戻ってきたところだった。

 面白いことに女性二人が張り合うように、彼の両側で腕を組んでいる。どうやらチークの相手は、彼女たちふたりと公平に……ということになったらしい。

 クラウドはとても整った容姿をしているし、黙って立っていれば女性たちの注目の的にもなるだろう。

 ようやく離れていってくれたレディたちに辟易として、ネクタイをゆるめるクラウド。席に私の姿を見つけると、本当に……そう、本当に、子犬のように、ものすごい勢いで飛びついてきたのだった。

 

「ヴィンセントッ!」

「あ、ああ」

「大丈夫ッ? なんか変なことされなかった?」

「おい……ガキ。場所柄をわきまえろ。オレがそんなことをするような男に見えるか?」

「見えるから言ってんだろッ! だいたいヴィンセントは俺の大切な……」

 セフィロスと違って、クラウドの声はいわゆる少年声だ。高いわけではないが、張りのあるよく通る声なのだ。その声で怒鳴ると、静かな店の中では恐ろしいほどに響いてしまう。

「クラウド、よせ……落ち着いてくれ」

「だって、ヴィンセント……!」

「店に迷惑をかけてはまずいだろう……?」

 私は低く諫めた。

「ヴィンセントのいうとおりだ、クソガキが。……さて、頃合いだ、そろそろ引き上げるぞ」

 鶴の一声ならぬ、セフィロスの一声だ。

 ラストチークということは、もう0時などとうに回っているのだろう。

 

 セフィロスが軽く手を挙げ、店長……この店の支配人を呼ぶ。

 私に似ていると言っていた、さきほどの男だ。

 

 セフィロスの前に跪くと、彼の差し出したカードを恭しく受け取った。

 ……彼がカードなど、所持しているのを初めて知った。慣れた手つきでサインをする。

 黒髪の支配人は、きちりとした所作で出口で待っていた。

 

「なかなかいい店だ、気に入った……おまえのこともな」

 セフィロスが彼に告げた。

「あ、ありがとうございます。こちらのほうこそ、お客様方のおかげで他の方々も常ならぬ楽しい時間を過ごせたようでございます……ありがとうございました」

 彼はそんなことを言った。私には言葉の意味がよくわからなかったのだが、セフィロスには理解できたようだ。

 いつものように「フフン」と鼻で笑う。

「お預かり致しましたカードをお返しします。本日は誠にありがとうございました。またのおいでをお待ち申し上げております」

 セフィロスがカードを受け取ると、支配人はとても丁寧にお辞儀をした。

 

「ああ、そうだな……おまえに逢いにな」

「……あ、ありがとうございます」

「テーブルに呼んだ女たちと、おまえの分だ」

 足音を立てずに支配人の側に身をよせると、彼の胸ポケットが膨らんでしまうほどの札を入れるセフィロス。クラウドなどぎょっとするほどの金額だ。

 そのまま手を滑らせ、あろうことかセフィロスは、固まっている彼の蒼白い頬に口づけたのだった。

 

「今日はホンモノにできなかったからな……代わりだ」

「……え……あ……」

 とっさになにを言われているのか、わからなかったのだろう。だが聡明な彼はすぐに私に気づいた。

「おまえに逢いにまた来よう」

「あ、ありがとうございます……」

 それだけ言うとさっさとセフィロスは出て行ってしまった。クラウドたちも気圧されたように、後をついてゆく。

 

 呆然とした様子で立ちつくす支配人に、私はあわてて謝罪した。

「す、すまない……あんな物の言い方を……彼は悪気はないのだが……どうか不快に思わないでいただきたい……」

「え……あ、いいえ……お客様。……お優しいのですね、お気遣い感謝いたします」

 彼は静かな声でそうささやき、微かながら笑みを浮かべてくれた。

 それは先ほどまでの営業用の微笑ではなく、本心から笑ってくれたような自然な微笑みで、私を安堵させた。

「もう夜も深うございます。気を付けてお帰りくださいませ」

「あ、ありがとう……おやすみ」

 ついそんな言葉を付け加えてしまった私に、「おやすみなさいませ」と返してくれた。そのことがとても嬉しく感じたのだった……