Summer storm
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<16>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

「おい、ヴィンセント」

 いきなり見とれていた相手に話しかけられ、私は驚いた。セフィロスが先ほどの女性とのダンスを終えたのだ。

 にやにや笑いながら元の席に着く。

「え……あ……ああ」

「なにを惚けている」

「あ……いや、その……君が……あの……とても……」

 いや、ここで『君があまりにもまぶしくて』などという映画ばりのセリフを口にするわけにはいかない。だが、すぐに代替えの言葉が出てくるほど、私は器用な男ではなかった。

 

「フフ、おまえのようなヤツには、いささか刺激が強かったか?」

「……ああ、とても」

 正直に答えただけなのに、セフィロスは珍妙な顔をするし、周囲の女性たちは、一斉にキャーッと声をあげて笑い出すのだ。

 そのつもりがないのに、なぜか時として、私は一流のコメディアンになってしまうらしい。非常に心外ではあるのだが。

 

 困惑しているところに、ヤズーが戻ってきてくれた。

 

「ふふ、華やかなテーブルがあると思ったら、やっぱりここだったんだね。ありがとう、レイディたち。ようやく他が引けました」

 ヤズーは、ひょいと両手をあけ、おどけて言ってみせた。もちろん、私たちのテーブルの女性たちに向かってだ。

 

「カダ、眠たそうだな? 大丈夫か?」

 少し心配そうに訊ねる。

「大丈夫、僕、大人だもん」

「ねぇねぇ、ヤズーくんの弟さん?」

 先ほどから興味津々だったのだろう。女性たちのうちのひとりがそう訊ねた。

「うん。可愛いでしょう?」

「可愛い!」

「今度来たら踊って頂戴ね?」

「あらあらダメよ、お酒が飲めるようになってからね」

 華やかな雌鳥が口々にそんなことを言う。やはりカダージュもこういった場所にはなじみがないのだろう。めずらしくも照れたような仕草をするのが、端から見ていても愛らしい。

 

「……あ、チーク……ラストだね」

 ヤズーがつぶやいた。

「そういや、ヤズー、チークダンスばっか踊ってたよな」

 クラウドが意地の悪い微笑を浮かべて言う。もろもろの意味合いでの仕返しのつもりなのだろう。だが相手が悪い。なんといってもあのヤズーなのだ。

「うーん、フフ、そうだねェ。どうしてもリクエストが多くてね。兄さんも今度は誰かさんとチーク踊れるといいねぇ?」

 ちらりとこちらを眺め、マドンナのような微笑を浮かべてささやくヤズー。

「うう〜……」

 悔しがるクラウド。

 

「ああ、これでラストか、もうそんな時間なんだな」

 セフィロスが言った。

 いったい何杯目のグラスを空けているのだろう。顔には出ないが、多少なりとも酔いは回っているのだろう。めずらしくも表情がやわらかい。

 普段は仏頂面が多いせいか、心地良さげな彼の様子を見ていると、私の方まで嬉しくなってしまう。

 

「さてと……」

「セフィロス?」

 すっくと立ち上がったセフィロスにヤズーが声をかける。

 

「おい、来い」

 短い言葉でそういうと、彼はいきなり、私の腕を引いた。

「え……」

「いいから来い。踊れるだろう」

「い、いや……私はこういうダンスは……踊ったことが……」

「ちょっ……セ、セフィロスッ! アンタなッ! ヴィンセントに何を……」

「しっ……クラウド、声が大きい」

 私は慌てて、クラウドをいさめた。自宅ならともかく、ここは高級クラブだ。

「そうだねぇ、ラストチークだもんね。カダ、おいで」

 そういうと、ヤズーがごく自然に弟の手をとる。

 それまでなんとなく眠たそうだった少年は、ぴょんとばかりに起きあがり、喜んで兄に飛びついた。女性たちも面白そうに眺めている。

「まぁ、いいわね、ヤズーくんのラストチーク、今日は弟くんのものらしいわ」

「あ〜ん、私も一度でいいから踊って欲しい……」

「もちろん、レディ、いつでもね」

 慣れたやり取りにドギマギしている間に、私はセフィロスに引っ張られるような形でホールに降りた。

 

「セ、セフィロス……あの……男性同士では……」

「気にするな、座興だ。それにまわりを見てみろ。お仲間がたくさんいるぞ」

「……そ、それは……そうだが……」

 セフィロスの長い腕が背に回る。

 チークダンスは頬を寄せ合うように、ぴったりと身体を密着して踊るダンスだ。もちろん、私は踊ったことなどない。

「おい、腕を回せ。直立しているヤツがあるか」

「え……あ、ああ……」

 おずおずと彼の背中に手を回す。

「違う、肩から首にだ」

「……こ、こう……だろうか」

「ああ」

「あの……くっつきすぎでは……」

「頬を寄せ合うからチークダンスだろ」

 しなやかな筋肉のついた厚い肩。同じ男性なのに、私などとは大違いだ

 背に感じる大きな手の感触。そして私の掌に感じる彼の体温……

 

 おかしなものだ。

 ほんの数年前は、互いに命の奪い合いをしていた間柄なのに。

 私はこうして、温かな彼の身体に触れ、嬉しいとさえ感じている。そして彼の力強い腕の感触に、深い安堵を覚える……

 セフィロスがどんな形であろうと、「生きている」ということ……そして、まがりなりにも、ふたたび逢い、私たちの側に居るということ……

 これは私の中の贖罪なのだろうか?

 ……それとも……

 

「……おい」

「…………」

「……おい、なにを考えている?」

 セフィロスの低い声が、直接耳奥に響き、私は吃驚した。

 彼はとても長身だが、私と大差があるわけではない。そのため、彼の首に腕を回すと、必然的に頬が重なってしまうのだ。

 チークダンスというのはそういうものなのだろうが。

 

「あ……い、いや……」

「もっと、オロオロするかと思っていたのに……つまらんな」

 非道いことを言う。

 セフィロスは私が困惑したり、狼狽する姿を見るのが楽しいらしい。わざとクラウドにけしかけたり、意地の悪いことをしたりする。

「いや……十分、緊張している」

「ほぅ……そうか?」

 彼の腕に力が入り、ぐっと抱きしめられた。 

「フフ、胸が早いな。……相変わらず細い身体だ」

「……セ、セフィロス……もう……そろそろ……」

「なんだ? 曲はまだ終わっていないだろう」

 大きな片手が背から首筋をなぞり、私の髪に差し込まれた。

 

「おまえは少しくせ毛なんだな……黒髪もいいものだ」

「え……あ、ありがとう……」

「フフ」

「で、でも……私はセフィロスのような銀の髪や、クラウドのブロンドのほうが美しいと思うが……」

「…………」

「特に君の髪は、まっすぐでとても長くて……本当に綺麗だと思う」

「そうか。……誉められるのは悪い気はしないな」

 酒のせいなのだろうか。彼はとても機嫌がいいようだ。常ならば、今のように正直に答えても、からかわれるか、失笑されるかのどちらかだろう。

 セフィロスに、彼の母親のことや、過去のことを口にするつもりはない。

 それは、『してはいけないこと』なんだと思う。私の贖罪とは別ものなのだ。

 

「……セフィロス……」

 私は彼に声をかけた。

 かつて……愛した女性の子どもに……

「ん……?」

「セフィロス……ずっと私の……私たちの側に居てくれ……」

「……ヴィンセント?」

「いや……君は自由なのだから……そんなことを願ってはいけないのかもしれないが……『この場所』が気に入ったのなら……いつまでも側に居てくれ……いなくならないで欲しい……」

「……どうした? 酔っているのか?」

「『約束の地』というのがどこにあるのか……私は知らないが……もし、そこへ行くというのなら……私は……君と……」

 オレンジ色のライトに眩暈がしてくる。彼の言うとおり多少なりとも舐めた酒が、いまさら回ってきてしまっているのだろうか? 

 知的で怜悧に整った、ルクレッツィアの面差しが浮かぶ……それをセフィロスに重ねてみると、どことなく似ているような気がした。