Summer storm
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<7>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

「……ごめん、ちょっと俺、疲れてるみたいだ。シャワー浴びて寝る」

「クラウド、待ってくれ!」

「……悪い、ヴィンセント。今、俺が言ったこと忘れて」

 いたたまれなくなったのか、クラウドはさっときびすを返した。

「そんな……そんなこと……クラウド、まだ……」

「ホント、ごめん、ヴィンセント」

 必死に言葉を紡ぐヴィンセントを置き去りに、クラウドは早足にリビングを出て行った。 
 
 さしのべた手を、空に浮かせたまま、惚けたように硬直するヴィンセント。

 

 

「……どうしよう……」

 ヴィンセントの声が震える。

 オレには、たいしたことはない痴話ゲンカに聞こえただけだが、クラウドの態度は、ヤツにとって、この世の終わりに等しいショックだったのだろう。

「……私は……また……クラウドを……」

 ボソボソと口の中でつぶやく。

 

「……やれやれ、おい」

 オレは仕方なく声を掛けたが、ひどく動揺しているのか、ヴィンセントは突っ立ったまま気づかない。

「おい、ヴィンセント!」

「……え……? あ……」

「惚けるな、情けない」

「あ……セ、セフィロス……いたのか……」

 よくよく考えれば無礼な物言いだが、わざわざ咎める気にもならなかった。

 

「人が気持ちよく横になっているところで痴話ゲンカをするな、バカ者が」

「……痴話ゲンカ? 違う……そんなことではないんだ……どうしよう……また私は……クラウドを……」

「大げさなんだ、貴様は。ところどころ聞こえただけだが、そんなに深刻な話じゃないだろ」

 そう言う。だが、オレの言葉がちゃんと耳に入っているのかは疑問だ。

 

「……セフィロス……どうしよう……」

 ヴィンセントはつぶやいた。

「おい、おまえ、オレの話を聞いているのか?」

「……どうしよう……セフィロス……」

 ヤツはまた同じように繰り返した。

 泣いてはいなかった。

 いや、まだ泣くくらいのほうがマシだったのかもしれない。

 顔面は蒼白のまま、唇に当てた手がカタカタと震えている。

 血の色の瞳はどんよりと濁ったままで、理性の光が消えてしまっている。

 

 ヴィンセントは立っていられなくなったのか、オレを見つめたまま、ずるずるとしゃがみこんでしまった。

「……おい」

「どうしよう……どうすればいいのだろう……セフィロス……」

「おまえ……正気か? そんなに気にするようなことではないと言っているだろう? 神経質にも程があるぞ、ヴィンセント」

「責めるつもりはなかったのに……」

「そうなのか? しっかり文句を言っていたように聞こえたが」

 ついついそんな意地の悪いセリフを口にしてしまう。

 すると、ヴィンセントはオレから目線を外し、ぐったりとうなだれてしまう。

「冗談だ。いちいち本気にするな」

「……あ、あやまってこなければ……」

「おい、待て、落ち着け」

「……すまない、セフィロス、クラウドのところへ行かなくては……」

「だからちょっと待てと言っているんだ。あのガキも頭に血が昇ってるんだろ。今、しつこく追いすがっても逆効果だ」

 オレはよろよろと立ち上がるヴィンセントを止めた。

「……セフィロス……」

「明日になれば、少しは頭も冷えるだろ」

「……セフィロス……私はただ……クラウドに……私だけのことじゃなくて彼らのことも……大切にしてほしいと……そう言いたくて……」

「おまえがどう思おうと勝手だが、クラウドが何をどう考えるかは、あのガキの勝手だ」

「…………」

「おまえとふたりきりだったところに、オレやあの連中がやってきて、自分と貴様の間に入り込まれるのが不愉快なんだろう」

「……だが……それとこれとは違うではないか……間にって……ヤズーやカダージュはただ親しみを込めて接してくれているだけで、私とクラウドとの関係とはまったく別だ」

「……ふふ、じゃ、オレはどうだ? 少なくともあの連中よりは、おまえのことを知っているぞ」

 アイシクルロッジでの一件を持ち出して、からかうように言ってやる。

 だが、オレの底意地悪さよりも、ヤツの天然のほうがワンランク上位らしい。

「あのとき……セフィロスが私をああしてくれたのは、私のことを助けてくれただけだろう。まったく意味合いが異なる。それに、誤解されると困るので、クラウドには、君に救われたことを話していないし……」

「……はぁ……救われた……ね」

 オレは脱力してヤツの言葉を反芻した。

「君のことやヤズーを、おかしな風に勘ぐるクラウドのことが……解せなくて……ついキツイ物言いになってしまった……」

 ここまで聞いて、いささかあのガキが気の毒になってきた。

 『おかしな風に勘ぐる』とコイツは言ったが、そう思わせるだけの材料が、ヴィンセントのほうに揃っているのが要因なのだ。

 整った外見、人当たりのいい穏やかで優しい性格。街の小市民どもにも人気が高い。加えて言うのなら、女どもからも好かれているのだろう。

 当のヴィンセントは、ひどくつかみどころのない性格だ。

 静かな……だが何を考えているのかわからない紅い瞳。想いを綴る機会の少ない唇。やわらかな物腰……にもかかわらず、誰にも心情を吐露せぬ真綿の鎧にも見える。

 

 基本的に、クラウドは単純なガキだ。

「好きだ」と口に出し、欲しいものは積極的に自分のものにしようと行動する。

 ヴィンセントの、どこか何かをあきらめたような態度は理解しがたいのだろう。

 だから、言葉を重ね、行為を重ね、ヴィンセントのすべてを知ろうと躍起になる。だが、結局はわからぬまま欲求不満が積もり続けてゆく……

 ……悪循環だ。

 

「……おまえのようなヤツの相手をするには、まだ未完成の部分が多すぎるんだ、あのガキは」

「……え……? セフィロス?」

「……何でもない、独り言だ」

「クラウドが未完成……とはどういう意味なんだ?」
 
「フン、聞こえているではないか」
 
「セフィロス……!」

 めずらしくも必死の形相で、訊ね返してくるヴィンセント。こいつとこんなに口を聞いたのは、コスタデルソルにやってきて初めてなのではなかろうか。

「私がいけないのか? クラウドは私のせいで……」

「落ち着けと言っているだろうが」

「……セフィロス……」

「……貴様は……複雑なヤツだな。想いの深いヤツだ」

「……え?」

「おまえの、その複雑怪奇さがあのガキにとっては、不安で仕方がないのだろう。知りたいと思ってあがいても、いつになっても最愛の人間のすべてを理解することができない。知ることが出来ない……それで苛立ってるんだろ」

「…………」

「すべてを知る、などということはしょせん幻想だと思うがな。あいつはおまえの相手をするには単純すぎる。表にあらわれたことしか見えないし、信じられない」

「でも……私は……」

「簡単だろう。口に出して言ってやればいい。まぁ、何なら寝室に押しかけて迫ってみたらどうだ? あっという間に機嫌が直るんじゃないのか?」

 オレは小馬鹿にしたように笑いながらそう言ってやった。
 
 親身になって仲裁してやる義理などない。むしろこういったことは多少こじれた方が観ている分には面白いのだ。

 

 だがオレは失念していた……

 こいつが恐ろしいほど天然無垢な男だということを。

 

「……わかった」

 決心したように頷くヴィンセント。

「……はぁ?」

「わかったセフィロス。どうもありがとう」

 妙にきっぱりとした声音でそう言う。

「……おい、おまえ、ちょっ……」

「迫るというのは経験がないので、あまり上手くできそうもないが……想いを伝えることくらいなら……」

「…………」

「今夜は……その……さすがにクラウドも気が立っているだろうから、明日、決行する」

「……いや、『決行』っておまえな。戦場のミッションじゃないんだぞ」

「そんなことよりも、私にとっては遙かに緊張することだ」

「……それはそうかもしれんが」

「……ありがとう、セフィロス。君にはいつも助けられている」

 もう一度礼を繰り返すと、蒼白い頬に微かに赤みがさした。

 ヴィンセントは、気を落ち着けるように、深く吐息すると、自室に引き取っていった。

 広間に残されたオレは、まるきりピエロではないか。

 

 ウンザリとした気分で、もう一度ソファに横になる。

 TVをつけるが観る気にならない。

 

 どうやら、オレは釈然としない気持ちのまま、その場で寝入ってしまったようだ。

 翌朝、突き刺すような太陽の光で目覚めたが、オレの身体はそのままソファの上で、大判の毛布が起きあがった拍子に床に落ちた