Summer storm
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<6>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

「はい、後かたづけ、終わり」

「……お疲れさま、ヤズー」

 ソファの上に寝ころびつつ、オレは聞くともなしに周囲の会話を耳にする。

 

「ううん。ヴィンセントこそ、疲れたでしょ。今夜は早くお風呂済ませて休んだ方がいいよ」

「……ああ」

「あ……と、それからね、俺、ちょっと出掛けてくるから」

 少し言いにくそうにヤズーが小声でささやいた。

 となりの寝室に寝っ転がっている、ガキどもに聞こえないようにという配慮だろう。

 特に末弟のカダージュは、今どきの子どもらしく宵っ張りだが、眠るときは糸が切れたように寝入ってしまう。今も、携帯ゲーム機だかなんだかをいじりながら、ふとした隙に眠り込んでおり、ロッズとともに寝室に連れていかれたばかりだ。

 

「今から? ……もう9時過ぎだぞ、ヤズー」

 心配そうにヴィンセントが訊き返す。

「いやだなぁ、子どもじゃないんだからさ、ヴィンセント。帰りは遅くなるかも知れないから、気にしないで。鍵持って行くし」

「あ、ああ……」

「カダージュたちには言ってあるから。ま、もっとも、もうおねむのようだけどね。それじゃ、行ってくる。ヴィンセントも早く休むんだよ」

 それだけ言い置くと、ヤズーは何となくせわしげに出ていってしまった。

 心配性の軟弱男が、なにか言いたげにオレを見る。

 

 平和で幸せなのはクラウドの野郎だ。

 なにひとつ気にせず、TV前に陣取っているのだから。

 

「あれ? ねぇ、ヤズーどっか行ったのか?」

 扉の閉まる音で気付いたらしく、間抜けのように、今さらヴィンセントに訊ねている。

「あ、ああ……何やら用事があるということだ。帰宅の時間はわからないから、戸締まりをして先に休んでくれと言っていた」

「ふーん、そっか」

「……心配だな」

 細い指を口元にあてがい、ヴィンセントがつぶやいた。

「なぁに言ってんだよ、ヴィンセント。子どもじゃないんだぞ。ヤズーだって、外に知り合いのひとりやふたりいるだろうし、大人の男なんだからさ。いろいろ付き合いだってあるだろ」

 クラウドの、あまりにも気楽な物言いが、めずらしくも勘に障ったらしい。やや非難めいた口調で、ヤズーを庇うようにヴィンセントが言い返した。

 

「カダージュを誰よりも大切に思っている彼が、あの子を置いてわざわざこの時間に外出するんだぞ? クラウドは心配じゃないのか?」

「だから大げさだってば」

「……今までにはなかったことだ。……私は心配だ」

「俺が心配しているのはいつでもヴィンセントのことだけだよ。他のヤツはどうでもいい」

 呆れるほどに率直なガキだ。

 端で聞いてて溜め息が出る。

 

「クラウド……! おまえは……」

 案の定、ヴィンセントがあきれたように声を上げた……とはいっても、いつものボソボソ声よりも、多少聞き取りやすくなったという程度だが。

「なんでそんな顔すんの? あたりまえだろ、好きなのはヴィンセントひとりだけなんだから」

「それとこれとは話が違うだろう。仮にもおまえのことを兄と呼ぶ者たちの事だぞ? 私のことを大切に思ってくれるのは有り難いが、同じように彼らのことも思いやるべきだ」

「同じようになんて無理に決まってるじゃん。ヴィンセントはヴィンセントだもん。他の誰とも比べられないよ」

「……クラウドは、とても強くて頼りになるが、もう少し自分のまわりの人間の想いにも配慮すべきだ」

 感情を押し殺したような口調で、ヴィンセントは意見した。

 ……風向きがあやしくなってきた。

 

「何それ? 俺がカダたちに気を使っていないとでもッ?」

「……え……い、いや、そんなことは……」

 ガキはすぐに激昂する。クラウドのキツイ物言いに、怯むヴィンセント。

「アンタにそんなふうに言われるとは思わなかったよッ! いきなり来たあいつらを受け入れて、上手くやってきたじゃないか。そりゃ、ヴィンセントに迷惑かけることは多かっただろうけど……でも……俺だっていろいろ考えて……」

「す、すまない。非難するつもりではなかったんだ。でも、クラウドが悩んだり考えたりしていることがあるのなら、私に相談してくれれば……」

「ヴィンセントに心配かけるのは嫌なんだよッ!」

 叫ぶようにクラウドが言った。

 少し離れたソファにオレが寝ころんでいるのも忘れたかのように。

 

「クラウド……」

「だって……ここに……コスタデルソルに無理やり連れてきたの……俺じゃん。アンタ、最初、気乗りしてなかっただろ……それなのに、一緒に来てくれたから……すごく嬉しくて……」

「……クラウド……」

「だからヴィンセントが俺のせいで、困ったり、心配したりするのは嫌なんだよ、ダメなんだ!」

「クラウド……私はおまえと一緒にいるのだから、同じように問題に当たるのは当然のことだろう?」

「……ヤダよ。そんなの」

 子どもが駄々をこねるようにクラウドがこぼした。

「……ヤダよ……そんなことして、もしヴィンセントが、俺に嫌気がさしたらどうすんの? どうしてくれんの? 問題一つ解決できない俺に、愛想を尽かしたらどうしてくれるんだよ!」

「そんなことはない……私は……」

「人の気持ちなんて、簡単に変わるじゃないか!」

 叩き付けるようにクラウドが言った。

「……クラウド……私は……私の気持ちは変わらない。ずっと、おまえのことを……」

「それは『過去』と『現在』のヴィンセントの気持ちでしょ? 『未来』はわからないじゃない!」

「なにをそんなに不安に思う必要があるんだ? 私の気持ちは変わらないし……私のような人間を好いてくれるような者など、おまえ以外に居るはずがないだろう?」

 噛んで含めるように言い聞かせるヴィンセント。

 だが、彼の説明では、ますますクラウドを不安にさせ、苛立たせるだけだろう。

 案の定、クラウドがカッと顔を朱に染め、覆い被せるように言い返した。

 

「ほらッ! アンタは全然自分のこと、わかってないじゃないか! 自分のこともちゃんとわかってないヤツに信じろって言われたって無理だよッ!」

「……クラウド……」

「アンタはよく、そうやって卑下した言い方するよね? でも本当に周囲の人間にそう見られていると思ってんの? その容姿で? その性格で? その在りようで?」

「……だ、だが……私は……いままで……」

 クラウドの口調に押され、苦しげに言葉を探すヴィンセント。

「俺と会う前のことは知らないし、俺がどうこう言えることじゃないと思う。でも、少なくとも、今はどうだよ? カダにしたって、ロッズにしたって、アンタにあんなに懐いてるじゃないか!」

「…………」

「ヤズーは他の連中とは違うよね。はっきりアンタのことを特別に思っているのが、態度でわかるよ」

「……ヤ、ヤズーにはカダージュが……」

「……知ってるよ。でも、ひとりだけでいいってヤツじゃなかったらどうするの? アンタにも側にいて欲しいって思っていたとしたら?」

「…………」

 

「……セフィロスだって……」

 オレの名を口に出すクラウド。

「……セフィだって……アンタのこと、気に入っている。最初、逢ったときはどうなっちゃうかと心配したけど……むしろセフィロスのほうが、アンタのことを見初めて、手元に置いておきたそうだ」

 ヴィンセントから、目を反らせてクラウドは早口にそう言った。

 ボケナスのクソガキにしては、いい洞察だ。まったくそのとおりである。

 オレは、あの黒髪の男を気に入っているし、手元に置いて可愛がってやりたいと思っている。実際、約束の地を見つけたならば、クラウドと一緒にヤツも連れて行こうと画策しているのだから。

 

「……クラウド……どうして……」

  喘ぐようにヴィンセントが絞り出す。

 苦しげなその声で我に返ったのだろう。

 クラウドは、ハッと顔を上げ、自分自身に驚いたように双眸を瞠ると、ヴィンセントから顔を背けた。