Snow White
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<24>
 
 クラウド
 

 

 

「うわっ……すっごい湿気」

 狭いモグラ穴のような通路を、腰を曲げてくぐり抜けると、広さのある踊り場のような場所に出た。さっきの廊下の湿度も高かったが、ここはその比ではない。

 決死の覚悟でとにかく進んできたが、水牢にたどり着くという目的は、どうやら果たせそうであった。

 足元から、ザァザァという水流が聞こえてくる。この下が水牢でこの踊り場から、さらに一段階、降りる出入り口があるはず。

「どこだ、どこだ……出入り口ッ!」

 俺は白雪ちゃんをその場に留めて、地下運動場のようなその場所を走り回った。絶対に下に降りれる場所があるはずなのだ。

 その場に突っ立っていた白雪ちゃんも、一緒になって周辺を確認してくれている。絶え間なく響く水音と湿気は、まさに今このとき、水牢が水で満たされつつある証拠でもあるのだ。

 いくらセフィとヤズーが強くても、魚じゃないんだから溺れれば死んでしまう。腕っ節云々の問題じゃない。

「セ、セフィ〜ッ! ヤズーッ!!」

 どれほど叫んでも、城の兵に聞きとがめられる心配だけはなくなった。俺は踊り場をかけずり回りながら、ふたりの名前を呼んだ。

 広場の壁面も石づくりだ。天井まで十分な高さがあるこの場所は、ともすると地下だというのを忘れてしまいそうになる。

 そのだだっ広い灰色の壁面に、長方形をしたいくつかの切れ目が入っているのは何なのだろう?

 扉のようにも見えないし、かといってただの壁ならば、わざわざ縦割れを作るのは無意味だろう。いや、耐震性を考えれば、一枚の壁で覆ってしまっているほうが安全だ。

 最初俺は、そこに手がかりがあるのではないかと、張り付いてみもしたのだが、どうやらただの石壁らしく、時間を無駄にしてしまった。

 地下への道なのだから、もっと低い位置……場合によっては床そのものに出入り口が作られているのかもしれない。

 焦燥感で爛れそうな頭を、ぶんぶんと振り、俺はもう一度端っこから調べだした。

 ちょうど、そのときであった、白雪ちゃんが俺を呼んだのは。

 

 

 

 

 

 

 錆び付いた鉄の扉は、ちょうど俺たちが入り込んだ入り口の対角線上にあった。

 何度も人間に踏まれているせいか、ごつごつといかにもいかついそれであったが、取っ手の部分は大分摩耗している。

 俺は一も二もなくすぐさまそこを空けようと手を掛けた。

 ざりっという鉄の感触に眉をしかめるが、手袋に付着したそれはただの鉄の錆びではないようだ。

 鼻を突く嫌な匂いに、白雪ちゃんが口元に手を当てる。俺は茶色っぽい鉄くずをじっと見つめた。

「……これ、血……かな」

 彼女を怯えさせるつもりは毛ほどもなかったが、思わず口を突いてこぼれ落ちた。

 間違いなく、これは血液だ。大量のそれが付着して、鉄を錆びさせたのだ。ということは、このだだっ広い地下の広場で大量虐殺でもあったのだろうか?

 だがこうして見回してみても、遮蔽物ひとつないただの巨大な空間に見える。

 俺は気を取り直して、錆を取り払い取っ手に指をかけた。今はとにかく時間がないのだ。頑丈な鉄のずらし戸は、見た目通り重かったが、渾身の力を込めると何とかこじ開けることが出来た。

 その扉の真下が、想像通り水牢らしかった。

 水流がゴォォォォと渦巻き、ほとんど採光がないせいか薄墨色の闇に見える。

「セフィ〜ッ! ヤズー!!」

 もう一度名を呼んでみるが、やはり返事はなかった。水牢は大分深さがあるようだが、水位がかなり上の方まであがってきていた。

「セフィーッ! いるんだろッ! 返事しろよ!」

 まさかもう……?という最悪の予感に、背が震える。

「白雪ちゃん、さっきのロープ貸して!」

 塔のてっぺんから降りてくるときにつかったロープを、肩に巻き付ける。その端を彼女に頼んで、ところどころに打たれた鉄の鎖に結びつけてもらった。

「俺、降りるから。……もし……万一、俺が戻ってこなかったら、そのまま逃げて」

 その言葉に、彼女が首を振る。

「俺のことはいいから。まさかこんな場所にアンタが居るなんて、あの連中は思いもしていないだろうから、必ず逃げ切れる。そうしたら、森の小屋じゃなくて、隣国のお城を訪ねて。そこの王子様に話は付いているはずだからね」

 不思議そうな面持ちの彼女であるが、どうしても首を縦には振ってくれない。しかし今の俺にはそれ以上、説得している時間はなかったのだ。

「戻ってこられるように、最大限の努力はするつもりだよ。でも、もし……本当に万が一、だめだったらひとりでも逃げるんだよ、白雪ちゃん。俺たちはアンタを助けに来たんだから。せめてアンタだけでも生きて帰ってくれなくちゃ、俺たちは無駄死にだよ、ね? いいね?」

 細い肩を掴んで、ヴィンセントそっくりな白い顔を見つめる。紅い瞳は、涙で潤んでいた。

 俺は彼女を抱きしめ、半開きの唇にキスをした。

「じゃ、行ってくるからね!」

 最後にそう言い残し、俺は鉄扉から慎重に降り出した。