Snow White
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<19>
 
 クラウド
 

 

 

「大丈夫? こっち、壁伝いに歩いて」

 俺は白雪ちゃんの手を取り、薄暗い廊下をひた走った。大きく伸び上がってくる気味悪い影も、揺らめく蝋燭の炎も、守るべき人がいると思うと、それほど怖くは感じない。

「おっかしいなぁ。このあたりでセフィの声が聞こえたと思ったんだけど……」

 左塔から中央廊下に繋がる場所で、俺たちは足止めを喰らった。

 三つの塔が繋がるこの場所は、廊下も広くて人の行き来が多い。もちろん、城の内奥部だから、ある程度の身分の者と、近衛兵くらいしか通ることはできないのだと思われる。

 しかし、今は仰々しい装束を身につけた衛兵やらが、足音も猛々しく行き交っているのだ。

「なんだよ……いったいどうしたってんだ。白雪姫はここに居るのに」

 俺のつぶやきを耳にした白雪ちゃんも、不安そうにそのありさまを見つめるが、せつな、ビクンと背を振るわせた。そのまま怯えたように、俺の背の後ろに隠れてしまった。

「どうしたの、何か怖いものがあったの?」

「…………」

 彼女は黙したまま、コクンコクンと頷き返した。

「大丈夫だよ、俺がついてるだろ。ま、今は廊下には出られないな。ずいぶん兵隊たちが集まっているから」

 そう応えると、白雪ちゃんは震える指で、人だかりを指さした。

 白い指が指し示したその一点……まるで黒いシミのようにも見えるその人物。よく見れば、豪奢な黒いドレスを身に纏った女だ。彼女の佇まいから、かなり身分の高い人物だと知れる。近衛兵の連中もぺこぺこしてやがるし。

「あの女がどうしたの? 知ってる人?」

 愚鈍にも俺は、怯えて震える白雪ちゃんに訊ねた。

 すると彼女は、俺の耳元に唇を寄せ、震える声で教えてくれたのだ。

『彼女が王妃さまだ』と……

「あ、あいつが王妃〜っ! 白雪ちゃんを攫った女か!」

 風を起こして振り返る。あちらを向いているので顔はよく見えない。

「くそ〜ッ! 元凶め! 天誅を下してやりたいところだが、まずは白雪ちゃんと城から脱出しなくちゃ……」 

 自身に言い聞かせるようにつぶやいたとき、ちょうど具合良く、黒いドレスがひるがっえった。王妃が踵を返したのだ。

「……ッ!」

 もろにその顔を見て息を飲む。傍らの白雪ちゃんが、『どうかしたのか?』というように、心配そうに俺を覗き込んできた。

「う、うん、大丈夫。ちょっと……驚いただけ」

 俺はそれだけ告げて言葉を濁した。

 だってあの王妃ってヤツ……顔だけだけど、ヤズーにそっくりなんだもん。

 あのヤズーが、どぎついメイクして、裾引きのギラギラドレス着ていると想像してもらえればいい。どれだけのド迫力になるのか……

 できることなら、この場で白雪ちゃんためにも、一矢報いたい気持ちだったが、軽率な行動は控えようと思う。

 いや、けっして、ヤズー似のあの女が怖いとか、そういうことじゃなくて。

 

 

 

 

 

 

「白雪ちゃん、ここはヤバイ。ちょっと戻って、あの連中をやりすごそう」

 俺は彼女に耳打ちした。あのあたりに固まっている近衛兵がこっちに来たら見つかるのは時間の問題だし、さすがにこの状況は多勢に無勢だ。

 闘うにしたって、俺一人ではない。彼女を守らなければならないのだから。

 そう考え、引き返そうとしたときだった。

 彼らの話が耳に入ってきたのは……

 

『水牢の囲いは万全だろうな? かなりの手練れふたりだぞ』

『十分後には水が溜まります。いかなる勇者とて、水責めされてはひとたまりもないでしょう』

『ホッホッホッ……なかなか見目麗しい男子ふたりであったが……致し方あるまい。それより、さっさと白雪を見つけ出せ』

 最後の言葉は、黒衣の女王が言ったセリフだ。

 

 手練れ二人……?

 見目麗しい男……?

 

「……ま、まさか、セフィとヤズー!?」

 シッと、白雪ちゃんに注意されるが、俺の動揺を見取ったのだろう。彼女は『どうしたの?』というように、小首をかしげた。

「うん……ちょっと、仲間がヤバイことになってるみたい。ああ、でも、ここに居てもな。……とりあえず、こっち」

 彼女の手を引っ張って、引っ込んだところにある小部屋に身を滑り込ませた。ここは事前に調べておいたので安全だ。今は使われていない、古い国旗やら装飾品のようなものが安置されている。

 ひとまずそこに腰を押しつけると、俺たちはホッと吐息した。