Snow White
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<16>
 
 クラウド
 

 

 

 

「こ、怖い…… 何なんだよ、この城は!」

 奧へ奧へと進むほどに、恐怖心を煽られる。

 すでに廊下はまっさらな石畳ではなく、重厚な毛足の長い絨毯が敷かれている。廊下の燭台も装飾的なものにすげ替えられ、貴人の住まうエリアなのだと見て取れる。

 つまり、俺は目的の探索場所へ辿り着いたのだと言える。

 しかし、この時代の美術的特色なのだろうか。

 いわゆるゴシック調の彫刻だの、置物だのが廊下のそこかしこに設置され、蝋燭の炎に揺らめいている。グロテスクな悪魔の置物からは、不気味な影が伸び、まるで生きていて、こちらに手を伸ばそうとしているかのように見えた。

 びくつく足腰を叱咤しながら、居室の様子を探ろうと頑張るわけだが、作業は遅々として進まない。

 だが、そのとき、よろよろとよろけるように、廊下を這いずっていた俺を、背後から絡め取る腕があった。

「ぎゃーッ!」

 自分の口からすっ飛び出した悲鳴に、ひどく動揺した。

『ここで城の警備にでも捕まったら元も子もない』

 そう思い至ったのは、思い切り大声を上げてしまった後で、背後から回された細い腕が、俺の口元を塞いでいた。

 耳元で、「声を上げてはダメ」とささやかれ、俺はなんとか平常心を保とうと頷き返した。

「も、もう、大丈夫…… ええと、アンタ……」

 ジッと目を凝らせて目の前の人物を眺める。裾引きの長衣を身につけていることから、女性なのだと知れる。蝋燭と月明かりが頼りなので、なかなかはっきりと顔を見ることができない。

 しかも、相手はこちらを警戒して、なかなか顔を上げてはくれないのだ。

 暗がりの中で伏し目がちなその人を、俺はよく見てやろうと身を乗り出した。

 ……ちょうどその時だ。

 月を隠していた雲がスッと流れた。おぼろげな月明かりの中、浮かび上がった繊細な面立ちに、俺はふたたび大声を上げそうになった。

 

 

 

 

 

 

「あぁッ! ア、アンタ……」

 不躾にも口を開けて、指を突きつけてしまった俺に、彼女は身を固くして警戒する。

 緩く結った黒髪、雪のような肌……そして、深い紅の瞳…… そこには俺のよく知った人物の姿があった。

「ヴィ……ヴィンセント!」

 思わずその名を口走る。

「ヴィンセント……! ヴィンセント……じゃないよな?」

 彼女は顔を上げ、いぶかしげに首をかしげた。

「な、何言ってんだ、俺…… ヴィンセントのわけないじゃん。ヴィンセントはジェネシスの城に居るんだから」

 ぼそぼそと独り言をつぶやく俺を、目の前の彼女は黙したまま見守っていた。

「ええと……アンタさ。もしかして、白雪……さん?」

 びくんと震えるヴィンセント……じゃなかった、黒髪のお姫様。奇しくも、白いシンプルなドレスを身につけているせいか、よけいに紛らわしい。

「白雪姫……だよね? 森のちっこい家でこびとたちと住んでたでしょう?」

 そこまでいうと、ようやく彼女は警戒を解いてくれた。青白くこわばった頬が解け、切れ長の双眸が大きく瞠られる。

「あのさ、怖がらないで。俺はクラウド。アンタこと助けに来たんだ」

 その言葉に彼女がヘタヘタと頽れそうになった。なんだか儚げなところまで、ヴィンセントとよく似ている。

「うわっ、大丈夫!? どっか怪我したの? 具合悪い?」

 彼女は俺の問いかけに、ふるふると頭を振った。それでもひとりで立っていられそうにない様子なのだ。

 俺は、『ごめんね』と断っておいてから、彼女の背に腕を回した。

 彼女の震える吐息が、ようやく治まってくるころになって、小さな声でぽつぽつと話をし始めた。

 王妃の魔手から逃れるために、森小屋で暮らし始めたこと。

 老婆に化けた王妃から、りんごを食べさせられ、目覚めたら城の座敷牢に幽閉されていたこと。

 そしてたった今、見張りの目を盗んで、なんとか牢から脱出してきたこと。

 

「そ、そっか……大変だったね」

 ありきたりのことしか言えない自分に腹が立つが、事態はそれほど好転したわけではない。

 座敷牢から抜け出したのは、すぐにも気づかれてしまうだろうし、そうなれば城中を兵士がうろつき回ることになる。

 この巨大な城から、追っ手の届かぬところまで逃げ切るのは至難の業だ。

 もちろん、勝算が合って乗り込んだのだから、セフィロスたちと力を合わせてなんとかするつもりだが。

「大丈夫。絶対にアンタのこと助けるから」

 不安げに瞬きを繰り返す彼女に、力強くそう告げた。

「白雪ちゃんは、俺の好きな人によく似てるんだ」

 その言葉に、彼女は不思議そうに俺を見つめた。