〜 Restoration<修復> 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<11>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ヴィンセント、腹の傷はいいのか」

「え……」

「腹の傷だ。それほど深そうには見えなかったがな」

 どうでもよさそうに訊ねる、彼。

「あ…… ああ、あれは、大したことはない。……すまない」

「別に。聞いてみただけだ」

 会話の一端を耳にしたのか、戻ってきた支配人の彼は少し固い声で問いかけてきた。

「初耳です……!  ヴィンセントさん? まさかまだ傷口が……」

「あ、ああ、いや……」

「セフィロスに伺いました。間一髪であったと…… 思ったよりも深手を負われたのでしょうか?」

「そ、その心配はまったく無い。本当にかすり傷程度で…… むしろ、セフィロスやクラウドたちの負傷のほうがよほどひどかったのではないかと思う」

「オレは怪我なぞしていない」

 ぶっきらぼうにセフィロスは言い放った。

「あ……で、でも…… 廃坑で……」

「びーびー泣いていたのは、クラウドのクソガキだけだ。オレはなんともない」

 ふてくされているようにも聞こえる物言いに、支配人の彼が目だけで微笑った。

「……で? 今日は何をしていたんだ? 真夜中の繁華街に、ボケ顔さらして突っ立っているなんざ狂気の沙汰だろ」

「あ……あの……」

「おまけにチビ猫連れて。家の奴らは知っているのか? まさか黙って出てきたんじゃねーだろうな? 大騒ぎになるぞ」

「あ…… あの…… す、すまない」

 続けざまに、ばかげた行動を責められ、私は二の句が継げなくなった。

 なんとか説明しようと思うのだが、そもそも「セフィロスの姿を見に」という理由自体が理解してもらえないかもしれないし、不愉快に感じられたとしたら、きっと私は平静ではいられないだろう。

 だが、氷の瞳は、咎めるように私を見つめていて……

「あ、あの…… つい…… いや……どうしても……君の姿が……見たくなって」

 たどたどしく私は言葉を紡いだ。

「……め、迷惑だとは思ったのだが…… も、もし……このまま二度と逢えなくなったらと思うと…… もう……なにも手に着かなくなってしまって……」

 頬に血が上ったかと重うと、次の瞬間、目の奥がカッと熱くなる。

 ああ、どうして私の涙腺はこんなにもだらしがないのだろう。セフィロスに何度も、泣きグセは治せと言われたのに……

「……その『二度と逢えない』っつー発想はどこから出てくるんだ、ヴィンセント。オレは家を出るとき、しばらく向こうにいるとだけ言ったはずだぞ」

「そ、それは……そう……だが…… でも……その……」

「男だろう。はっきり言え」

「セフィロス」

 支配人の彼が、セフィロスの物言いを諫めた。

「チッ……オレはコイツに、ただそう解釈する理由を聞いているだけだ。だいたいこのクソせまいコスタ・デル・ソルで、二度と会わねーほうが難しいんじゃないのか?」

 その呆れたような言葉は、支配人の彼に言ったのだろう。

 だが、黒髪の青年は必要なこと以外は一切口を出さないというスタンスらしく、セフィロスの文句にやり返しはしなかった。

「す、すまない…… 本当に……私は……いい年をして……だらしなくて」

 嗚咽をもらさぬよう堪えていたら、涙がボトボトと膝にこぼれ落ちた。私は慌てて拭ったが、察しのいい彼らは気付いたのだろう。

 彼は心配そうに私に視線を寄越し、セフィロスは深く溜め息をついた。

「おまえの不安はそのほとんどが取り越し苦労だ。勝手に心配の理由を作り出して落ち込んでいるだけだろ。そろそろ自覚しろ」

「……でも……きっと私が君の立場だったなら…… もういい加減に私という人間に愛想を尽かしていると思うのだ…… 事情はどうであれ……君を……だ、だましたのは…… じ、事実だし……」

 『騙した』という言葉を口にするのがひどくつらかった。嫌な言葉だ……なんて不愉快で卑怯な行為なのだろうか。

「仕方なかったんだろ。……もう済んだことだ。今、考えれば、いかにもおまえらしい選択だと思う」

「セフィロス……」

「だが、二度とするな。……オレならおまえのことも、コイツのことも必ず助ける。いいか、『必ず』だ」

 私がきちんと頷いたのを確認すると、セフィロスは一仕事終えたような面もちで、ふぅと吐息した。

 

 

 

 

 氷の溶けたグラスを一気に仰ぐと、話は終わりとばかりに立ち上がる。

 さすがにそろそろ頃合いだろう。時計の針は午前二時を過ぎていた。子猫のヴィンはセフィロスの腕の中で、スースーと寝息を立てていた。

「あ…… す、すまない……こんな時間まで…… あ、あの……代金は……」

 私は慌てて財布を出そうとしたが、苦笑しつつ支配人さんに止められた。

「紅茶と猫ちゃんのミルクだけですから。……可愛い子ですね、女の子ですか?」

「あ、ああ」

 と、ぎこちなく答えてから、あまりにも芸がないと思い、説明を付け加えた。

「ヴィ、ヴィンという名で……あ、あの黒い子だから、クラウドが私に似ていると言って……メスなのに、名前を取ってしまって。少し甘えたがりだが、とても素直でよい子なのだ……」

 言った後で、なんだか自分のことを誉めているようで、頬が熱くなってしまった。

「ふふ……では、ヴィンちゃん? またお会いしましょう」

 そうささやくと、夢見心地で微睡んでいる子猫の額を撫でてくれた。

 

「あ、じゃ、じゃあ……セフィロス…… 私はもう帰るから……その子を……」

 タクシーはどこで捕まえればいいのだろうと考えつつ、セフィロスの子猫を引き受けようと腕を出した。

「よせ。せっかく寝ているのにかわいそうだろ」

「え……で、でも……」

「セフィロス、ヴィンセントさん。車を呼んであります。すぐにおもてに着きますので」

 ごく当然のように支配人の彼が言った。

「え……あ…… で、でも、そんなつもりじゃなくて! 私は、そんな……」

「ギャーギャー騒ぐな。チビが起きるだろ。行くぞ、ヴィンセント」

「で、でも……」

 セフィロスは子猫を抱いたまま、さっさと歩いていってしまった。私は慌ててその後を追う。そんなつもりではなかったのに……彼を連れ戻すなど……

「セフィロス、ち、違うんだ…… それでは、か、彼が……」

「じゃあな、また寄る」

「はい。次のご来店をお待ち申し上げます。……ヴィンセントさんも。お酒は苦手かもしれませんが、お好みの飲み物を御用意させていただきますので」

 彼はやわらかな微笑を浮かべて、そうささいた。

 決して嫌みやこれみよがしの態度ではなく、また営業用の笑みでもなく、和えやかな自然な微笑みであった。

 

「あ、あの……」

「ああ、車が来ましたね。おふたりともどうぞお気をつけて」

 彼は最後の客となった私たちふたり……いや、ふたりと一匹を車寄せまで見送ってくれた。セフィロスはごく当然といった振る舞いでタクシーに乗り込み、私は「さっさとこい」と促され、後に続くことになった。

 最後に挨拶をもらったとき、私は彼の名を訊いていなかったことを思い出した。

「あ、あの……今さら恐縮なのだが…… き、君の名を……」

 すでにバックシートに落ち着いているセフィロスが、呆れた眼差しでこちらを眺めていると感じたが、それでも本人から聞きたかった。友人になってくれるかもしれない……そんなことを期待して。

 私はそれほど彼に対して、強い憧れの念と親愛の情を抱いていた。

「名を……き、聞いてもいいだろうか?」

「ああ、これは大変失礼いたしました。……私のことは『カイン』とお呼び下さい」

 そういうと、片腕を前に宛て、きちんと腰を折る、最上級の礼を取ってくれた。

「あ、いや……こちらこそ……本当に君には迷惑をお掛けして…… あ、あのこれからも……どうぞ……よろしく……」

 私もさらに謝意を表そうとしたのだが、

「あー、主婦の会話ァ! いらいらするッ さっさと済ませろ。腹減った。あー、眠い!」

 という、それこそ失礼極まりないセフィロスの物言いで遮られてしまった。

「き、君ッ! セフィロス!」

「ふふふ、いいんですよ、ヴィンセントさん。それではおやすみなさい」

 キリがないと思ったのか、その言葉を最後に、運転手に車を出すよう声を掛けた。

 

 私は車窓から、彼の姿と店が見えなくなるまで、過ぎ去っていく景色を見つめ続けた……