〜 Restoration<修復> 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<12>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

  タクシーがようやく家に辿り着いたのは、午前二時半……のんびりとしたイーストエリアでは、こんな時間に遊び歩く輩は少ない。

 人ひとりにも会わず、タクシーは真っ直ぐに自宅に着いたのだ。

「あー、おっかえりィ〜。ふぁぁぁ、眠い。簡単なものならあるけど? お腹は減ってない?」

「ヤ、ヤズー!?」

 足音を立てず、そっと家に入ったつもりだったのに、居間にはごく当然といった様子で、ヤズーが座っていた。

 テーブルには茶器と手作りのサンドウイッチが乗っていた。

「あ、あの……ヤズー…… そ、その……」

「おい、イロケムシ。このチビ頼む。爆睡してるからな」

 久々の対面に何の挨拶もなく、セフィロスは子猫をヤズーに手渡した。ヤズーのほうもごく自然に引き受けている。そこには屈託も感じられない。

「ああ、貸して。バスケットに戻してくるから」

「メシ……気が利いてるな。オレはコーヒー……あー、いや、カフェオレにしとくか。少し飲み過ぎたしな」

「ハイハイ」

「あ、あの……ヤズー…… す、すまない…… き、気付かれないようにと思ったのに…… ま、まさか……こんなふうになるなんて……」

 すでにテーブルで、ひとりサンドウィッチをパクつくセフィロスを横目に、ヤズーに謝罪する。彼が察しのよい人物だというのは、充分に理解していたのだが……

「やだなァ、あやまる必要なんてないでしょ。ただまぁ、一言くらいは言っておいて欲しかったけどね」

「す、すまない」

「違うよ。ほらァ、兄さんやセフィロスなら、真夜中だろうと明け方に出掛けようとなんとも思わないんだけどさァ。やっぱりヴィンセントはねェ」

 クスクスと苦笑しつつ、彼なりの苦言を呈した。

「人がいいし、綺麗で優しいしさァ。何かあったらって思っちゃうわけだよ」

「え……あ、い、いや……」

「ヴィンセントはお腹は? サンドウィッチなら余分に作ってあるから」

「い、いや……私は……」

「おい、よこせ」

 言った先から、皿をさらっていってしまうセフィロス。

「セフィロス、ちょっとあなたねェ。少しは遠慮したらどう? ったく図々しいよねェ、ねぇ、ヴィンセント?」

「…………」

 さも呆れた様子でヤズーが私に同意を求めてきた。

 だが、私はすぐに反論も賛成もすることはできなかった。

 胸がすごく苦しかった。いや、つらい痛みではない。

 今、目の前に現れている情景が、夢ではないかという不安と……間違いなく『現実』なのだと感じる、四肢に染み渡ってゆく安堵感……

 

 いつもの席で、セフィロスが食事をしている。

 いつもと替わらないくつろいだ様子で、サンドウィッチをかじり、カフェオレを飲み……

 

「ヴィンセント? ちょっ……ヴィンセント、大丈夫……?」

 心配そうなヤズーの声でハッと我に返った。

 我が家に戻ったおかげで、緊張の糸が切れたのだろうか。

 いつの間にか私の視界は滲んでおり、涙が頬を伝わって顎からこぼれ落ちた。

「あ……あ、れ……?」

 まったく意識していなかったせいで、つい掠れた声が漏れてしまった。

「あ〜あ、もぅ、ヴィンセント、泣いちゃったじゃない! サイッテー。普通、もうひとりの分は残しておくべきでしょ!?」

「ヤ、ヤズー! そんなんじゃ……」

「しかたねーだろ、腹減ってんだから」

「あー、ホンット、わがまま。ヴィンセントってば物好きだよねェ〜。わざわざこんなの連れて帰って来ちゃって!」

 両腕を組むと、ヤズーはこの上なくあきれたという素振りをしてみせた。

「ヤズー! や、やめたまえ……ち、違うんだから……」

「はいはい。もちろん、わかってるよ。よかったね、ヴィンセント。大事な人が戻ってきて」

「ヘッ、ヤキモチか、イロケムシ」

「そりゃあねェ、クソワガママ男がここまで大切にされてるの見ちゃうとねェ、まぁ、内心穏やかじゃないよね」

「フン、ざまーみやがれ」

「ふ、ふたりとも……! よ、よさないか……」

 口論を繰り広げるふたりを慌てて止めに入ったが、これはセフィロスとヤズーのジャブの打ち合い……というか、いつものやり取りで、彼らには、何の気負いもないようであった。

「あー、腹がふくれたら眠くなった……オレはもう寝る」

「ハイハイ。ちゃんとシャワー浴びなよね。あなた、酒くさいよ」

「チッ、うるせー、小姑が」

「何か言った?セフィロス」

「いやいや生理痛のヒステリーかと思ってな」

「あ〜、俺、そこらの女の子より綺麗だけどォ、一応男だからさァ、そこら辺はよろしくね」

「ふ、ふたりとも……」

 際限なく繰り広げられる、毒舌合戦に合いの手を入れるまもない。

 困惑しきった私がおずおずと声を掛けると、ヤズーは「はいはい」と頷いて戦闘態勢を解いてくれた。

「さーて、俺ももう一眠りしようかなぁ。明日……っていうか、もう『今日』か……は、兄さんもいないし、朝ちょっとゆっくりしようね」

 うーんと伸びをしてヤズーが言った。一緒にあくびまで出てしまっている。

「あ、ああ、もちろん。おまえは眠っていてくれ。私がちゃんと……」

「バカ言ってんな。夜風に当たりまくって風邪でも引いてるんじゃねーのか? ちゃんと眠らないとすぐ寝込むハメになるぞ、ヴィンセント」

 バカにしきった口調で宣うセフィロス。

 さもあろう。子猫連れで真夜中の繁華街に立っていたのは事実なのだから。

「ったく、おかしなところで無鉄砲な野郎だ」

「何の話だよ、セフィロス」

「このボケは、家なき子ばりに、チビ猫抱いたまま、店の前に突っ立ってやがったらしい。よりにもよって、妙に冷え込んだ今夜みたいな日にな」

「ホントォ? あなたがついてて何やってんのよ、セフィロス!」

「オレのせいか!?」

「ち、ちが……君のせいでは……」

「いいから! さ、ヴィンセントはもう一度ちゃんとお風呂入って。シャワーだけじゃダメだよ!? ちゃんと湯船に入って温まってね。そして目が覚めるまでずっと寝てなよね?」

「あ、ああ……」

「それじゃあ、オレの部屋で一緒に寝るか?」

「エロオヤジのいうことは無視して、早く浴室に行って。ローブは出しておくから!」

 不届きな彼の言葉を黙殺して、ヤズーは私をさっさと浴室に連行してしまった。

 セフィロスは、なにやらブツクサと文句を言っていたが、やがていつものようにゲストルームの自室に引き取っていった。

 

 シャワーで埃を落とし、すでに温めてくれてあった浴槽にそっと身体を浸す……

 じわじわと熱が爪先から足を伝い、全身に満ち……私は数日ぶりのやすらぎを得た。

 

 ……セフィロスが帰ってきてくれた……

 私のしたことを許し、この家でふたたび一緒に生活することができるのだ。

 

 そう……これまでと変わらない人たちに囲まれ……また毎日が始まる。

 

 私は湯に顔を埋め、声を上げて泣いた。

 ずっと喉の奥につかえていた鉛のかたまりが融解し、私にごく自然に声を上げさせたのだ。

 

 そう、ここならば私の嗚咽が聞こえることもないだろう。

 

 ああ、不思議だ……この一年……涙を流す機会が増えた。

 大切な人ができると、泣くことは増えるのかもしれない。

 

 つらい涙ばかりではない。

 こうした喜びの涙をも、私はこうしてくり返し流している。

 

 ……神よ……感謝します……

 

 そうつぶやいてから、『神』に感謝することを覚えたのも、ここ数年のことであるな、と私は思い出していた…… 

 

 

 

 

 終わり