〜 Restoration<修復> 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<10>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みゅ!みゅ!みゅ〜ん! みゅぁ〜ん!!」

 ヴィンが声を張り上げて、セフィロスの胸に小さな頭を押しつけて甘えた。

「おい……何故……コイツ…… ヴィンセント!?」

 氷の瞳が私を直視する。心臓が早鐘を打ったように高鳴り、眩暈で貧血を起こしそうになる。

 ……ああ、消えてしまいたい気持ちだ。

 ……どうしよう。なんて言って謝ろう。

 私は彼ときちんと目を合わせることが出来なかった。

「……おまえ…… どうして……」

「おもてにずっと立ってらしたようです。身体が冷え切っていますので、なにか温かいものでもと思いまして」

 恋人に話しかけるには、やや素っ気ない印象の物言いで、支配人の彼は、私のことを説明してくれた。

「あ、あの……す、すまない……また……バ、バカなことをして……」

「外に突っ立っていただと? いったい今何時だと思ってるんだ、このボケが! ついこの前も怖い目に遭ったばかりだろうがッ!」

 いきなり怒鳴りつけられて頭が真っ白になってしまう。しかもすべての台詞が正鵠を得ているのだ。

 謝ろう謝ろうと思っても、唇が震えて言葉が出なかった。

「……セフィロス。子猫が怯えてしまいますよ。お静かに」

「……チッ」

「あ、あの……き、君に無理やり会うつもりではなくて……た、ただ……私は……」

 恋人と一緒に居るところに、いきなり乱入した私をひどく迷惑に思っているのだ。それはそうだろう。一言の断りもなく、唐突に店にやってきてしまったのだから。

 なんとか謝罪の言葉を拾い出すのだが……彼は不快そうにそっぽを向いたままであった。

「………………」

「す、すまない…… 君のプライベートに立ち入るような真似をして。た、ただ、君の無事な姿を見られればいいと……そう思っていたのだが…… ああ、いや、それだとて迷惑だと言われてしまえば……」

「違いますよ、ヴィンセントさん」

 苦笑混じりに支配人の彼が口を挟んだ。私の前にブランデー入りの紅茶を置きながら。

「セフィロスは、真夜中の繁華街にひとりで居られたあなたを心配しているのですよ。ここに立ち寄ってくださったことを、不快に思われているわけではありません」

「あ……」

「おい、よけいなことを言うな」

「ただの注釈です」

 彼はグラスを磨きながら、アッサリとセフィロスに切り返した。

「ったく……」

「にゅ〜ん、みゅ〜ん」

「よしよし。おまえも災難だったなァ。こんな冷え込んだ夜に引っ張り回されて」

 これ見よがしにヴィンを抱き上げ、小さな頭を撫でる。子猫のほうも久々にセフィロスに会えたのが嬉しかったのだろう。

 にゅんにゅんと甘えた声で鳴き、彼の指を甘噛みして遊んだ。

 

 

 

 

 

 

「ヴィンセントさん。紅茶が冷めてしまいますよ」

 ごく自然に促され、私は芳しい香りのするカップを手にした。

 そういえば、ヤズーが言っていた。

 グラスやデカンダーなどとは別に、茶器は彼の趣味で揃えているのだと。だから、同じものはほとんどなく、ひとつひとつが異なる造形をしていて、客の雰囲気に合わせて選ぶのだと。

 ここはクラブだから、茶器の出番は少ないのだろう。

 酔い覚ましの紅茶やコーヒーを求めた客だけ、支配人の趣味の磁器を味わえるということらしい。

 彼が私に差し出してくれたティーカップは、嫌みのないシンプルな造形の内側に、深い藍の挿してある瀟洒なものであった。

「あ、ありがとう……」

 礼を言ってカップを手にすると、ふわりとしたやわらかな芳香が鼻腔をくすぐった。

「あなたの口に合うといいのですが」

 アールグレイの気品ある香りは、彼のセレクトとして似つかわしい。

「……美味しい」

「少し砂糖を入れたのですが、ブランデーを垂らしていますので、必要なかったかも知れませんね。クラウドさんは甘いもののほうをお好みのようですが」

「あ……あのッ そ、そう……そのことも。本当に遠慮を知らない子で……申し訳ない。とてもよい青年なのだが、ひどく甘えたがりのところがあって…… まさか、君にそんな迷惑を掛けていたとは…… なんでも食事を御馳走してもらったり、お茶をいただいたりなど…… つい最近聞いたばかりで…… 暮れの挨拶もせずに… …恐縮に思う」

「これはすみません。かえって気を使わせることを言ってしまいましたね。全然かまわないのですよ。彼はよく配達に来てくれますし、私も昼過ぎに店に入っていることが多いので」

「で、でも……」

「ひとりで茶を飲むのも味気ないですし。話し相手をしていただいています」

 如才なく受け答え、にっこりと微笑む余裕さえある彼は、本当に『大人なのだな』と感じた。

 『大人』というのは、ただ単に年を重ねただけではダメなのだ。きちんと社会の仕組みを知り、人の気持ちを考慮し、礼を失することなく……彼はすべてに置いてパーフェクトであった。

「ご遠慮なさらず、私が居るときでしたら、いつでもお立ち寄り下さいとお伝え下さい。もちろん、ヴィンセントさんも」

「そ、そんな……仕事の仕度の邪魔をするような真似は……」

「はぁ、やれやれ、主婦の会話か、てめーらは」

 溜め息混じりにセフィロスが遮った。ついついふたりでしゃべってしまっていたのだ。

「みゅんみゅん!」

 と、ヴィンまでが、茶化すように声を上げ、私は冷や汗をかいた。

 彼が渇いたグラスを棚に戻している間に、ようやくセフィロスが口を聞いてくれた。