〜 Restoration<修復> 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<9>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……! その声は……ヴィンセントさん?」

「……ッ ……」

「……ヴィンセントさん? ヴィンセントさんですね?」

「あ……あの……」

 逃げ出そうか否か……いや、だいたい子猫を置いて走り出せるはずもないのに、私はその場で立ちすくんでしまった。

 情けないことこの上ない。

 よくよく考えれば、恋人の元に行った人を、ただ『見るため』だけに、深夜のクラブ前に突っ立っているなど、キチガイの沙汰だろう。そうでないと思っているのは私自身だけで、端から見れば頭のおかしな人間と思われても致し方なかった。

 だが、セフィロスの恋人に、そんなふうに見られるのは耐え難い。到底彼と私では比べものにならないとはわかっていても、憐れまれたり気味悪く思われるのはつらかった。

「ヴィンセントさん!」

 ぐだぐだ考えている間に、彼は足早にこちらに歩いてきた。

 本当に『早足で』だ。

 そして私は、その場で右往左往するみっともない姿を、一番知られたくなかった人物に見られてしまったのだ。

「あ……あの……」

「ヴィンセントさん……?」

「……あ、あの……す、すまない……そ、そんなつもりではなくて…… あ、ああ、身体の具合は大丈夫だろうか?」

 などとトンチンカンなセリフを口にする私。

 我ながら泣けてくるほど情けない有様だ。

「ヴィンセントさん……いつからそこに居られたのですか?」

「あ、あ……い、いや……あの……」

「さぁ、店の中に入って下さい」

 有無を言わせない口調で、彼は私を促した。

「で、でも……」

「ああ、その子も。もう閉店ですから客はほとんどいません」

「みゅぅ〜ん!」

 ヴィンがうれしそうに、足元にすり寄ってくる。

 ああ、それどころではないのに……!!

「い、いや……私は……も、もう帰るので……」

「ヴィンセントさん? 真っ青じゃないですか。いいから、とにかく店に入って下さい」

 そういうと、煮え切らない私に呆れたのか、乱暴にならない動作で手を取られた。

「……冷たい!」

「え……」

「こんなに冷えて……いったいいつから外に立っていたのですか!」

 少し怒ったように彼は言った。

「あ……わ、私は……体温が低いから……」

「さぁ、行きましょう! 子猫くん、君も着いてきて下さい」

「みゅん!」

 私などより、よほど子猫のヴィンのほうが適応能力があるようだ。まるで「うん」と返事をするかのように、一鳴きし、先に立って歩き出してしまった。

「で、でも……迷惑なのでは…… 飲食店に……ど、動物は……」

「もう仕舞いの時間ですから。人はほとんどいません」

「あ、あの……でも……私は……」

「まずは身体を温めることが先決です」

 惚れ惚れする、きっぱりとした語り口調でそう言って退ける。あのネロでさえ、かぶとを脱ぐ、怜悧で高潔なその人。

 彼はしっかりと私の背に腕を添え、逃げられないようエスコートされてしまった。

 

 

 

 

「ヴィンセントさんにはお礼を言わなければなりません。その節は本当にありがとうございました。あなたのおかげで命拾いをしました」

 入り口までの短い距離を歩きながら、彼はそんなことを口にした。

「あ……そんな」

「あなたが身を挺して他人である私を救おうとしてくださったこと……決して忘れてはおりません。感謝しています」

「……き、君が礼を言う必要など……」

「当然のことです。助けられたのですから」

 物言いは明確でも、紅の瞳がやわらかく潤んでいた。暖かみのある眼差しは、ガチガチに緊張していた私を、ほんの少し楽にしてくれた。

「……いや……セフィロスに聞いているだろう? そもそもあの一件は私のせいで……」

「あなたはこの土地で、ごく普通に生活されていただけです。犯罪は起こした者が悪いのであり、被害者に落ち度はありません。あなたは純然たる被害者です」

「……はぁ……あの……」

「あ……失敬。つい……いつもの口調で……すみません。セフィロスにもよく指摘されるのですが、私の物言いはきついようです」

 ズキン……!

 と胸が痛んだ。心臓のあたりに何かを打ち込まれたように……

 ああ、そうなんだ。彼はセフィロスの特別な人で…… 一緒にいる時間はまだ私のほうが長いかも知れないけど、ずっと親密な時間を過ごしているのだ。

 やはり私は支配人の彼に嫉妬している。

 こうして、ごく自然にセフィロスという名を口にする権利のある彼に、醜いヤキモチを焼いているのだ。

「……ヴィンセントさん?」

「あ、いや……な、何でも……」

「ですが、ちょうどよかった」

 唐突に彼はそう言った。めずらしいくらいの明るい声で。

「セフィロスを連れ帰ってください。店に居りますから」

「え……」

「ネロの件は心配なさそうですし、ボディガードはもうけっこうですと申し上げたのですがね。なんだか帰りにくそうにしていましたから。いいタイミングです」

「え……あ、あの……ッ! でも……ッ!」

「さぁ、どうぞ。猫くんも入りなさい」

 重厚な扉が開かれるのを、私は絶望的な思いで見つめていた。

「にゅんにゅん!」

 子猫のヴィンが待ちきれないように飛び込んでゆく。

 なるほど、仕舞いの時間だというように、奥のダンスホールはすでに照明が落ちており、客席のランプも消えていた。

 ただ、カウンターの部分だけほのかに灯りが点っていて、なんだか洞窟の中に入り込んだような気分だった。

「みゅ!! みゅ〜ん!みゅ〜ん!」

 ヴィンはものすごい勢いで走り出すと、唯一カウンターでグラスを傾けていた人物に飛びついていった。

 腰を被うほどの銀の髪……黒のノースリーブから綺麗に筋肉のついた腕が伸びている。だが、それは今、唐突に飛びついてきた子猫を慌てて抱き留めた形で固まっていた。