〜 あの懐かしき日々 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<35>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

「違うッ! オレは確かにおまえを想っていた! おまえはオレにとって特別だったんだ!!」

「だったら……ッ! だったら、どうしてだよッ!! そんなの……信じられるはずないじゃないッ!! セフィは何も……言ってくれなかったくせにッ!!」

 怒鳴りつけたオレに負けぬ声で、クラウドが叫んだ。

 そんな物言いは信じない、と。

「一言も……恋人だって言ってる俺に話しもしてくれなかったじゃないッ! どうでもいい存在みたいに無視して…… 俺、セフィがどんなつらい現実に直面していたかも知らなかったんだよッ! 神羅屋敷で何をしてるかだって……何も知らなかった!!」

「聞け、クラウド!」

「セフィは頭がいいもん! 俺、すぐなだめられちゃうもん。言いくるめられちゃうもんッッ!」

「聞けと言っているんだ!」

 目を合わせようとしない彼の顔を、無理やり上げさせる。涙と鼻水まみれの顔で、彼はオレをにらみつけてきた。

「言わなかったんじゃないッ! 言えなかったんだ!! あの頃のオレは、おまえの気持ちを憚る余裕がないほど、切羽詰まっていた。自分の感情さえも持て余して、どうしていいのかわからなかったんだ!!」

 一気にそう言ってのける。

 両の肩を握りしめた腕の力、そしてオレの吐き出す言葉の勢いが尋常でないと感じたのだろう。さきほどまで泣き喚いていたクラウドが、ビクッと身を震わせて、オレの顔を仰ぎ見た。にらみつけて……ではない。驚いて眺めた、が一番近いだろう。

 

「……今さら、おまえにごまかしやおためごかしを言おうなんざ思わん」

「セ、セフィ……」

「……おまえを無視したわけじゃない。嫌いになったわけでも、捨てたつもりでもない。ただ……あのときのオレは、考えが及ばなかっただけだ。おまえを呼んで、事情を話してやれるほどの余裕がなかった」

「…………」

「いや、よくよく考えればそれだけじゃないだろうな」

「……セフィ?」

「オレはおまえに惨めな姿を見られたくなかったんだ。動揺し、平静を保てぬ無様な姿を、愛したおまえにだけは知られたくなかった。……かえってそれがおまえを傷つける結果になるはずなのに」

 濡れた頬を、指先で拭ってやりながら、苦笑混じりに告白した。

「……可笑しければ笑え。おまえの憧れていたトップソルジャーはその程度の男だ。少なくともあの当時のオレはな」

 オレの言葉を予想だにしなかったのか、クラウドはそのままの姿勢で、唇を開いたまま立ちつくしていた。

「唐突に突きつけられた、信じがたい事実に、正気を保っていられなかった。何かを憎み、破壊する衝動だけで、側近くにいたおまえを思いやる余裕がなかっただけだ。……おまえの存在がどうでもよかったなどということではない。……まったく別次元の話だ」

「セ……フィ……」

 小さな口唇が、オレの名を綴った。長い睫毛には未だたくさんの水滴が着いている。

 夢うつつにあるはずなのに、クラウドはきちんと顔を上げてオレを見る。泣き濡れてはいたが、澄んだ海の双眸は、既に何とも言えぬおだやかな色合いに変わっていた。

「セフィ…… ほんとう……?」

 掠れた声が、子供のように……そう本当に子どもの頃のクラウドのように、そっと……わずかなりとも怯えの色を宿して、「ほんとう?」と繰り返した。

「……本当だ。認めたくはないが、ただオレが弱かっただけだ」

「セフィ……」

「そのせいで、おまえには可哀想なことをしたな。……すまなかった」

 この謝罪は正当だ。

 本来なら、もっと早く口にしてしかるべき謝罪であった。

「…………」

「こんな形でおまえの側に留まるとは思わなかったのでな。切り出す機会がなかった」

 そう言ってから、「いや」と反語を繋げた。

「いや……そうじゃないな、この家に居る今のおまえではなく、昔のクラウドにそう言ってやるべきだった」

「セフィ……」

 白い腕が伸びてきて、オレの首まわりにからみついた。

 昔、よくこういう仕草で甘えてきたことを思い出す。この体勢だと、オレは腰をかがめてやらねばならないし、クラウドは背伸びをする必要があった。

「……オレは謝罪が苦手なんだ」

 照れくささを、不機嫌な物言いで最後の言葉に封じ込めると、クラウドはオレの胸の中でかぶりを振った。横にだ。

 

「……それが……それが……聞きたかったの。知りたかったんだよ」

 掠れた声が、ローブに吸い込まれてよけいに聞き取りづらく籠もる。

「……セフィロスがどんな思いをしたのか……どれほど苦しかったのか…… 俺は知ってるんだから…… だから、セフィのしたことを責めたかったんじゃない」

「……ああ」

「ただ、俺の存在は、セフィにとって、そんなにも取るに足らないものだったのかって…… それを思い知るのが怖かった」

「…………」

「大好きだったから…… 俺にはセフィしかいなかったから……」

 ぐじゅと濡れた音がしたのは、涙と鼻水をすすったせいだろう。

「俺……セフィのこと信じてたから……ッ! だから……あのとき……すごくつらかったんだ。悲しかった……」

「……ああ、そうだな」

 迸るクラウドの言葉を遮らぬよう、彼の心情に添う。

「セフィが『好きだ』って言ってくれたのも…… ただの言葉のあやで…… 俺だけが勝手にセフィの恋人……気取りだっただけなのかって……」

「ああ、ああ。おまえがそう思い込むのも無理はない。可哀想なことをした」

「……セフィは……ちゃんと俺のこと……好きだったんだよね? そう……思っていいんだよね?」

「……そうだ」

「俺……裏切られてないよね? たまたまタイミングと運が悪くて……話聞けなかっただけで…… セフィはちゃんと俺のことを……」

 子供が母親の「愛している」を求めるように、繰り返し確認しようとするクラウドが、ひどく力無く、また可愛らしく見えた。

「ああ、おまえを愛している。おまえがオレを慕ってくれていた気持ちと同じように……いや、それ以上に、おまえのことを大事に想ってきたんだ」

「……うん……うんッ」

「……可愛いクラウド。どうやらオレたちは誤解をとくのに、大分時間を費やしてしまったらしいな……」

 金の髪を撫で額に接吻すると、クラウドはようやく笑ってくれた。

 きっと先ほどの言葉のくだりが、言い得て妙だと感じたのだろう。クスッという、小さな声つきの笑みは、昔のいたずらっぽい笑顔で、オレの方が数年前のこの子の世界にいるような気分になりそうだった。