〜 あの懐かしき日々 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<32>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

ベッドに潜り込んでから、まだそれほど時間は経っていない。

 それなのに、カーテンを引かなかった窓の外が明るい。

「……なに……これ……?」

 せり上がってくる不安を押し込め、おれはそっと身を起こした。窓の桟に手を触れると、木枠でできたそれが妙に暖かく感じるのだ。

 息を殺してた窓を開け、外を見る。

 いや、いちいち窓を開けなくても、いったい何が起こったのかは、簡単に見て取れた。

 

 火だ。

 炎が町を舐め尽くしている。

「う、うそ……」

 おれの口からこぼれ落ちたのは、バカみたいなセリフだった。

 そして、心の奥底で、この大惨事とセフィロスが、無関係であるはずがないという確信めいた感覚が心を支配した。

 

 服を着替えて剣を持ち、外に飛び出そうとする。

 急いた足元に何かが引っかかる。

「な、なんだよ! 急いでるのに……!」

 苛ついて、その何かを蹴り飛ばそうと床を見たおれは、そこにもはや動かなくなった同僚と気のいい宿の夫婦の遺体を見つけることになった。

 ぞわぞわと背筋が寒くなる。

 猛烈な吐き気がこみ上げてきて、おれは身を折りえずきを繰り返した。吐きそうなのに吐けない、空えずきがとまらない。

「げッ……げほっ……ぐ……ぐぅ……ッ」

 口の中にたまった唾を流しに吐き出すと、おれは遺体を視界に入れないように、ずるずると足を引き吊り、戸口に向かった。

 

「なんで……どうして……?」

 もちろん、おれの問いに答える者はいない。

 必死にザックスの名を呼んだが、ついに彼の姿を見つけ出すこともできなかった。

 ゴゥゴゥとうなりを立てて、燃え広がる朱色の炎。

 町を焼くそれは、もはや一匹の巨大な怪物にも見えた。

 あたりを見回すと、見慣れた看板が焼け落ち、入り口に置かれた案内プレートが消し炭のように燃え落ちていた。

 ……町の中央にある、ささやかな噴水。

 子どもの頃水遊びをして叱られたそれは、見るも無惨に、水を放つ天使の像が叩き壊され、もはや何の役目も果たしてはいなかった。

「どうして……? なんでだよ……何で……こんな……」

 おれは自宅へ走った。

 

 家には母さんが居る!! 何が何でも……せめて母さんだけでも……!!

 

 だが、その願いも無情に打ち砕かれた。

 炎を掻き分け、こじんまりとした我が家に辿り着いたものの、入り口のドアはすでに焼け落ち、今、中に飛び込むのは死にに行くのと同じだった。

「か、母さん…… 母さん……ッ!!」

 無駄だとは思ったが、おれは母を呼んだ。

 もちろん、いらえはなかった。

 ……この時は哀しいとかツライというよりも、ただそのまま「ああ、母さんもいなくなったんだな」と、事実のみをぼんやりと認識していた。たぶん、もう感情がマヒしてしまって、これ以上の衝撃を受け止められなくなっていたのだと思う。

 ……セフィを捜さなきゃ……!!

 

 神羅屋敷に足を向ける。

 ニブル山を背景にして、町の一番北側に建つ屋敷だ。

 そこにはセフィロスが居る。

 ……もしかしたら屋敷の地下に閉じこめられているかも知れない。

 おれは滑稽にもそんなことを考えていた。

 この大火事と殺戮にセフィロスが関与していると確信していたにもかかわらず、それと同時に、大切な彼をなんとか地下書庫から助け出したいと考えた。

 完全に相反する事柄を、均衡を失ったおれの心は何の迷いもなく同時に思考したのだ。

「セフィロス……! セフィッ!!」

 町の奥へ……神羅屋敷のほうへ向かうほど、炎は酷かった。

 こわれた噴水の水で、服を濡らしてきたが、この熱の中ではただの気休めにしかならない。

「……セフィ……セフィ…… 無事で居てね……おれが行くから……!!」

 

 

 

 

 

 

 紅の蛇が蜷局を巻くがごとき炎の中に、その人の姿を見留めたのは、どれくらい経った時だっただろうか……?

 長い銀の髪がゆらりと揺れ、燃え立つ炎の中で不思議な輝きを放つ。

 手には愛刀のマサムネ…… その刀身は炎とは異なる朱色にまみれ、細く糸を垂らしていた。

「セフィ……? セフィ……ロス……?」

 大切な恋人の名を呼ぶ。

 だが……振り向いたのは……

 冷たい光をとどめた氷の双眸……紅蓮の炎の中で、それは一層冷ややかな光を放ち、駆け寄ろうとしたおれを突き放す。

「セ、セフィロス……? どう……して……?」

「…………」

「どうして……? なんでなの……?」

「…………」

 彼は何も答えない。口を開いてはくれない。

 この惨状は間違いなく彼が引き起こしたものだ。彼を前にして、ますますその確信が強まり、もはや疑うべくもなくなっていた。

「セフィ…… なんで…… なんで……どうして……?」

「…………」

「どうして……おれに…… 何も言わないの……? どうして……こんなになるまで……」

 グッと喉が詰まる。

 熱いものがせり上がってきて、呼吸ができなくなった。



 

 

 そう……今現在の俺には、何故セフィロスがこんなことをしたのかわかっていた。

 たぶん、これは23才の俺が見た「夢」だからだろう。

 

 ニブルヘルムのこの風景は、一度見たことがある。

 燃え立つ炎の中に立ちつくす、セフィロス。

 彼の名を叫んで、斬りかかる俺。

 そう、これは、いつもの夢なのだ。

 23才の俺が、忘れ去ったはずの過去を思い出し、それを夢に見ているのだ。

 だから、このとき、セフィロスがどんな思いで、自らを取り巻くものを破壊し、人を憎み、おのれ自身をも呪っていたのか……今は知っている。

 この当時の、神羅の一般兵だった頃の「おれ」は知らなかったことを、この後にいろいろと理解したのだ。

 ジェノバのこと……セフィロスが生み出された経緯。そして呪われた実験で生み出された彼自身の苦悩を……

 だから……今、23才で、過去を夢に見ているとわかっている俺は、本当に問いたいことをセフィロスに問える。聞き質したかったことを口にする。

 あのとき……『昔のクラウド』が聞けなかったことを。

 

 怒りと悲しみをぶつけるだけではなく、本当に彼に訊きたかったこと……

 それをセフィロスに尋ねるんだ……!!