〜 あの懐かしき日々 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<18>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

「痛ッたぁい〜ッ! 顔が痛いよォォォ!」

 昼近くになってようやく起きて来るなり、クラウドのクソガキは、ヴィンセントにくっついて、ビービーと泣きだした。もちろん大げさにわざとらしくだ。

 ここぞとばかりに同情を買って、つれない恋人にかまってもらおうとしているのだろう。

 浅はかな野郎だ。

「ク、クラウド……? どうした? 見せてみなさい」

「ここ、ここ!ほら、ほっぺた!」

 ぐいぐいとヴィンセントの細い手を引っ張り、自分の顔を撫でさせる。

「おや……赤くなっているな……どうしたというのだ? どこかにぶつけたりなどしたのか……?」

「わ、わかんないの。目、覚めたら、なんかジンジンするなって……」

 そりゃそーだろ。

 このオレ様が加減せずに殴りつけたのだから。平手とはいえ、赤くなって腫れるくらい当然のことだ。

 

「ヤ、ヤズーもちょっと来てくれ。私には……」

 困惑した面持ちでヴィンセントが、後かたづけ中のヤズーに声を掛けた。

「どれどれ〜。なんだか、兄さん、最近災難続きだよねェ」

「のんきに言わないでよ。ほら、ホントに痛いんだからね!」

 ただでさえ、血色のいいピンクの頬を、撫でながら口を尖らせるクラウド。

「あらあら、やだなァ、赤く腫れてる。夜寝ている時? ねぇ、虫さされとかじゃない? 兄さん」

「なんでだよ、部屋、掃除したばっかだろ! それに全然かゆみとかないし」

 イロケムシのヤツまで寄ってきて、妙に大事になってしまった。さすがに今さら本当のことをバラしにくい。

 理由があったとはいえ、この場で『オレが殴った』などと言ったら大騒ぎになってしまうだろう。

 

「……エイズじゃねーの?」

 と適当に口を挟んでみる。だが、クラウドに、

「セフィは黙っててよッ!」

 と一喝されてしまった。

「ふぅん、虫さされでもないとすると……どこかにぶつけたとか?」

 覗き込むようにしてヤズーが言った。

「わかんないってば。さっき起きたら、ひりひりしてたんだもん」

「そういえば、兄さん、ここのところ、ちょっと様子がおかしいもんね。夢遊病みたいにフラフラしちゃってさァ。知らない間にどっかで転んで怪我したんじゃない?」

「バカバカしいこと言うなよ。寝ぼけてたとしても、さすがにコケたら目ェ覚ますだろ」

「そりゃ普通の状態ならねェ。ほらァ、前に小説であったじゃない。夢遊病者が別人格に入れ替わって、殺人者になるミステリー」

「ヤなこというなよ、ヤズー! 例えが悪い!」

「あははは、ごめ〜ん」

 そんなやり取りの後、声をあらためて、クソガキに話しかけたのは、ヴィンセントであった。

 

 

 

 

 

 

「……な、クラウド」 

「ヴィンセント……?」

「クラウド……」

 ヴィンセントはわずかに腰をかがめると、母親のように彼の両肩に手を置き、顔を覗き込んだ。

「ヴィンセント……なに?」

「クラウド……一緒に医者に行こう? やはり私は心配だ」

「い、医者?」

 ギョッとしたように顔を引きつらせるクラウド。心なしか椅子から腰を浮かせかけているように見える。

「ああ。……ヤズーのいうとおり、最近、少し具合がおかしいだろう……? この前も無意識に涙を流したり…… ひどく寝汗をかいて魘されていたこともあったではないか」

「だ、だから、それは別に……」

「……おまえは、何か夢を見たと言っていたが、内容も覚えていないというし……万一、自覚のないまま、身体を壊していたとしたら、大事になる」

「や、やだなッ! 大げさだってば、ヴィンセント〜!」

 茶化してごまかそうとするが、どうやらそうはいきそうになかった。ヴィンセントはひどく真面目な表情のまま、じっと目線を反らさない。

 普段は大人しく自己主張の少ない人物が真剣になると、なまじの輩よりもずっと頑固でしぶとくなるのだ。

「クラウド…… 頼むから……」

「だ、だって、ほっぺた赤くなっただけなんだよ? どうして……」

「とても痛むのだろう? しかもいつ傷つけたのかもわからないと言う」

「い、いいよ、いいってば! 医者なんて大げさな。冷やしておけば、す、すぐ治るし……」

 ぷるぷると頭を振って、逃れようとするクラウド。だが、ヴィンセントの深刻な面持ちに、逃げ場を失い目を泳がせたまま立ちつくす。

「……私が言っているのは、頬の傷のことだけではない。悪夢にうなされたり、惚けたまま涙を流したり……」

「だ、だから、それは……!」

「……それは? 説明がつかないだろう?」

 グッと詰まるクラウド。

「だから、クラウド、一度、きちんと医者に診てもらおう? 何でもなければそれでいいし、もし、万一何か理由があるのなら……」

 

「……ヤ。」

 ぼそりとクラウドがつぶやいた。ヴィンセントから目を背ける。

「クラウド……!」 

「ヤ。医者に行くのは……イヤ」

 上目遣いで抵抗する。

 相手がヴィンセントだから、突き飛ばしたり手を上げることはできないらしかった。

「……私も付き添うから……何も心配はいらないから……な?」

「……医者……キライ」

 ヴィンセントの目線を避け、クラウドのクソガキはもぐもぐと口の中で反抗した。

「クラウド、何もそんなに嫌がることは……」

 

「ケッ……ったくアホか、てめーは、クソガキッ!」

 やり取りに苛つき、オレはいつまでも成長しないアホチョコボを叱りつけた。

「うっさい、セフィ! 俺は医者が嫌いなのッ!」

 キッとこっちを睨み付けるクラウド。

「医者に行くくらいなら、部屋で寝てたほうがマシ!」

「そういう問題ではないだろう? もし、おまえの健康状態が……」

 あらためてヴィンセントが言葉を重ねるが、クラウドは『医者』に激しい拒否反応を示した。

「違うッ! 違うってば、ヴィンセント! 必要ないんだからッ!」

「こいつはガキんちょの頃から医者が苦手でなァ。白衣見ると怖くなるんだと。愛想がついたろ、ヴィンセント?」

「セフィ! ヴィンセントに変なこというな!別に怖いワケじゃ……」

「神羅に居たころなんざ、インフルエンザの予防接種でも大騒ぎしていたくらいだからな。『ザックス、助けて〜』とか何とかな」

「やっだァ〜、兄さん、恥ずかしいィ〜」

「恥ずかし〜」

「恥ずかし!」

 庭で洗濯物を干していたカダージュとロッズが、顔をひょいと出して声を揃えた。

「うるっさいぞ、おまえらッ! セフィもよけいなこと言わないでよッ! 誰だって苦手なことのひとつやふたつはあんだろッ!」

「クラウド……皆、おまえのことを心配しているのだぞ?」

 いかにもヴィンセント的な説得の仕方であった。

 からかい半分の、今の流れからそう考えるのは難しかろう。

 オレはクラウドのために言っているわけではない。ただ単にこいつのアホな過去を暴露して、笑い者にしてやりたいだけだ。

 ほんの余興である。