〜 あの懐かしき日々 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<4>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

「ヴィンセント、おかわり」

「あー、俺も〜、もう一個もらっていい?」

 地獄のゴキブリ部屋から生還したオレたちは、テーブルを囲んでティータイムだ。

『夕食がはいらなくなるから……』

 と、気を使うヴィンセントを横目にして、俺もイロケムシも、出されたモノは皆食ってしまう。

 だいたい大の男が三時のオヤツとやらだけで、満腹になるはずがないのだ。

 当然、夕食も通常通り食べているわけであって、ヴィンセントの心配は我が家の連中には杞憂であるのだが。

「ふたりとも……お茶は……」

「くれ」

「あ、俺もォ」

 自分はほとんど手つかずで、オレたちの給仕を勤めるヴィンセントだが、なんとなく落ち着かない風情なのは、部屋に残してきたクラウドのことが気になるのだろう。

「ねぇ、ヴィンセントも食べようよ。今日のアップルパイ、大成功だと思うよ?」

「え、あ、ああ……」

「平気、平気、夜ゴハンもちゃんと入るってば」

 ヤズーの言葉にあいまいに頷き返すが、どうも心許なげだ。

 オレたちのカップにおかわりのお茶を注ぎ終えると、ヤツは腰を浮かしかけた。

「あ、あの……ちょっとクラウドの様子を……」

「ダメだよォ、兄さんのこと甘やかしちゃ」

 ダイエットだのと抜かしながらも、イロケムシは三つ目のパイを新しく取り分けながら、上目使いに苦言を呈した。

 確かにヴィンセントは、クラウドを甘やかしているとは思うが、基本的にこの男は他人に対して総じて甘い。

「部屋の掃除くらい、フツー自分でやるもんでしょ」

「あ、ああ、わかってはいるのだが……あの子は器用ではないし……」

「器用とかどうとかそーゆー問題じゃないってば。自分の部屋を整頓するなんていうのは、子供に躾けることだよ。このまま甘やかし続けたら、永遠に自覚しないからね」

 遠慮なく、パクパクと口に放り込みつつ、ヤズーの野郎は説教を垂れた。

「そ、そうだな……確かに、その通りだとは思うのだが……」

 ボソボソと口の中で弁解の言葉を綴るヴィンセント。だが、なかなか思い切れずにいるらしい。

「思うの……だが…… その……私はクラウドに養ってもらっているようなものだし…… か、家事くらいしか……できることが……ないし」

「やっだァ〜、もう何言っちゃッてんのぉ、ヴィンセント! 専業主婦の労働力を賃金換算したらいくらになると思ってるのよ!? 365日休み無しなんだよ!?」

 人生相談番組のババァ批評家のような口調で、ヤズーが即座に切り返す。

「ヴィンセントだって、働こうと思えば、なんでも出来ちゃうでしょ? だいたいそれだけ綺麗なんだから、モデルとかさァ。ほらァ、身代わりホストの時だって、みんなヴィンセントのこと遠巻きに眺めてたじゃない」

「そ、そんなとんでもない! わ、私は……」

「それにヴィンセントはハウスキーパーの役目を、この上なくしっかり果たしているじゃないの。フツーの女の人よりカリスマ主婦っぽいよ?」

「え、あ、そ、それは……その……別に……」

 誉められているのか、どうなのか、判断に迷うところだったのだろう。

 ヴィンセントは困惑した様子で、細い首を僅かに傾げて見せた。

「どうせ、専業主婦状態なのだって、ヤキモチ焼きの兄さんがそうしてくれって頼み込んだんでしょ」

 きっとイロケムシの言葉が図星だったのだろう。ヴィンセントはポッと頬を染めると、目線をティーカップに落とした。

「ク、クラウドは……私が人付き合いが苦手なのを知っているから……だから……その心配して……家に居させてくれて……」

「もぉ〜、ホントにヴィンセントって、人がいいよねェ〜」

 お手上げというように、ヤズーは仰々しく天を仰ぐと、小悪魔的に微笑した。

「そ、そんなことは……」

「兄さん、あなたを手に入れるために、きっとすごく頑張ったんだろうね。時間もかかったんだろうなァ。まぁ、あなたにしてみりゃ冥利に尽きるってトコだろうね、ここまで大切にしてもらえれば」

 ヤズーの物言いが、どういう形でヤツの琴線に触れたのかはわからなかったが、ヴィンセントは慌てたようすで顔を上げると、ヤツに……というよりも、オレとヤズーに向かって口を開いた。

 相変わらず低くて聞き取りにくい小声で、だ。

「あ、あの……その…… ご、誤解されると困るのだが、あ、あの、クラウドには本当に感謝しているし、彼のことはとても大切に思っている。で、でも、私にとっては、この家に居る人たちも、同じように大事だし、ずっと……その……一緒に居たいと……」

 最後はボソボソと小さなつぶやきになって消えてしまった。

 たぶん、ヤズーの野郎が、ニコニコと満足そうな笑顔を見せているのに、恥ずかしくなってきたのだろう。

「うふふ、ヴィンセントは素敵だねェ、もちろん、俺たちも同じ気持ちだよ。ね、セフィロス?」

 生意気にも、隣のオレに流し目を寄越してくる。実際そのつもりだったし、意地悪く異論を唱えるのも鬱陶しかったのでヤズーに同意した。

「まぁな。わざわざ言うまでもないことだろ。基本的におまえに選択権は無いしな」

「やーな言い方! 気にしないでね、ヴィンセント。セフィロスはわざとああいう持って回った物言いをしてるんだから」

「なんだと、この野郎……」

「ふ、ふたりとも……言い争いは……その……」

「はいはい、ごめんね。大丈夫、ケンカなんかしないよ、俺、大人だし」

 カンに触るクスクス笑いをしやがると、あらためてヴィンセントを見つめ、恥ずかしげもなく、その細い身体に抱きついた。

「うふふ、そーだよねぇ、俺たち、ずっと一緒だよねェ」

 クラウドがいないのをよいことに、イロケムシは思う様、ヴィンセントにべったりくっつくと、馴れ馴れしく頬ずりした。本人は為されるがままに惚けている。

「俺たち、六人、ずっとずっと、一緒に居ようね。ずっとね? 約束だよ、ヴィンセント」

「ん……本当にそうしたい……な」

 ちらりとこちらを盗み見て、ヴィンセントが独り言のようにささやいた。

「本当に……ずっと一緒に…… でも……私は普通じゃないから…… 取り残されてしまうかも……」

「いやだねェ、何言っちゃってんの、ヴィンセント。そんな心配ないよ。俺たちはセフィロスの思念体なんだからね。この人が生きてる間は、大丈夫なんじゃない?」

 他人事のように宣うヤズー。

 この野郎どもは、オレ様に向かって、無神経無神経と言ってくれるが、オレに言わせりゃ、負けず劣らずといったところだろう。

「フン、勝手なことを言ってるな! オレはまだ目的を果たしていない。そうそう簡単におっ死んでたまるか」

「だってさ、ヴィンセント。大丈夫、この人、殺しても死なないキャラだからさ〜。図太いのは神経だけじゃなくって、生命力もですってさァ〜」

「ヤ、ヤズー……」

「ケッ、口の悪いイロケムシだが、野郎の言っていることに間違いはない。軟弱でノロマな貴様が、一番先にあの世に行かないよう、十分気をつけろよ、ヴィンセント」

 腕組みしたままふんぞり返ってそう言ってのけると、ヤツは阿呆のように嬉しそうに頷きかえした。

「さぁてと、兄さん、ちゃんと進めてるかなァ」

 ティーカップの紅茶を飲み干すと、ヤズーの野郎が腰を浮かせた。もちろん、心配して……などという殊勝な輩ではない。単にクラウドがサボることによって、ゴキの被害が拡大しないかを懸念しているだけだ。

「さぁな。まぁ、さすがにあのまま放置しちゃいないだろうよ」

 心の底からどうでもよいことだったので、心おきなくどうでもよい物言いでもって、オレは言葉を返した。

「あ、あの……ちょっと、様子を覗いて来てもいいだろうか……? あ、ち、違うんだ。手伝おうということではなくて…… さすがに甘やかしては彼のためにならないから…… ただ、状況を見に……」

 言い訳がましく言葉を重ねるヴィンセントに、ひとつ吐息すると暇つぶしに開こうとしていた単行本を元に戻した。

「いい、どうせ、ヒマだ。オレとイロケムシが覗いてくる。どうせ、おまえは後かたづけだの晩飯の仕度があんだろ」

「セ、セフィロス…… でも、君に面倒を掛けるのは本意では……」

「安心しろ。おまえらの面倒は見慣れている」

 底意地悪いオレのセリフに、イロケムシが肘鉄してきやがった。

「そ、そうだな……あ、あの……すまない、では、よろしく頼む」

 テーブルの上を片付け始めたヴィンセントに、ヒラヒラと手を振るヤズー。そしてヤツに続く形で、オレはふたたび、クラウドの部屋に向かったのだ。