〜 あの懐かしき日々 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<3>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 しっちゃかめっちゃかに重ねられた衣服と、雑誌の間を、黒い影が横切った。

「ヒッ……」

 というのは、ヴィンセントの掠れた悲鳴。

「……い、今の、なに?」

「やっ……ちょっ……ゴ、ゴキブリじゃないの、兄さんッ!?」

 ヤズーのほうは咎め立てるようなするどい悲鳴だ。

 ついに出やがった! 

 いやー、夜中にかさかさ音がするときあったけど、でも、それは何か違うモノで〜……と自分をごまかしてきたのだが、悪夢が現実になったのだ。

 勝手といわれるかもしれないが、俺はゴキブリとかウゾウゾ……ああ、ムカデやゲジゲジみたいな虫が大の苦手なのである。

 処理するどころか、視界に入れるのも嫌なのだ。

「おい、そこらのモンどけろ。つぶせねーだろ」

 デリカシーのないセリフはセフィロスだ。

「セ、セフィ!まさか…… ちょっ、やめてよ! お、俺、殺虫剤持ってくるから!」

「雑誌で叩きつぶした方が早いだろうが」

「気持ち悪いじゃないッ! 俺が取ってくるから!」

 叩きつけるようにヤズーが叫んだ。すぐさまとって返して殺虫剤を持ってくる。

「ど、どこ!? どこに行った!?」

「わかんない。その辺の……服のあたりに入っていったけど」

 俺の無責任な物言いが逆鱗に触れたのだろう。

「兄さんッ! いますぐ、部屋片づけてちょうだいッ! ゴキブリと共生だなんて冗談じゃないよ!」

「おい、イロケムシ、そこだ!」

「う、うわッ! き、急に言わないでよッ!」

「ヤズー……あ、そこの……重なった本の影へ…… あ、あれ……?」

「おまえはしゃべるのもトロイな、ヴィンセント!」

「ヴィンセントに失礼なこと言うなッ! セフィのバカッ!」

「この野郎ッ! 誰のせいでこんな事態に陥っていると思ってるんだッ!」

 皆、口々に勝手なセリフをしゃべりまくるが、黒い影はナリを潜めたままだ。

「……チッ、どこに隠れやがった?」

「セフィも怖いくせに!」

「アホかッ! ただ単に不愉快なだけだッ!」

「ああ、もう、おっきな声出さないでよ! 集中力が途切れるじゃないッ!」

 散らかった部屋の中で、俺たちの苛立ちはピークに達しようとしていた。

「あ……ッ」

 またもや目ざとく、敵の動きを察知したのはヴィンセントだった。

 でも、敏速に動いて、トドメを刺せるキャラではない。

「ヴィンセント!? ど、どこッ!」

 勇ましくヤズーが殺虫剤を構える。

「あ、あの……そっち…… クラウドの足元の方へ」

「きあああぁぁぁ!」

 おずおずと指さされて、思わず俺は足をバタつかせ、情けない悲鳴をあげてしまった。

「ビッ……ビビビビッ!」

『ぎゃあぁあぁ!』

 俺とヤズーの悲鳴が重なった。

 野郎、飛びやがったのだ!!

 ゴキブリの分際で、グライダー飛行だ!

 まさか、そう来るとは考えず、俺たちはバランスを崩して尻餅をついた。

「どいてッ、兄さんッ!」

 立ち直ったのは、ヤズーのほうが早かった。

 驚いた拍子に取り落とした殺虫剤を、シュパッと音を立ててかっさらい、黒い影に突きつける。

 ……わざわざ口に出すのも嫌なのだが、そのゴキブリ野郎はテラテラと黒光りしていて、南国仕様なのか、10センチ近くの大きさであった。

 ブシュウ〜ッ!

 勢いよく噴射された殺虫剤が、ゴキを直撃する。

「やったッ!」

 俺は思わず快哉を叫んだが、それは早計だったらしい。

 何とヤツは超低空飛行で、噴霧を避けたのだ!

 そのままの勢いで、部屋を飛び回りなかなかチャンスがめぐってこない。

 普段は図太いヤズーも、さすがにゴキブリ野郎は苦手なのだろう。ちょっと及び腰なのだ。

「おい、そこどけ!」

 いらいらとセフィロスが怒鳴った。

 俺を足蹴にすると、すかさず落ちていた厚めの本を拾い上げる。そいつを一気呵成のイキオイで、ヤァ!っとばかりにぶん投げたのだ。

 ってゆーか、この部屋に落ちていたってことは、俺の本だと思うんですけど!! ゴキに向かって投げつけるなんて!!

 ……そんな抗議をする暇もなかったのだ。

 ドガッ!

 という、にぶい音。壁がへこんだりしてなきゃいいが。

 勢いよく飛んでいったそいつは、みごとゴキにヒットした。むかつくけど、さすがセフィロスだ。

「ビッ……ビビビビビッ!」

 黒光りする巨体が、断末魔の不気味な羽音を奏で、ヤツは絶命した。

 

 

 

 

 

 

「ふあ〜、ヤダヤダ、冷や汗かいたァ、カダが居てくれたら助かったんだけどねェ、あの子、虫はなんでも平気だから。……ヴィンセント、大丈夫?」

 ヤズーが座り込んだままのヴィンセントに手を貸し、起こしてやっていた。俺がしようと思っていたのに! まったく立ち直りの早いヤツだ。

「あ、ありがとう、ヤズー……」

「御礼ならセフィロスに言ったら? とりあえず、ヤツを仕留めたのは彼だからね」

「あ……そ、そうだな…… セフィロス、その……私のせいで手間を掛けて……す、すまな……」

「テメェのせいじゃねーだろ。誰が見ても、このクソガキが悪いんだろうが」

「……わざとじゃないもん」

「これだけ散らかしてんだから、確信犯だろうがよ!」

「ぐっ……」

 俺はふて腐れてそう答えはしたが、セフィロスにさっさと口を封じられてしまった。

「……とにかく!! 兄さんは今からすぐにここを片づけて! またゴキちゃんがあらわれたら、今度はひとりで対処してよね。殺虫剤おいていくからッ!」

「ひとりでって何時間かかるかわかんないよ! だって、俺……」

「どうぞ、何時間でもかけて頂戴!」

 覆い被せるようにヤズーが怒鳴った。どうやらかなり彼を怒らせてしまったらしい。

 ……まぁ、確かに、悪いのは俺だとは思うんだけどさ……

「わ、私も手伝うから……だから今日中に……」

「ヴィンセント!兄さんを甘やかすのは彼のためにならないよ!」

「ヤ、ヤズー……」

「じゃあね、兄さん。ヴィンセントと一緒に美味しい夕食作るから。それまでに頑張ってね!」

「ま、自業自得だな。行くぞ、ヴィンセント」

 セフィロスにまで促されて、ヴィンセントは後ろ髪引かれるように、何度も俺を振り返ったが、仕方なさそうに彼らと一緒に出て行った。

 

 ……あー、もう、やれやれだよ……

 せっかくの休日なのに〜……ヴィンセントと一緒に居たいのに〜……

 ……わかってるって! 俺が悪いんですよ、コノヤロー。

 

 文句ばかり言っていても、一向に事態は解決しない。

 嫌なことはさっさと終えて、早くヴィンセントの側に行こう。

 

 ようやく俺は覚悟を決めて、カオスと化した自室を眺めた。

 ……一挙にやる気がなくなる。

 致し方なく、まずはセフィロスのぶん投げてくれた本を拾った。

 それを丁寧にティッシュで拭う。

 処分するにせよ、仕舞うにせよ、ゴキを直撃したブツだ。そのまま放置しておくのは不愉快だったのだ。

 

「……あれ……? これ……」

 深緑の厚い本……いや、本ではなくて、これは『日記帳』なのであった。

「……なつかしィ〜……」

 思わず俺は小さく口に出していた。

 この日記帳……俺が神羅に入って、一年目くらいからつけ始めたものだった。

 いや、ただ単に、クラスで流行ったからだ。

 三日坊主の俺にしては、けっこう長く続いたはずである。毎日というわけではなかったが、気がついたときは書き込むようにしていた。そう……確か、三年……?くらいはつけ続けたはずだった。

 さっそくパラパラとページを捲ると、間違いなく子供のころの文字が躍っている。

 あまりの懐かしさに、俺はついつい過去の日記を手繰り始めていた……