LOVELESS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<25>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

「はい、どうぞ。少し疲れたんじゃないかい?」

 砂糖抜きのカフェオレを差し出され、私はありがたく彼の手からそれを受け取った。

 美術館内のソファで小休止だ。庭園美術館というだけあって、ここは館内、テラス、そして中庭にも展示品が飾られている。

 我々は絵画展を見に来たわけなのだが、美術館の一イベントとして催されているので、時間さえ許せば他の常設展示も見学できる。

 もちろん私たちは時間の許す限り、ゆっくりと閲覧を希望した。

 

 ジェネシスは至って紳士的に私をエスコートしてくれている。

 同じ男性同士で、いささか情けなくなるが、世間知らずで人間関係が苦手な私でも、彼と一緒ならば割と落ち着いて行動できるようだ。

 たぶん、それはジェネシスが私の気持ちや感覚を先読みしてくれて、私が自身のとるべき行動を、その都度考えなくても、ごく自然に振る舞えるよう促してくれているからだと思う。

 

 そう……たとえばクラウドやセフィロスなどが、そんな風に気遣ってくれると、ひどく申し訳なくてかえって気疲れしてしまうのだが、ジェネシスの人柄なのだろうか。

 彼の心配りはとてもナチュラルで……そう至極自然体で楽しげな雰囲気で居てくれるせいか、私もあまり心苦しく思わず楽しい時間を過ごせたのだ。

 

「疲れたなら、そういってくれよ、ヴィンセント」

「いや……君のほうこそ……」

 温かな飲み物をすすりながら、私は先ほどの質問を彼にそのまま返した。

「いや、俺は全然。ただ時計が気になっちゃってね」

「え? あ、この後、何か予定があるのだろうか? だったら、そろそろ……」

「まさか、違うよ。ただ君と一緒に居られる時間が減っていくのが寂しくてね」

 いたずらっぽく微笑む彼に、私はつられて笑っていた。

「まったく……君は。なんて物好きなのだろうか……」

「やれやれ、君は自己評価が低すぎるといっただろう? 女神を想っている人間は、チョコボっ子だけじゃないってことさ」

 チョコボっ子…… ジェネシスはクラウドのことをそう呼ぶ。

 本人の前でも平気で口にするくらいだから、きっとかつて神羅にいた頃は、親しい関係だったのだろう。

 セフィロスとは親友と言っていたから、そのセフィロスの恋人であったクラウドのことを陰で支えてくれたのは、ザックスという同室の少年と……彼だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「ヴィンセント? どうしたの、ぼうっとして? やっぱり疲れた?」

「え?あ、いや…… ただ、美術館とか……こういったところに来るのは久々だったから。静謐な空間で、ゆっくり絵を見たり、彫刻を鑑賞したり…… とてもよいものだ」

 『君たちの昔を想像していた』とバカ正直に答えるのもはばかられたので、私は二番目に思いついた理由を言葉にした。

「そうだね。もちろん作品の鑑賞に来るのもいいだろうけど、何か考え事をしたり、それこそ思考をデフォルトに戻すために、こういう場所を利用するのも手だと思うよ」

「思考をデフォルト……?」

「そう。人間って意識していなくても、毎日様々な事柄を考えている。もちろん、重い問題も軽いヤツもあるだろう。その中にはずっと長く……それこそ一生をかけて考え続けなければならないこともあるはずだ。……答えが出ないかもしれないのに、思考し続けてしまうようなことが」

「ジェネシス……?」

 ほんの軽い気持ちで訊ね返しただけなのに、思いの外長い返事に、私は彼の整った横顔を見た。

 ソファでとなりあって座っていたから、少し身体を横に向けただけで、息が触れるほどに近くジェネシスの顔があった。

「そういうとき、基本に立ち返るよう、頭の中をリセットするんだよ。何が一番自分にとって大切なのか。もっとも望むことは何なのか」

「ああ……ん……わかるような気がする」

「まったくもう頭の悪い俺なんて、よく脱線するんだよね。だからこうして静寂に満ちた空間に足を運ぶことにしているんだ」

 思いがけない言葉に、私はつい

「えッ?」

 と声を上げてしまった。

「なに? どうしたの、ヴィンセント?」

「あ、い、いや……君が自分のことを『頭が悪い』などというから……」

「そうだよ? 残念なことに、あまり賢くないんだ、俺は」

「ま、まさか、それこそ自己評価が低すぎるんじゃないのか? 君はとても聡明で明敏な人だと思う。私など、君がうらやましくて仕方がない」

 咳き込んで言う勢いの私に、ジェネシスは声を立てず喉の奥でクスッと笑った。

「……俺はわりと冷静に自己評価を下しているつもりなんだけどね」

「そんな……ならばそれは誤りだ」

「ふふふ、めずらしくも断定的な発言をしたね、女神」

 ひどく可笑しそうに言われて、私はかなり自分の言葉に力を込めていたことに気づいた。

「あ、失敬…… ま、まだ君との交際は浅いのに…… でも、やはり私は……」

「ありがとう」

 今度はあっさりとそう言うと、さてと、というように彼はソファから立ち上がった。

「う〜ん、ああ、さすがに肩が凝ったかなぁ」

 思い切り伸びをして、ジェネシスはふぅと息を吐き出した。

「そうだな。では、そろそろ……」

「おやおや、待ってくれよ、女神。夕食までとは言わないが、もう少しつきあってもらえないか?」

「え……あ、ああ、私はまったくかまわないが…… そうだな、夜は皆と一緒に食事をするとセフィロスに言ってしまったから」

 その返事をどう受け取ったのか、彼は『そうだね』とつぶやいた。その様子が……自意識過剰なのやもしれないが、私の目にはわずかに寂しそうに映ったのであった。

「どこか行きたいところがあるのだろうか?」 

 気を取り直すようにそう訊ねると、彼は、「ああ」と小さく頷き、

「少し歩くが、君に見せたい景色があるんだよ」

「……景色?」

「そう。確かにコスタ・デル・ソルは娯楽施設の多い場所ではないが、自然の恩恵は十分過ぎるほどにある。……そう感じさせてくれるようなところさ」

「ん……では、君についていこう」

「本当は明るいうちのほうがよかったんだけど、夕闇に支配される時刻もまた趣があると思うよ」

 彼は「さぁ、行こう」と私を促すと、ごく自然に手を差し伸べてくれたのであった。