LOVELESS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<26>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

 ジェネシスが私を連れてきてくれたのは、市街地から迂回した場所にある小高い丘だった。

 ノースエリアの繁華街から道なりに続いているのだが、ぐるりと奥の方を回ってふたたび海側に望むように位置している。

 もちろん、『丘』だから、山登りのように険しい段差を登ってゆくわけではないが、到着した場所はかなり見晴らしのよいところであった。

 足下にはノースエリアの繁華街……そして限りなく続く空に、海……

 ちょうど落暉の時刻であったので、コバルトブルーの海に太陽の紅が溶け込むようで……そう、まるでこの世の終わりのような、畏怖の念さえ感じる風景が開けていた。

 

「……たまにここに来るんだ。自分の考えを確認したいときにね」

 独り言のようにジェネシスがささやいた。

「不思議な風景だ……美しいが恐ろしくも感じる……」

 きっと私の物言いも自身に言っているように聞こえたのだろう。傍らのジェネシスが海のほうを指さした。

「そう……そうだな。怖いくらいだよね」

「ん……」

『女神がそっと双眸をとじ合わせる時……落日が海に溶け出し、この世とあの世が水面で交わる……』

「ジェネシス……」

「明日はまた常と変わらない当たり前ののどかな風景を描くであろうに……今、このときはどのような不思議が起こってもおかしくはない。そう感じさせる」

「ああ……」

 私は景色を見たまま、ジェネシスの言葉に同意した。

「ねぇ……女神。君は信じているかい? 今日があたりまえの明日につながると。今日と明日がまったく異なるものではないということを」

「え……?」

「明日も……その次の日も、またその次も…… 今と変わらぬ毎日が続くと……そう思っているのかい?」

「ジェネシス……? どういう意味……」 

 私の問いかけは風に消された。海に溶ける夕陽に照らし出され、彼の端正な面差しはひどく疲憊して見え、私はあらためて目をこらした。

「女神……君は明日も今日と変わらない毎日が続くと……そう信じている? あの家の人たちと共に、この小さな島で……平穏で退屈な日々を紡いでいくのだと」

「ジェネシス……? あ、あの、君の言っていることがよくわからないのだが……」

「…………」

「で、でも、その……私にとって、ここでの……あの家での生活は退屈どころか、ずっとずっと望んでいた在り方なのだ。生まれてから……今が一番幸福に感じる」

「……そうか。そうだね」

 軽い相づちではなく、まるで自身に言い聞かせるようにジェネシスはつぶやいた。

「こうして一緒に居てくれる君は、それなりに楽しそうにはしてくれているけど、あの家での本当に幸福そうな姿は見られそうもないものね」

「え? あ、あの、いや、私はそんなつもりは……」

「いいんだよ、女神。最初から……わかっていたから。こうして君と話をして、俺の……為すべきことが定まったから」

「ジェネシス……?」

 食事や美術館巡りをしていた時とは、彼を取り巻く空気が異なる。なんだかひどくジェネシスが苦しそうに見えて…… だが、機微を解す能力のない私では、彼の葛藤をわかってやることができない。

 ジェネシスはああいったけど、彼と過ごした数時間はとても楽しかった。お世辞ではなくて。

 それはもちろん、家の人間と一緒に居るのとでは気持ちが異なるが、マイナスの意味合いではないのだ。むしろ、ようやく出来た友人と楽しい時間を過ごせたことがうれしかったし、これからもずっとジェネシスとは交際を続けていきたいと思っていた。

 人見知りで不器用な私にとっては、初対面でそう感じさせてくれる対象はひどく少ない。だが、間違いなくジェネシスは友人になってほしい相手であったのだ。

「ジェネシス……? どうかしたのだろうか? なにか気に障ることでも……」

 

 

 

 

 

 

「ご苦労さまです、ジェネシス」

 この場にいる誰のものでもない硬質な声に、私は信じがたい人物を目の前に見ていた。

「ヴィンセント・ヴァレンタインを、あの家から引き離してくれたことに感謝します」

「ネ、ネロ……?」

 訊ね返す必要などないのに……見ればわかるのに……

 私は震える口唇で、その人の名を綴っていた。

「ごきげんよう。ヴィンセント・ヴァレンタイン。お久しぶりですね」

 ああ、ネロだ。この声……彼の纏う空気……

  スーッと足下から、血が引いていくのを感じた。思わずよろけた私をジェネシスが支えてくれた。

 だが、急に身体に触れられたことで、私はびくりと身じろぎしてしまった。

 それをどうとらえたのか、ジェネシスは一度も見たことの無いような傷ついた表情をした。

「あ……ジェ、ジェネシス……ちが……ちがうんだ……」

 そういってはみたが、まともな言葉になっていない。今はジェネシスを気遣える余裕がなかった。

 ネロの後ろには、巨躯の人物、ヴァイスの姿が見えた。彼が「兄さん」と慕うディープグラウンドソルジャーのトップだ。そしてDGの生き残りたち……

 

 落日の風景に似つかわしい……だが、到底信じがたい目の前の風景に、胸の動機がにわかに激しくなる。

 冷たい汗が背筋を伝わり、頭にもやがかかってゆく。

『……セフィロス……!』

 心の中でひとりの人物の名をつぶやく。

 さきほど、父親になりたいなどと、埒もないことを言ってしまった人の名を。

 

 頭を軽く振り気を落ち着け、私は甘えた心情を打ち消すつもりで、ネロに向き直った。

 ……この私を同胞を呼ぶ、ディープグラウンドソルジャー『漆黒のネロ』に。