LOVELESS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<17>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

「そうかァ、おまえはそんなにヴィンセントのことを好きなんだね」

 ジェネシスがしみじみとクラウドにささやきかけた。大人が子供に語りかけるような物言いだった。

「あったりまえでしょ! 遊び人のアンタらと一緒にしないでよ」

「クラウド、いいかげんにしなさい!」

「まぁまぁ、いいさ、女神。彼は本音を言っているだけなんだろうから。……もう少し、早く君に出会いたかったな……」

 形の良い口元をわずかに歪め、悔しそうに(?)にジェネシスがつぶやいた。

「あら、でも『早く』っていうんなら、実際、兄さんよりジェネシスのほうが先に、寝ているヴィンセントに逢ったわけでしょ?」

 とヤズー。記憶がない私は甚だ恐縮するばかりだ。

「いくら先に逢ってても、本人が寝てたんじゃねー! 意味ないしィ」

「ク、クラウド! ど、どうしてそういう物の言い方をするのだ…… そんな意地の悪い言葉は好ましくないだろう?」

「だって不愉快なんだもん。まるで俺より先にアンタに逢ってたなら、自分の方が有利だったと言わんばかりじゃん!」

 プイと顔を背けてしまう。間が持てなくなった私にジェネシスはまたもや、まぁまぁと宥めるようにして助け船を出してくれた。

「まぁな。確かに先に逢えたからといって、有利になるかならないかはわからないよな」

「そーゆーコト!」

「でも、俺が言っているのは、今……のことだよ。昔の眠っていたときの彼のことではなくて。女神が目覚めてどれほどの時間が経ったのだろう……? せめて彼の目覚めを知っていたら……こんなに時間はかからなかったのにな」

「ピッピー! 警告三つめ! イエローカード、はい、退場!」

 ギャンギャンと吠えかかるクラウド犬を、軽くいなし、ジェネシスはきちんとナプキンを畳んで立ち上がった。

「あっはっはっ。デザートまでしっかりいただいたし、これで退場するよ」

「ジェ、ジェネシス、あ、あの気を悪く……」

 せめて門のところまで送っていこうと、私も慌てて彼の後を追う。

「気を悪くするはずはないだろう、女神? 今日は最高の日さ。君を助手席に乗せられたし、手製のディナーをごちそうになれるなんてね」

 もたつくことなくスマートに靴を履き、笑いながらそう言ってくれる気遣いがとても嬉しい。

「食事はとても美味しかった。この家の人たちが羨ましいくらいだよ」

「あ、ありが……とう。」

「君はもっと自分に自信をもつべきだね、ヴィンセント」

 そんな言葉が、セフィロスとのささいな行き違いで落ち込んでいる私の心を癒してくれる。ましてや、昨日今日出会ったばかりの彼に、そんなふうに評してもらえると、もともと持ち合わせの少ない自信を、完全に失わずに済みそうであった。

「それじゃ、おやすみ、女神」

「あ、あの…… 門のところまで」

「いいよここで。車はすぐ近くに停めているし、夜になると冷えるから」

「い、いいから……! だ、大事な、友人なのだから……」

 ジェネシスは、尚も言い募った私をさらに止めるような真似はしなかった。

 リビングからクラウドの「ヴィンセント〜! はやく〜!」という、やや苛立った声が聞こえてきたが、私は黙殺してジェネシスと一緒に外に出た。

 

 

 

 

 

 

 昼と夜では寒暖の差が激しいコスタ・デル・ソル。夕食を終えたこの時刻になると、肌寒いほどの温度になっていた。

 澄んだ夜空に綺羅星が瞬いている。その星空の下に、ジェネシスと居るのがなんだか不思議な気分だった。違和感を感じていない自分自身に……という意味でだ。そう、この人は他人を安心させる雰囲気を醸し出しているのだ。

 

 ふたりで歩き出すと、あっという間に門柱のところまで来てしまった。

 ……当然だ。別に大屋敷に住んでいるというわけではない。

 それでも敢えて通りに出て歩みを進めるが、ほんの少しのところで、ジェネシスが私を止めた。

「じゃ、ここでね。送ってくれてありがとう」

「そ、そんな……あの、こちらこそとても有り難かった…… あ、あの君に会ったとき、たぶんひどく暗い顔をしていたと思うんだ。私はつまらないことで落ち込んでしまうから」

 言わなくてもよいことなのに、彼の穏やかな面差しに触れて、つい口をついて出てしまった。

「君は繊細だからね、女神」

「い、いや……ただ人より愚図で……気持ちの切り替えが下手くそだから……」

「不器用さは君の魅力のひとつだよ」

 思いも掛けない言葉に、ハッとまともに彼の顔を見つめてしまった。

 似たようなセリフを吐いたとき、クラウドやヤズーが、「考えすぎだ」とか「愚図なんてことはない」と否定形で慰めてくれたことはあるが、ジェネシスのような表現の仕方は初めてだった。

 明敏で聡明な彼なら、私が愚図で不器用だというのはわかりきっているのだろう。だが敢えてそれを否定せず、私という人間を形成する一部なのだと言ってくれた。

 ……「魅力」という素敵な文言を使って。

「どうしたの?」

「あ、い、いや、すまない。その……そんなふうに言われたのは初めてだったから」

 私は素直にそう答えた。

「あ、ああ。慰められて、そんなことはないと否定してくれる人はいたが……」

「アッハッハッ。そうだねェ。だが俺は、君のおっとりしたところは最大の魅力だと思うよ。不器用というのは誠実だということさ」

「ジェネシ……  ックシュン!」

 夜風にあてられたのか、小さなくしゃみが言葉を呑み込んでしまった。

「ああ、ほら。君に風邪などひかれたら、俺はチョコボに殺されかねないよ」

 そういうと、ジェネシスは羽織っていたジャケットを私の肩に掛けてくれた。シンプルな麻の……それでも一目で高級品とわかる夏ジャケットだった。

「あ、で、でも、君が……」

「俺は頑丈に出来ているから平気。それにそいつがまた会うための口実になりそうだから」

 悪戯っぽく笑うと、整った面差しが緩く融け、ようやく年下の青年に見えるのだった。

「ジェネシス……! わ、私は君のことが、そ、その……とても好ましいし…… 友人になりたいと思っている」

 淡いほほえみを浮かべつつ、私の次の言葉を待つジェネシス。

「だから……嫌でなければ、いつでも連絡をして欲しい。私は大抵家に居るから。昔の……神羅に居た頃の皆の話も聞いてみたいし…… も、もっとゆっくり会話したい」

「もちろん…… 俺もだよ」

 頭一つ背の低い、私の耳元にそうささやきかけると、彼はそのまま頬に触れてきた。不思議なことにまったく驚いたり、不快には感じなかったのだ。 

「本当に今夜は楽しかったよ。おやすみ、女神……いや、ヴィンセント」

 低いささやきと共に、額にキスが落ちてきた。

 軽く触れるだけのお休みのキス。

「お、おやすみ、ジェネシス……」

 彼の姿が見えなくなってから、私は独り言のように、その文句をつぶやいた。