LOVELESS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<11>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

「……す、すまない、待たせて……」

「おいおい、ずいぶんな荷物だな」

 他の客の邪魔にならないよう、歩き出しながらセフィロスが言った。

 そう……グレープフルーツの大きなものが入っていたのと、他にもクラウドの好きなバナナ、ヤズーのリンゴダイエットのためのアップル。しかも気のいい店の主人が、いつもおまけをしてくれるのだ。

「あ、ああ……皆、果物は好きだし……君のグレープフルーツも美味しそうなものが……」

「あー、そうかそうか。他には何が要る?」

 面倒くさそうなセフィロスのセリフに、私はぷるぷると頭を振った。

「い、いや……今日は果物だけで十分だ。野菜はまだ残っているし……」

「わかった、ほら、荷物をよこせ、オレが……」

 そこまで言いかけた時だった。ピクリとセフィロスが反応した。……何かに。

 いや、私にはわからなかったのだ。ごく普通のやり取りをしている最中だったから。

 荷物を受け取ろうと、手を差し出した姿勢のまま、身動きしなくなるセフィロス。

「……あ、あの……セフィロス?」

「……すまん、ヴィンセント。急用を思い出した。いいか、車を呼ぶか、家の者に迎えに来てもらえ」

「え……?」

「いいな? ひとりで帰るなよ!」

 セフィロスは私の肩に手を置き、目線はずっと向こうを見つめたまま、早口でそれだけ言うと、素早い所作で人混みに滑りこんだ。

「あ……、セ、セフィロス……」

 もう目立つ長身は視界に入らない。

 私は買い物袋を両手で抱え込んだまま、呆然と立ちつくした。

 彼は……セフィロスは、あんなに人目に立つ姿をしているのに、あっという間に気配を消し、人の波に吸い込まれていったのだ。

「セフィロス……」

 いったいどうしたというのだろう……?

 まさか、ジェネシスの姿を見つけて、何か言いにいったとでも……? いや、馬鹿馬鹿しい。わずかながらでも私の身を案じてくれたとて、元の同僚を頭から疑うのもおかしかろう。ましてや、クラウドのように、恋愛がらみの関係ではないのだから……

 

「あ、そ、そうだ……」

 ぽそりと独り言でつぶやく。

 そうだ……そうかもしれない。もしかしたら、セフィロスは市場で支配人さんの姿を見つけたのかも……

 ノースエリアにある彼のマンションからここまでは、いささか距離があると思うが、車を使えばたいした時間もかからないだろう。だれだって、人混みの中に恋人の姿を見つければ、何をおいてでも声を掛けたいと思うだろう。セフィロスも同じはずだ。

 きっと、買い物につき合うことになっていた私には、そう告げるのが居心地悪かったのだ……それなら私だって納得できる。

 

 納得……できる。

 

 

 

 

 

 

 ずくずくと熾火のようにくすぶる胸の奥の痛みに気づかぬふりをし、私は歩き出した。もちろん、家に向かってだ。買ったばかりの果物を冷蔵室に入れたかったし、あまり帰りが遅くなっては家人が心配する。

 よいしょと大きな包みを抱え直し、早歩きで……私としては精一杯『足早』に市場を離れた。海岸沿いの道路のほうを歩く。荷物がけっこう重かったし、砂浜は足を取られるからだ。

 汗がこめかみをつたわり、乾いた道にぽとりと落ちた。

 セフィロスは車を使えと言っていたが、十分歩いて帰れる距離なのに、そんな贅沢はできない。ましてや家の者を煩わせるなど……

 ただ、少し、腕に抱えた荷物が重いから……歩くのに時間がかかるだけで……

 泣きたくなるような気持ちになっている自分が可笑しかった。

 ……たったこれだけのことで。

 まるで、腕に抱えた荷物が、今の心の重たさを象徴しているかのようだった。もてあましている私自身の心……

 

 パッパッパー

 

「あ……」

 背後からのクラクションに、私はハッと気を取り直し、慌てて道を空けようとした。道路とは言っても田舎道だから、歩道と車道の境はない。

「女神? ああ、やっぱり……!」

「え……?」

 しゃれた車の窓がスーッと下がる。声は車の中から聞こえたのだ。

「あ、ジェ、ジェネシスさん……」

「ジェネシスでいいと言っただろう? 君に逢えるなんて、今日はラッキーだ」

「そ、そんな……わたしは……」

 笑いをとる冗談などではなく、本当に満面に喜びを浮かべそう言ってくれるジェネシスに、かえって私の方が恥ずかしくなってしまう。

「あ、あの……」

「おやおや、大荷物をもって……買い物の帰りかい?」

「あ、ああ。セントラルの青物市場へ」

「この炎天下の中を徒歩で?」

 尻上がりの質問に、まるで自分がとんでもない事をしている気分になる。……確かに気候は厳しいが、そろそろ日暮れだ。『炎天下』というほどではないのだが。

「ああ、ごめんよ。心配になってしまってね」

 とがめるような物言いをしたと感じたのか、私が口を開く前に、彼はそういって話を区切った。

「女神、家まで送るよ。さぁ、乗って」

「え…… で、でも……」

「そんなに警戒しないでくれ、女神。悲しくなってしまうよ」

 美しく整った面持ちを、つらそうにゆがめてジェネシスが言った。私は慌てて彼の言葉を否定した。

「ち、違うんだ。そんなつもりでは…… た、ただ迷惑じゃないかと……」

「そんなはずないだろう?」

 ひどく可笑しそうにそういうと、彼はわざわざ車を降りてきた。私の腕から重い荷物を乱暴にならないよう奪い取り、バックシートに置く。

「あ、あの……す、すまない」

「ほら、乗って。ああ、紅い顔をして…… 君は色白だからね。後で腫れたりしなければいいが」

 たぶん、顔が紅くなっているのは、唐突に彼に声を掛けられたからだ。

 私は他人より口数が少ないが、その分、涙腺や顔色(……?)などは、雄弁に物を語ってしまうので、辟易としているのだ。

「さぁ、女神。シートベルトをしてね。安全運転で行くけど、君に万一のことがあったら、あの家の人たちに殺されかねないから」

「そ、そんなことは……それよりもこの前は失敬した。あんな別れ方をさせてしまって……」

「なんだい?セフィロスやチョコボのことかい? アハハハ、大丈夫大丈夫。俺、慣れっこだから」

 いたずらっぽく言った彼の笑顔は、冷たく凝り固まっていた私の心を解きほぐしてくれた。