Love letter
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<15>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

「やれやれ、アホかテメーら」

 突っ慳貪にそう言って、こっちに向かって歩み寄ったのはセフィロスであった。

「やれ、弟だの兄弟だの、くだらん」

「なんだよ、その言い方!」

「そーだそーだ!」

「どうせ、おまえらはずっと一緒に居ることになるんだ。オレ様が決めたことだからな。否応もないだろ」

 ケッと悪態を吐くセフィロス。

「なんだよ、セフィ! エラソーに!!」

「ヴィンセントもオレと一緒に来ると言っていたぞ」

「うっさいッ! ヴィンセントはな、やさしーんだよ!アンタに『来い』って言われたら、『はい』って言っちゃうほどに、やさしくて従順な人なの! ヴィンセントが行くなら、もちろん、俺も一緒ですよ、コノヤロー。ずっとアンタにくっついて、ヴィンセントにちょっかい出さないように、見張っていないとね!!」

「フン、騒々しいクソガキが。……そう、今はそのヴィンセントのことだろ。おまえら、監視してなくていいのか?」 

 くいと顎をしゃくって、セフィロスがモニターに注意を向けた。

 いけない。

 つい話に夢中になって、隣室の展開を確認していなかった。

 俺とカダージュは、バッと身を起こし、食い入るように覗き込んだ。

 

 

『……ね、おわかりいただけたかしら』

 余裕たっぷりのアルトが聞こえてくる。

 相変わらず、ヤズーはヴィンセントにしなだれかかったままだ。そろそろコトの展開を把握し、落ち着きを見せているかと思ったが、生真面目でアドリブに弱いヴィンセントは、相変わらず人形のように硬直したままであった。

『お嬢さんは、まだ少女のような若さだわ。きっとこれからもたくさんの人に出会って、恋をするでしょう。ヴィンセントを好きになったのはとても見る目があると思うけど、ここは私に譲って下さらない?』

 茶目っ気たっぷりな言い回しで、小首を傾げるヤズー。

 いや、本当に『小首』なのだ。

 確かにヤズーは、長身だけど細身でまさしく女性顔負けの美人なのだが、家ではヴィンセントという腺病質タイプの人間がいるせいか、あまり『細い』とか『華奢』といった印象を持っていなかった。

 これが演技力ならばスゴイの一言なのだが、モニターの中で、ヴィンセントに甘えるヤズーは、本当にしなやかでなめらかで……艶やかな『女性そのもの』に見えたのだ。

「フン、さすがイロケムシ。フェロモン垂れ流しは伊達じゃないな」

 口の悪いセフィロスがそんな物言いで、感心を表現する。

「……ホント。モニター通してるせいなのかな……どっからどう見ても、上流階級のお姉さまだよね」

「ヴィンセントの木偶の坊は、相変わらず硬直したままか。ったく役に立たんヤツだ」

「仕方ないだろ。俺だってコーチョクするよ。あんな美人が実は男で、間近に寄られたりしたらさ……」

「……でも、相手の女の子もかわいそうだよね」

 意外なことを言い出したのは、末弟のカダージュであった。

「なんでだよ。可哀想なのは俺だろ」

「兄さんたら。ヴィンセントが兄さんよりあの子を取るなんてこと考えらんないじゃない。最初から勝負はついてるでしょ」

 などと、心地の良いことを言ってくれる。

 ちょっとノロケてやろうかと思ったが、カダの真面目顔に開き掛けた口を閉じた。

「……あの子が最初から、ヴィンセントの言うこと、ちゃんと聞いてくれればよかったとは思うんだけどね。あきらめなきゃいけないって、自分でわかるはずなんだけど……それは確かに、彼女自身の問題なんだけどさ……」

「そうだろ。だったら同情することないじゃん」

「相手は年下の女の子なんだよ。兄さんには歯がゆいかもしれないけど、ヴィンセントがキッパリ拒絶できない気持ちもちょっとわかる」

 そういうと、ちょっとだけ笑ってみせた。失恋するであろう少女に思いを寄せているのだろうか。あの表情はちょっと苦しげでつらそうだった。

 十代のまだ幼い顔つきが柔和にほどける。

 ヤズーがカダのことを「可愛い可愛い」というが、その言葉の意味が、ちょっぴり理解できるような笑顔だった。

「僕も、コスタ・デル・ソルに来てから、女の子の友だちいっぱいできたし。みんな、やさしくて可愛くて……うーんと、姿形がっていうだけじゃなくて。女の子って存在そのものが可愛いじゃん。さわるとやわらかくって、ふわふわしててさ」

「女によるんじゃねーの」

 そんなぶっきらぼうな物言いをした俺を、セフィロスが呆れまなこで眺めてきたが、口には出さなかった。

「そんなことないよ。やっぱり女の人はふわふわだよ。側に寄ると甘い香りがしてさ。お菓子みたいな。だからなんだか一緒に居ると優しい気持ちになるよね。ふわふわなんだから、そっとさわらなきゃとか、守ってあげなきゃいけないような気分になる」

「へー、おまえがねぇ。ヤズーが聞いたらヤキモチ妬くんじゃねーの」

「そんなことないと思うよ。僕、話したことあるもん」

 カダージュはあっさりとそう言って退けた。

「ヤツ、なんだって?」

「うん。『カダも大人になったな』って。あと、なんだっけかな…… そうそう『嬉しいとも感じるけど、ちょっと寂しいかな』って言って笑ってた。あ、もちろん、僕が一番好きなのはヤズーだよって言ったけどね」

「へいへい、ごちそうさま」

 俺はそう言ってやると、

『彼女できたら紹介しろよ』

 と、小声で耳打ちしてやった。

 

 

『……ヤズーさま?』

 緊張して自信なさげではあるが、当惑した彼女の声が耳に入った。

 ヤズー登場で決着がつくと、ヘッドフォンを外し、小音量で普通に聞いていた俺たちは、一斉に椅子から立ち上がった。

 セフィロスも、雑誌を放りだして、モニターに寄ってくる。

『あの……貴女……ヤズーさま……ではありませんか?』

 彼女は繰り返した。

 これにはさすがのヤズーもびっくりしたのだろう。余裕の微笑をかましていたヤツの顔が一瞬凍り付いた。ヤズーは、彼女との面識はないはずだ。あれば必ずそう言うはずだから。

 なにより、正体がバレているなら、作戦Bは呆れた茶番劇になってしまう。

 ヴィンセントなどは、もはや卒倒しそうなほどに顔色を失っていた。

 

「ちょっ……ヤバ……」

 思わず言葉にならない呻きが漏れてしまう。

「ど、どういうことだよ……初対面だろ? なんで……」
 
「バレてんじゃねーか」
 
「だって……ど、どうして? 面識ないのに? なんであの娘、ヤズーの名前知ってんの?」
 
「…………」
 
「コスタ・デル・ソルに住んでる娘じゃないんだよ? 避暑にきたとき、ヴィンセントに救われたって……」
 
「………………」

 そんな物言いにも、セフィロス、カダージュともに応えてくれない。無視しているわけではなく、彼らもこの状況につい沈黙して見入っているだけだ。

「で、でも、兄さん。まだ、ヤズー、認めてないよ? お、女の子のほうも、自信なさそうだし……」

 俺はごくりと唾を飲んだ。

「ご、ごまかせ、ごまかすんだ、ヤズー!」

 画面に向かってそう叫ぶ。

「……完全に虚をつかれた格好だな。ヴィンセント、ぶっ倒れるぞ」

 セフィロスの低い声が背中を撫でる。

「…………」

「…………」

「…………」

 俺たちは一様に黙り込んだ。

 

「に、兄さんッ。作戦C行きますッ!」

 唐突に言い出したのはカダージュだ。

 さ、作戦Cだと!? そんなもの……それこそ、ネタじゃねーか!

 あれは笑い話で付け加えたジョーク……

「おい、ちょっ……カダ! あ、あれは冗談だろ! それこそ、ネタそのもの……」

「いいからッ! 行ってくるからッ! 僕ッ、なんとかしてみせる!」

 そう叫ぶと、俺の止めるのも聞かずに部屋を飛び出して行った。

「おい、クソガキ、行っちまったぞ」

 セフィロスがぼそりとつぶやいた。

「ヤバ……っつーか、どう考えても無理……」

「おい、クラウド! モニター!」

 セフィロスの言葉に大慌てで体勢を立て直し、隣室を移したモニターを覗き込んだ。

 隣室の扉を、空け放ち、小柄なカダージュの姿がそこに映し出されていた。