Love letter
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<13>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

「ヴィンセント様……! あたくし、本気です……ッ」

「あ……あの……」

 そのとき、私は『絶対絶命』であった。

 いわゆる言葉通りの『絶対絶命』である。

 職務上のミッションで、生命の危機にさらされたことや、クラウドたちとの旅路で窮地に立たされたことなど、数え切れぬほどあるというのに、このときほど困窮したことはなかったと思う。

 私の手を取る、細い、柔らかい指……

 吐息のかかりそうなほど、間近に寄せられた、目鼻立ちのくっきりとした愛らしい顔……

 この年頃の女性は、なんだか洋菓子のような甘い香りがするのだな……と乏しい経験の中から、私は思いだしていた。

 

「ヴィンセント様…… 大好きなんです……!」

 いったい幾度、彼女はその言葉を繰り返してくれたことだろう。そう、まるでクラウドが私に告げるように。

 クラウドも、飽きもせず、未だに「好き」だの「愛している」だの、私のような世代には照れくさくてたまらない台詞を、真顔で口にするのだ。それは決して慎みがないとか、そういうことではなく、自分に正直に真っ直ぐであるということなのだろう。

 そんな彼らが少しうらやましくも感じる……

 ああ、いや、いけない。

 現実逃避をしている場合ではない。

 なんとかこの場を切り抜けなければ……!

 彼女を極力傷つけず、私をあきらめてもらうには……

 ああ……だが、どれほど「無理なのだ」と言っても、この状況ではおとなしく引き下がってはくれないだろう。

 私の大切な人……たちを紹介しなくては。いや、会わせないまでも、「だれなのか」を説明しなければ。

 女性というのは不思議なもので、ただ「お付き合いはできない」と言われるよりも、「この人を好きだから、あなたとは交際できない」と言われた方が、溜飲が下がるらしい。

 そのあたりの感覚は、にぶい男の私などには理解しがたいのであるが……

 

「ヴィンセント様……ッ 本当に……他に誰かお好きな方がいらっしゃいますの?」

「ほ、本当……です。 た、大切な人……たち……が……います」

「『たち』?」

 彼女は的確に複数系を指摘してきた。

「『たち』というのはどういうことかしら? 納得いきませんわ!」

 ああ、そ、そうだろう。それもそうだ。

 もちろん、クラウドは誰にも代え難い人だ。『恋人』と呼んでよいのならば、彼以外にはいない。だが、『誰にも代え難い』ということならば、今、あの家にいる者たち……ヤズーもカダージュも、ロッズもかけがえのない大切な家族だし、失うことなど考えられない。

 そしてセフィロス……もはや私には彼の居ない生活など、想像することさえ不可能な存在になってしまっている。彼が私にしてくれたことの数々……迷える魂を救ってくれたのは、やはりセフィロスだったのだと思う。

 ルクレツィアの息子のセフィロス……DG事件の後、私に言ってくれた言葉は、臆病な私に少しだけ生きる勇気を与えてくれた。弱虫で無能で劣等感の固まりのような私に、深い安堵を与えたのだ。

 クラウドは怒るかも知れないが、私はずっと……そう、この命尽き果てるまで、ずっとずっとあの家の者たちと共に過ごしたい。それを奪われることが何よりも怖いのだ。

 セフィロスがソファで寝そべっていて、ヴィンが彼の腹の上でくつろいで、クラウドと子供たちが中庭やサンルームで遊んでいて……ヤズーと私が他愛もない会話を楽しみつつ、キッチンで皆の食事の仕度をしている。

 ……こんな日常の風景がこんなにも愛おしく大切なものになっている。

 

 だが……そんな複雑な事情を、彼女に話すわけにはいかない。いや、どう話していいのかさえもわからない。また年若い女性の理解を得られるとも思えないのだ。

 私は背筋を冷たい汗が、ツ……と伝うのを感じた。

 どうしようどうしよう。

 まさか、コスタ・デル・ソルでの真っ昼間、ホテルの中でこのような窮地に立たされるとは……!

 私は、挑むような彼女の目に射られたように、視線をそらせることができなかった。

 

 と、そのときである。

 いきなり、重厚な木造の扉が開いたのは……

 

 

 

  ……バタン!

「ごめんあそばせェ」

  扉の音の後に、ややゆっくりとした物言いが続いた。

「ヴィンセント、遅くなってゴメンなさいねェ」

 その『女性』が登場したとき、すぐさま私にはそれが誰だかわかった。

 だがわかったからと言って、安心できるものではない。

 ……いったい何故?

 どうして……『彼』がここに……!?

 

「ヤ……ヤ……」

「失礼お嬢さん。ホントに申し訳ないわねェ。いきなり飛び込んでくるような真似をして」

「…………」

 彼女は目を見張り……だがあまりの展開に気持ちがついて行けないのだろう。

 大きなアーモンド型の目をきりりと見開いて、『ヤズー』を見つめていた。

 

 ……そう。

 彼はヤズーだ。

 どういう意図か、察しがつかぬわけではないが、まさかこんな突飛な行動に出るなんて……

 深みのあるワイン色のドレス……さすがに胸元の開いた物ではないが、上品な形のそれをしっとりと着込み、二の腕にはファーが軽やかに掛けられている。長い髪はゆるく結い上げてあって、白いうなじがまぶしいほどだ。

 ……ふだんから綺麗な人だとは思っていたが、こんな格好をされてしまうと、直視することさえもできないほどの美貌なのである。間違いなく、彼は私の味方として参上してくれたのだと理解していても、バクバクと高鳴る鼓動を押さえるのは至難の業であった。

 ……しかし……確かにヤズーは非常に中性的な雰囲気の人なのだが……ここまで違和感なく女性に変身するとは……

 ……ああ、いや、落ち着け。

 

 ヤズーが話をどう持っていくつもりなのかはわからなくとも、私があわてふためいていては対処しようもない。

 彼は私などより、ずっと洞察力があって、頭のよい人なのだ。

 ここでのなりゆきを、彼がどうして知ったのかに言及している余裕はないが、上手く彼に合わせれば、極力彼女を傷つけずにこの場を切り抜けられるかもしれない。

 私は心の中で何度も、「落ち着け落ち着け」と自らに言い聞かせ、ヤズーの出方を待ったのであった。

 

「ねェ、可愛らしいお嬢さん。これ以上、ヴィンセントを困らせないで欲しいの」

 そう切り出すと、ヤズーは流れるような所作で、彼女に前に歩み出た。ふんわりと香るの甘いトワレの……香水まで付けているのか。

「恋愛はね。独り相撲ではできなくてよ。ね?」

 彼は穏やかにそう語りかけた。  

 きかん気の強い妹を宥めるようなやさしい口調だ。

「…………」

「きっとヴィンセントも貴女が自分を好きだと言ってくださる……その気持ちは嬉しいんだと思うの。ね? ヴィンセント」

 いきなり話を振られ、私は阿呆のように動揺した。何度も自らに平静を促しているにも関わらずだ。

 それをごまかすように、せわしなくコクコクとくり返し頷いた。

「でもね、残念ながら、彼は貴女の気持ちには応えられないって言っているの。……わかるでしょう? 彼には私がいるのよ。うふふ」

 そういうと、彼はふわりと音もなく私のとなりに歩み寄い、そっと背に手を触れた。淡い笑みを浮かべ、小首を傾げて私の肩に頭を乗せる。

 カーッと頬が熱くなる。目の前が真っ赤になって、頭がクラクラと回ってしまう。

 クラウドに、今と似たような仕草をされても、甘えている様子を愛らしいとしか感じない。

 ……やはりヤズーはすごいのだと思う。

 私はせっかくの助け船に乗るべく、なにか気の利いたセリフがないかと必死に思考をめぐらせた。