〜 もう二度と恋なんてしない 〜
〜 FF7 〜
<36>
 クラウド・ストライフ
 

 

 だが、俺たちがそうして相対していたのは、ほんのわずかの時間であったのだ。

 

 低いうなり声を上げ、感情の読めぬ瞳で俺たちを見つめる獣。

 だが、ヤツはビクンと身を震わせると、一度だけ高く咆吼した。それは、さきほどのムカデ野郎と戦っていたときのような、威嚇の嘶きではなかった。

 

「ヴ……ヴオォォォォォ……ッ!」

 

 直立し、ガクガクと巨躯を震わせる。

 そして次の瞬間、獣は前のめりによろけ、そのままその場に倒れ伏した。

 ズゥンと、重量のあるものが、床に打ち付けられる音が響く。

 

「……ク、クラウド……? どうしたんだろう。ムカデにやられたのかな?」

「いや、さっきの闘いは一方的だった。急所を炎で焼かれて、ムカデのヤツはすぐに再起不能になっただろ」

 俺はやはり前を見たまま、そう答えた。俺たちに飛びかかってきたムカデを、あの角の獣が止めたのだ。即座に急所である頭部の触手を引き裂き、吐き出した炎でトドメを刺した。

 さんざん手こずらされた俺としては情けないが、その間、ものの三十秒程度だったのだ。ムカデはいっさい反撃する間を与えられなかった。

「……だよね? だったら、どうして……?」

「ティファはそこに居ろ」

 彼女の問いには答えず、俺は武器を手にしたまま、伏した獣のほうへ歩き出した。

 火がくすぶっているせいで、煙がひどい。

 地に伏した獣の姿は、すでに俺の視界からは消えていたのだ。

「クラウド!? 危ないわよ!」

 背後からティファの声が飛んでくる。

「いいから、ティファはそこから動くな!」

 ドクンドクンと心臓が波打つ。

 角の獣の倒れた場所に近づくにつれ、ほとんど予感めいた奇妙な感覚が俺を取り巻いていた。

 ヴィンセントの姿が全く見えなくなったこと、そして俺たちを守ったあの獣。

 後から考えると、なぜそう感じたのかはわからない。ヴィンセントと角の獣になど、まったく相似点はなかったのだから。

「いいな、来るなよ、ティファ!」

 しつこいくらいに念押しをして、俺はふたたび歩き出した。

 それまでより、ずっと速いペースで。

 きっとこのときには、直感が確信に変わっていたのだと思う。

 そして、次の瞬間、俺は自身の想像が、現実のものだと知った。

 

 

 

 

 

 

「ヴィンセント…… ヴィンセント!」

 顔を横に向け、うつぶせの体勢で倒れた細い身体。

 その背に、俺を庇って負った傷はなかった。マントのかぎ裂きや、炎でこげた後などは、しっかり残ってはいるものの、身体的な傷はほとんど消えていたのだ。

「ヴィンセント! しっかり!」

 仰向けに抱え上げ、繰り返し声を掛けるが、ヴィンセントは双眸を綴じ合わせたままだ。

「ヴィンセント、目を開けてくれ! 頼むから……!」

 こんなときだが、いかに彼が戦闘に向かない華奢な体躯をしているのかと感じる。マントごと抱きしめると、その隙間から空気が逃げ、女の人のように軽い感触が残るだけだ。

「ヴィンセント、ヴィンセント!」

 できれば、ティファに水でも汲んできて欲しいところであったが、今は側に来て欲しくない。

 ヴィンセントはこれまで自分のことを、ほとんど語ることがなかった。

 きっと、この事態が関係しているのだろう。通常リミットブレイクといえば、特殊攻撃の発動を意味する。

 めったに繰り出せない渾身の一撃を、そのときばかりは、すべての力を込めて繰り出すことができるのだ。強敵相手には必須ともいえる攻撃技だ。

 だが、さきほどの姿が、ヴィンセントのブレイクした結果だとしたら……?

 ムカデの化け物と闘っている間、俺もヴィンセントも何度か敵の攻撃を喰らっている。

 リミットゲージが溜まっていてもおかしくはない。

 

「う……」

 腕の中の彼が、微かに身じろぎした。

「う……ん……?」

「ヴィンセント、しっかり!」

 状況がどうであれ、冷たくなりかけていた彼の身体に、体温が戻ってきたのが嬉しかった。

「ヴィンセント! ヴィンセントッ!」

「あ…… ク、クラウド…… わたし……は……」

「よかった、ヴィンセント。気がついたんだな!? いい、いい! 動くなって。俺が背負っていくから」

 立ち上がろうとする彼を押しとどめて、その腕を肩に回そうと引きよせた。

 だが、彼は弱々しい抵抗を示した。それまでは身を預けてくれたのに。

「ヴィンセント? 無理するなよ。背中に乗って、ほら!」

「…………」

「どうしたんだよ? 火が回ってくると危ない。早くここからでなきゃ!」

 紅い炎が燃え立っているわけではないが、熾火のようにくすぶっている場所がある。

 ここは建物の中だから、一酸化炭素中毒も心配だ。

「ヴィンセント、急いで! 傷の手当てもしなくちゃダメだろ」

 尚も急かす俺に、彼は虚ろな眼差しを向けた。