〜 もう二度と恋なんてしない 〜
〜 FF7 〜
<37>
第一部 最終回
 クラウド・ストライフ
 

 

 

……見た……のだろう?」

 聞き取りにくい、擦れた声で彼がつぶやいた。地声も低くておとなしやかなヴィンセントだから、それはほとんど独り言にしか聞こえなかった。

「何いってんだよ。早く!」

「見ただろう……クラウド。おぞましい私の姿を……」

「ヴィンセント……」

「……見られたく……なかった。私は……私は……」

 ガントレットをつけていないほうの手で、嗚咽を堪えるように口元を押さえた。薄い背がガタガタと震え出す。

「ヴィンセント。俺は……」 

 震える身体を宥めようと手を伸ばしても、怯えた表情で後ずさりされてしまう。

「ヴィンセント!」

「見られたくなかった……! あんな醜い姿など!」

 

「ちょっと、クラウド! 何してるのよ! 早くここから出なきゃ! ヴィンセントは? 居たの?」

 ティファの立ち位置からは、こちらが完全に死角になっているのだろう。彼女は不安げに声を上げた。

「いいからッ! 後からすぐに出るから、ティファは先に行ってろ!」

 舌打ちしたい気分で俺はそう返した。

「……で、でもクラウド! ここ、まだ火種が燻ってるよ? もし、万一……」

「だから! アンタは先に行って、怪我人を誘導してここから引き離してくれ! それから他の連中にも、セフィロス・コピーのことを伝えて」

「でも、私、あなたを残して……」

「いいんだったら! 俺はヴィンセントと一緒に必ず戻るから! 今はとにかく言うとおりにしてくれ!」

 ほとんど怒鳴りつけるような勢いで、ティファにそう頼んだ。

 傍らでうずくまっていたヴィンセントも、俺の剣幕に気圧されたのか、おずおずと顔を上げ、こちらを見た。

「ク、クラウド……?」

「ティファにあれこれ訊かれるの、嫌だろ」

「クラウド…… 私は……」

 彼の言葉に覆い被せるように、俺は口を開いた。

「俺は何とも思ってないから。ヴィンセントがどんな姿になったって、それにどんな事情があったとしても、全然かまわない」

「……クラウド……」

「ヴィンセントのこと、大好きなんだ」

「な、なにを……」

 告白めいた場違いなセリフに、彼は先ほどまで以上に、おどおどと困惑した素振りを見せた。

「……ヴィンセントと居る時間が楽しいんだ。長い間、ずっと感じたことのない感覚だった。この気持ちが何なのかはよくわからないけど、アンタを失いたくない。アンタに嫌われたくないんだ」 

「……何を……おまえは…… 嫌われるなどと……それは……」

 ワイン色の瞳が潤み、ぽろりと涙がこぼれた。濃い紅色の瞳から流れ落ちる涙は、まるでそこから血を溢れさせているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

「私がおまえを不快に思うことなど……あるはずがない。……私は……私が……」

「ああ、よかった! それならいいんだよ。何の問題もないな!」

「そうではないだろう、クラウドッ……!」

 ヴィンセントが声を上げた。

 『叫んだ』というには、あまりにも掠れていて、小さな声だった。

「クラウド……! ゲホッゴホッ」

「ああ、ほら、急に動いちゃダメだよ、ヴィンセント! これまですごく無理してるんだし、怪我だってしてるんだから……!」

 そう言いながら、俺を庇ってくれたときに負傷した背中に手を回した。今度はヴィンセントも避けるような素振りは見せなかった。

「背中の怪我……」

「……大丈夫だ。ほとんど治っている」

 ヴィンセントが独り言のように応えた。

「う、うそッ! もろに打撃を受けてはじき飛ばされたのに……! 出血だって……」

 彼の背中に触れた手の平に、血痕の一つも付着していないことに気づいた。

「ヴィンセント、これって……!?」

「リミットブレイクして、異形の姿に変化すれば、大抵の傷はふさがる……」

 呆然として、白く整った顔を見つめた。俺の驚いた面持ちに傷ついたのか、ヴィンセントは目線を反らせて言葉を続けた。

「……私はこの姿で、もう六十年近く生きている……」

 俺は声を上げるのを、寸でのところで踏みとどまった。色白で美しいヴィンセントは、年齢不詳の人ではあったけれど、到底六十才などという年齢とは、ほど遠い外見をしているからだ。

「……一度、死にかけたこの肉体を、神羅の宝条が改造した。私の中には化け物が棲んでいるのだ」

「じゃあ……あのリミットブレイクは……」

「そう。……ブレイクすると、私の自我は消え、内なる悪魔が目を覚ます。すべてを破壊し尽くす悪魔がな……」

「ヴィンセント……」

 ミノタウロスを思わせる角を持ったモンスター……

 ……俺の想像どおり、やはりあれはヴィンセントであったのだ。

 ムカデの化け物に、重傷を負わされ、その瞬間、リミットゲージが爆発した。彼の言葉を借りて言うのなら、ブレイクによって『内なる悪魔が目を覚まし』、ヴィンセントの自我が一時的に消滅したということだ。

「これでわかっただろう、クラウド。せめてセフィロスと会うまではと思っていたが、やはりおまえたちと同行することはできなそうだ……」

「ヴィンセント!?」

「私のリミットブレイクは危険なのだ。自我を保てないということは、あの姿の私は、何をしでかすかわからない。……古代種の寝殿には、私も赴く。だが、一緒には行けない」

 ヴィンセントはそれだけいうと、口を噤んだ。感情の光を失った瞳、がくりと落とした肩…… 彼はその六十年の間に、いったいどれほどの絶望と対峙してきたのだろう。

「嫌だ。……俺はヴィンセントと一緒がいい」

「何を……見ただろう、クラウド? いつ、おまえたちまで巻き添えになるか……」

「今はならなかった。それにヴィンセントは、俺とティファをムカデ野郎から守ってくれた」

 力を込めてそう言った。後でティファに確認されてもかまわない。事実なのだから。

「まさか……偶然だろう。私はまるで意識がないのだから」

「偶然じゃないよ。あのとき、吹き飛ばされたヴィンセントのこと探してて、俺もティファもピンチだったんだ。でも、炎を吐く猛獣が俺たちを守ってくれた」

「ああ、ビースト……」

 ブレイクしたその姿に名があるのか、ヴィンセントが小さくつぶやいた。

「すごかったよ。ものすごく強いんだ。あれだけ手こずらされた相手だったのに、急所に炎を浴びせて……ものの三十秒だよ」

「…………」

「怪我をした女の人たちも無事に、小屋の外に運び出せたし、他の怪我人も、みんな安全な場所に誘導済みだ。……ヴィンセントのおかげだよ。ありがとう!」

 そう言って頭を下げた俺を、彼は不思議なものでも見るような眼差しで見つめた。

「……おまえは、私が恐ろしくはないのか?」

「全然!」

 俺は即答する。

「この姿のままで六十年……この身体には悪魔が潜んでいるのだぞ?」

「だから、何? ヴィンセントはヴィンセントだ。俺の知っているヴィンセントは、穏やかでやさしくて……あんまりしゃべってくれなくて、フフ。でも、闘いとなるとすごく強い。誰かのために身体を張れる、男の中の男だ!」

「クラウド……」

「さっきも、言っただろう。俺、ヴィンセントのことが好きだ。大好きなんだよ。だから、もう自身のことを悪くいうのはやめてくれ。俺と……ずっと一緒に居て」

「…………」

 ヴィンセントの双眸から、ぼろぼろと惜しげなく涙がこぼれる。

 その涙が、彼にとってどういうものなのか、なんとなくわかるような気がする。何故って、俺自身が、ヴィンセントの前で、涙が止まらなくなったことがあったから。

 セフィロスとの過去の話……これまでずっと心の奥底に凍り付いていた固まりが融解するとき、きっとそれは涙になって、流れ落ちるのだと思う。

 

 後から後からこぼれ出る美しい水の粒が、すごくもったいないような気がしてくる。

 本当は頬に触れてみたいのだが、さすがにそれは馴れ馴れしいだろう。

 

 泣きやんでもらいたいのに、上手い言葉が見つからない俺は、想いのたけをこめて、細い身体を抱きしめた。

 早くこの場所から出なくちゃいけないのは、十分わかっていたけど、もうしばらくこのままで居たかったのだ……

 

 

                                                                 第一部 了