〜 もう二度と恋なんてしない 〜
〜 FF7 〜
<34>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 グワッシャッ!

 

 闘技場に備えられている座席部分が、するどい尾撃によって吹き飛んだ。

 尾……とはいっても、姿はムカデのような有様なのだ。どこからどこまでが『尾っぽ』なのかはわからないが、ヤツの攻撃モーションからは、まさしく尾撃という表現がぴったりだった。

 しっかりとボルトで固定されている椅子の部分が、ほんの一撃で破壊された。あんなものをまともに喰らったら、いくら俺たちでもひとたまりもない。

「クラウド、気をつけろ! 無理をするな!」

 頭部を狙うとなれば、俺の剣よりも、飛び道具を得意とするヴィンセントのほうに分がある。

 だから、二手に分かれ、俺が囮の役目を果たそうと考えた。

「大丈夫だ! ヴィンセントは気にしないでヤツの頭を……」

 

 ギシャアァァァァァァ!

 

 グワッと伸び上がってきた巨体を、寸でのところで横に躱した。

 牙もさることながら、夥しい足先の爪だとてバカにできない破壊力だ。

 俺が身を躱した場所にあった、木で作られたデスクには、ざっくりとその爪痕が残っているのだから。

 

「クソッ!」

 やられっぱなしで逃げ回るのも脳がない。

 頭部にはとどかないまでも、足の二三本は切り裂いてやる。弱らせればその分、ヴィンセントが狙いを定めるのも容易になるだろう。

 剣を肩の高さに構え、俺は跳躍した。

 

 シャァァァ!

 

 鋭い威嚇音を立てて、ムカデの化け物が半身をこちらに向ける。

 そう、俺たちの最大の利点は、敵がかなりの大きさであるということであった。

 闘技場という、限られたスペースの中ではどうしても小回りが利かない。こうしてヴィンセントと反対側にいる俺のほうへ向かってくるためには、尾を振り回し、身を反転させるしかない。

 

「オオォォォォーッ!」

 渾身の力でヤツの腹に剣を突き立てる。

 最初のヴィンセントの弾丸ははじき返されたが、今度は刃を立てた場所がよかったのだろう。深傷とはいえまいが、ズブリと抉り込んだ手応えが伝わり、俺は突き立てたまま力一杯、上方に向かって剣を引き上げた。

 

 ギシャ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!

 

 先ほどまでとは異なる悲痛な叫びが、巨体からこぼれ落ちた。

 片膝を着いて着地し、思わず、よしっ!とばかりに拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 ギシャアァァァァァァ! シャオォォォォ!

 

 ムカデの禍々しい金色の瞳に、どす黒い怒りの炎が燃える。

 会心の一撃のつもりではあったが、ヤツにとっては腹の一部を裂かれたことへの、驚きと痛み……そして、憎しみであったのだろう。

 

 ギシャアァァァァァァ!

 

 と、大きく咆吼すると、カッと牙を剥いて俺に襲いかかってくる。

「まともに喰らうかよ!」

 壊れかけた観客席が、今度こそ跡形もなく粉砕された。そこには背もたれを固定する金具だけが、まるで折れた骨のように無惨に突き出ているだけだ。

 

 だが、これまでの戦闘でヤツも学んだのだろう。

 俺が横飛びに逃げた場所に、グアッと大口を開けて突っ込んできた。

 牙を剥き出しに噛み砕くつもりなのだろうと、俺は読んだ。これまでの攻撃パターンを踏襲するのだと。

 だが、大きく開かれた口から飛び出したのは牙ではなく、おぞましい臭気を放つヤツの体液……毒液であった。

 これで獲物を弱らせ、喰らいやすくしてきたのだろう。

 

 俺は一瞬、躊躇した。

 剣で牙を受けようと思っていたところに、液体をぶっかけられたのだから。

 

 それでもなんとか飛び込みの要領で、打ち壊されたがらくたの影に逃げ込もうと地を蹴った。浴びてしまったら、どんなことになるのか想像もつかない。

 だが、ヤツはそれを待っていたのだ。

 俺がいつでも反撃に転じられる姿勢ではなく、ギリギリの状況で危地を回避する機会を。

 

「クラウド、危ないッ!」

 俺は声すらも出せなかった。

 ヤツは、即座に半身を翻し、無防備な状態のこちらに尾撃を叩き込んできたのだ。

 大木のような太さがありながら、鉄の鞭のごとくそれは勢いをつけてしなった。

 ビュンと風を切る音が耳に響いた。

 

 ……やられる……!

 

 神には祈らなかった。

 ただ、間近に迫った巨大な死を予感していただけだった。

 

 だが、いつまで経ってもその瞬間は訪れなかった。痛みも襲ってくることはない。

 

 俺はスローモーションの映像を眺めているように、悪夢のごとき惨劇を見ていたのだ。

 座り込んだ姿勢のまま、動くことすらできない俺の膝先に、ヴィンセントが倒れ込んできた。

 彼が俺を庇い、もろに背に、ヤツの尾撃を喰らったのを見た。

 ヴィンセントの細身が、その衝撃にのけぞり、口腔から血を吐き出した様を。

 それは明らかに、ムカデ野郎の攻撃が、ヴィンセントの内臓にまでダメージを与え、彼を内部から壊したのだと知れた。

 

「あ……あ……」

 言葉にならない声が漏れる。

「あ……あぁ…… ヴィ……」

 舌が干上がって、口の上に張り付いている。

 俯いて転がり、微動だにしないその姿は、すでに命のないもののようにも見えた。

「な、なんで……」

 その肩に触れ、抱き上げようとするが、項垂れたままの顎が上がることはなかった。

「なんで……だよ。どうして……こんな……」

 そうつぶやく視界がぼやけてきた。

「こんな……こと…… ヴィンセント……!」

 泣いている場合ではない。ヴィンセントの状態は正確にはわからない。まだ身体は温かいではないか!

 どこか安全な場所に…… いや、その前に、眼前の敵だ。

 ヤツは傷を負っているとはいうものの、まだ生きている。こいつが襲ってくるかぎり、安全な場所なんてありはしないのだ。

 

 注意深く剣を取り上げつつ、ヴィンセントの身体をせめて物陰に動かそうと力を込めた。

 ぐったりとした彼の肉体に、不可思議な鼓動と熱を感じたのは、その時であった。

 ムカデの化け物も、尋常ならざる空気に、気圧されたふうに、ずるりと身を翻した。

 

 ドクンドクン……ドクンドクン……

 

 ヴィンセントの身体が、心音に合わせて、ビクンビクンと震え出す。

 さきほどまでは、呼吸さえ止まってしまっていたのに。

 

「ヴィン……セント? ヴィンセント?」

 驚きと歓びと……そして、言葉にしがたい違和感に襲われながら、俺はふたたび彼を抱き上げようと腕を伸ばした。

 

 その瞬間。

 手の平を焼かれるような、熱い衝撃にはじき飛ばされた。

 

「ヴィ……ヴィンセン……」

 

 グオォォォォォ〜ッ!

 

 地響きのする咆吼は、化け物ムカデのものであろうはずがない。

 

 ヴィンセントが倒れていた場所に、今、彼の姿はなかった。

 

 そこに、巨躯を伸び上がらせているのは、ミノタウロスのような角を持った獣だ。

 大蛇ともいうべきムカデの全長には及ばないが、三メートル以上はゆうにある怪物であった。

 真っ赤に燃えさかる両の眼、剛とした棘のような体毛……

 

 そいつが天に向かって炎を吐き出し、激しく吠え立てた。