〜 もう二度と恋なんてしない 〜
〜 FF7 〜
<25>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

「あのよォ……何もわざわざホラーハウスに泊まる必要はないんじゃねーのか」

 憮然とした表情でバレットがつぶやいた。

「……だよな。フツーのホテルよりもむしろ高く付くしね」

 と俺も同調する。

 

 ホテルエリアは、ゴールドソーサーの名に恥じぬほどに広い。だが、通常のホテルの大半は、中心地の喧噪よりもやや離れた場所に建っており、重厚で落ち着いた雰囲気をかもしだしている。

 ホラーハウスは、その中で異彩を放つホテルなのだ。

 唯一、ゴールドソーサーの中心部に建っており、一種のアトラクションとも化しているホテルなのである。

 必然的に収容人数は限られるが、物好きには好評らしい。

 かく言う俺も、実は一度だけ泊まったことがある。

 

 受付に足を向けると、天井から真っ逆さまに首つり人形が落ちてくる。

 チェックインをしてくれるのは、暗闇から包帯をぐるぐるに巻き付けたミイラ男とおぼしき輩の右手だけで姿は見えない。一方の腕だけというのが、ことさらに不気味な感じがするのだ。

 言い忘れたがエントランスは古城の入り口の態をしており、薄ぼんやりとしたオレンジ色の灯火が、さらに恐怖を呼び起こす。

 『ホラーハウス』なので、部屋は全て個室である。以前来たときは、夜中にこっそりセフィロスの部屋にお邪魔させてもらった。彼は喜んで招き入れてくれたけど、このお化け屋敷を選んだ、ジェネシスとザックスをひどく恨んだものだ。

 

「えぇ〜! せっかく来たんだから、ホラーハウスがいい! ここなら他のエリアへの遠征も楽チンだしさ!」

 ユフィの駄々こねの叫びで、俺はまたもやハッと意識を戻した。過去回想している場合ではないのだ。

「……また、わがままかよ、ユフィ」

 バレットに背負われている彼女を、じろりと睨んでやった。

「うーん、私たちはどっちでもいいけど。ねぇ、ティファ?」

「うん。それより、早く決めて、リーダー。お風呂入って、髪洗いたい」

 女性二人はどちらでもかまわないらしい。早々に入浴して、身を清め、傷の手当てを済ませたいのは俺も同感だ。たいした傷ではないが、こめかみの切り傷は湖の水で洗っただけだったし、肩口と背中に鈍い痛みを感じるから、おそらくアザになっているのだろう。

「フツーのホテルまで距離があるじゃん! もう、歩くの面倒だしィ!」

「ユフィはおんぶしてもらってるだろ!」

 キツイ口調で言い返した後、また女性優先のヴィンセントに叱られるかと思ったが、彼は何故かソワソワとしていて、心ここにあらずに見える。

 空はすっかり夜の帷が降りていて、大きな花火がこの上なく映えている。

「ヴィンセント? な、ヴィンセントはどう思う?」

「…………」

「ねぇ、ヴィンセント?」

 二度ほど声を掛けると、彼は少し慌てた様子で、俺を振り返った。めったに感情をあらわにしないから、そんな仕草でさえ新鮮だ。

「あ、ああ、失敬……つい……」

「ううん。今さ、泊まるホテルのことでちょっとモメたんだ。そこにホラーハウスってあるだろ。あれ、いわゆるアトラクションホテルなんだ。もちろん、フツーのホテルも少し歩いたところにあるけど、ヴィンセント、どっちに泊まりたい?」

 俺は率直にそう訊ねた。正直、彼の答えは、『皆の良いほうに』で終わりかと考えていた。

 しかし、彼はわずかな逡巡の後、

「その……このような状況とはいえ、せっかく足を運んだのだから、めずらしい方へ泊まってみてはどうだろうか?」

 と、提案してきた。これはかなり意外性のある発言だ。

「ほぅら! アンタのお気に入りのヴィンセントもユフィちゃんの味方だよ! ホラーハウスへ泊まろうよ! 決定〜!」

 一挙に力を得たのごとく、ユフィが畳みかけるように言った。

「ヴィンセント、本当にいいのか? 子供だましのアトラクションだぞ? 落ち着かなくはないか?」

 まさしく子供時代に、思い切り怖がらされた俺は、再度、彼に確認する。もちろん、昔の思い出については、指一本触れはせずに。

「いや……個室というのも、たまにはよいのではないか。子供だましなら怖くて眠れないなどということもなさそうだしな」

「……やれやれ、オッケー。ヴィンセントがそういうなら、ホラーハウスに泊まろう。普通のホテルまで歩くのも面倒だしな」

「……ありがとう、クラウド」

 そうヴィンセントに礼を言われて、俺はブンブンとわざとらしいほどに、手を振ってみせた。

「礼を言われるようなことじゃないだろ。俺はどこでもかまわないんだから」

「あ、ああ。……楽しみだ」

「へ?」

 言葉の意味がわからなくて、となりに並ぶ長身の人を見上げる。

 ほとんど表情のない白い顔が、どことなく楽しげに浮き立っているように感じるのは気のせいなのだろうか。

 ヴィンセントは、こういった子供じみたアトラクションは嫌いだと思っていたのだが……

 

 

 

 

 

 

 樫の木作りの重厚な扉の前に立つと、それはギィィィと不協和音を上げて開いた。

 この辺りのシステムは近代的なのだ。

 女性陣が面白がって先に入り、続いてユフィを背負っているバレット、その後に俺とヴィンセントが続いた。

 ここに泊まると勝手に決めても、部屋が空いていなければ仕方がない。

 用心深く受付に足を運ぶと、カターンと派手な音を立てて、お約束の首つり人形が落ちてきた。

 エアリスとティファが抱き合って、

『キャーッ!』

 と、高い声を上げる。

 バレットも驚きはしたのだろうが、さすがに声は上げない。ユフィに、もっと側に近づけと急かされているのが可笑しいのだが。

 一度、訪れたことがある俺は、余裕綽々のふりをした。

「子供だましだよなァ、ヴィンセント? こんなとこより、ニブルヘイムの新羅屋敷のほうがよっぽど怖いって!」

 そういって、となりにいるはずの彼を見上げたのだが、細身の長身はそこにはなかった。

 なんと彼は、こちらの背後に隠れて、しっかりと俺の袖口を握っていたのだ。

「あの……ヴィン……セント?」

「す、すまない……実は、こういった類のものは苦手で……」

 俺の呆れ方があまりにあからさまだったせいだろう。ヴィンセントは、慌てて言葉をつけたした。

「あ、あの……神羅屋敷のような場所は何ともないのだが、いきなり驚かされると……その……」

「あ、ああ。ま、まぁ、そうかもね。うん、いきなりだとびっくりするよね」

 雪のような頬を上気させている様が気の毒で、慌ててそう取りなしてやった。

「だったら、なにもホラーハウスを選ばなくてもいいのに。今からでもフツーのホテルに行く?」

「い、いや、大丈夫だ。……もう何ともない。クラウドは冷静だな……」

 そう訊ねられて、俺は力一杯頷いてみせた。

「俺は平気! 最初からアトラクションのひとつなんだと思っておけば、むしろ楽しめるよ」

「そ、そうか……おまえは強いのだな」

 その言葉に、俺は一挙にテンションが上がった。これまでずっと面倒掛け通しだったが、今こそ力強く立ち上がるべき時なのだ。

 思えば、飛行機事故でゴールドソーサーに来ることになったのも、何かの導きなのかもしれない。

 俺はそんなことまで都合良く考えた。

「ヴィンセント、ホラーハウスは全室個室なんだよ? さすがに個々の部屋に仕掛けなんかはないだろうけど、相当不気味に作られてるんじゃないかな」

「そ、そうだろうか……?」

「ま、いいか。隣同士の部屋にしようよ。気分が悪くなったら俺のところに来ればいいだろ?」

 女性陣の冷たい目線もなんのその、俺はこの上なく紳士的にヴィンセントに申し出た。

「そ、そんな迷惑は……」

「全然、迷惑なんかじゃないよ。眠れなかったらふたりでしゃべってればいいだろ? アンタと話するの、すごく楽しいし、落ち着く」

「……そんな風に言われたのは初めてだ」

「へぇ、周りの連中に見る目がなかったんだね」

「ク、クラウド……」

「あー、ハイハイ、おふたりさん。チェックインは済ませたから、部屋へ行こうよ。いつまでもロビーで何見つめ合ってんだっての!」

 ユフィの無遠慮な声が、またもやよい雰囲気をブチ壊してくれた。

 やれやれと両手をひょいと挙げてみせると、ヴィンセントはようやく笑ってくれた。