〜 もう二度と恋なんてしない 〜
〜 FF7 〜
<26>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

「見晴らしのいい最上階……はいいけどさ。いくら雰囲気重視とはいえ、エレベーターくらいつけてくれてもよくない?」

 ティファが、階段の途中で深く吐息した。さすがにタフな彼女も大分参っているようだ。

 休息のとれる場所に到着したせいだろうか。小さな傷がジクジクと痛んできた。

 夜とはいえ大分早い時間だが、湯に浸かって傷口の手当てをしたら、そのまま眠ってしまいそうだった。

 ようやく最上階……とはいっても、五階だが……に到着すると、端から順に適当に部屋割りをしてしまう。人数分借りたわけだから、どこをだれが使おうと勝手だ。

 俺は一番端の部屋を選び、そのとなりを使うよう、ヴィンセントに促した。

 

「それじゃ、みんな、今日はここまでな。フリーチケットはあるけど、あんまり遊び歩くなよ」

 俺は、一応、リーダーらしいセリフを口にしてから、解散させた。

「ヴィンセント、大丈夫?」

 俺は自分の割り当ての部屋に入る前に、彼に声を掛けた。

「あ、ああ、たぶん……」

「じゃ、部屋の中まで一緒に入ろっか?」

「そんな……子供ではないのだし……」

「ヴィンセントは、子供だましなほうが怖いんだろ? 神羅屋敷は平気なのにね」 

 そういってからかってやると、彼はフッと小さく笑った。

「そうだな。どうも……私は唐突な出来事に対処する能力が低いようだ。では、部屋を一緒に確認してくれるか、クラウド」

「うん、もちろん!」

 俺はヴィンセントの前に立って、部屋の中を探った。

 

 

 

 

 

 

 チャポンと浴槽で湯が跳ね返る。

 肩までしっかり浸かり、骨の髄まで温かな湯が染み渡る感覚に、

「あ〜……生き返る……」

 と、思わずつぶやいた。

 各室に備え付けのバスルームは、決して広いとは言えないが、泥まみれの疲労しきった身体には、まるで天国のような心地だ。

 きっと今頃、他の皆ものんびり湯に浸かっているだろう。

 ホラーハウスといえど、さすがに個々の居室はそれほど悪趣味な作りではなく、ゴシック調といったレベルであった。

 バスルームは当然近代化されたものであり、狭いながらも良い香りのする湯船で体温が戻ってくると、ひどく眠気がしてくる。

「あー、ダメダメ…… みんなには傷の手当てしろって言ったんだから……俺も……ちゃんとやらなきゃ……」

 コクコクと船を漕ぎそうになり、いい加減に上がることにした。ニブルヘイムの宿屋では、湯あたりした嫌な思い出がある。

 

 ごしごしと乱暴に髪を拭き、バスローブを引っかけたところで、部屋のドアが小さな音を立てた。

「だれだ? 俺、今、風呂から上がったところなんだけど……」

 髪を拭いながらそう応じると、小さくて聞き取りにくい声が返事をした。

「ああ……すまない。ヴィンセントだ。救急箱を持ってきた」

「あ、ヴィンセント?」

 俺はタオルを放り出し、慌てて扉を開けに行った。

 ヴィンセントはすでに湯浴みを済ませたらしく、コットンシャツとパンツというラフな格好になっていた。

「ユフィの怪我を診てきた。……やはり捻挫だな。処置が早かったから二、三日でよくなるだろう」

「そっか、よかった! さ、入って、ヴィンセント」

「……怪我の手当をしに来た。こめかみの裂傷と、背中……肩胛骨の下を強く打っていたな」

「風呂入ったら、血止まったみたいだし、背中もそんなに痛くないよ?」

 実際、顔の怪我はたいして深くもない切り傷だったし、背中も触ると痛いけど、普通にしている分にはどうということもなかった。

「小さな傷と侮ってはいけない。そこに座って……」

 こういうときのヴィンセントには抗わないことにしている。

 俺はおとなしく椅子に腰を下ろし、顔を上げた。

「ふむ……風呂できちんと洗ったようだな。血は止まっているが、雑菌が入らぬよう押さえておこう」

 そういうと、こめかみには小さな絆創膏を貼り、背中や肩の打ち身には冷湿布を宛ててくれた。ガーゼでしっかりと保護し、やや大げさにも包帯を巻きつける。

「これでいい…… 明日には大分よくなっているだろう」

「ありがとう、ヴィンセント。アンタのほうは?」

「たいした怪我はない。一応、手当は済ませたから案ずるな。……では」

 目的はあくまでも俺の怪我の手当ということなのだろう。

 彼は当初の用事を済ませると、さっさと部屋から出て行こうとした。

「あ、ちょっ……ちょっと待ってよ、ヴィンセント! 食事した? アンタ、今朝もほとんど食べてなかっただろう? 休む前にきちんとメシ食うんだぞ!」

「…………」

「ええと、ほら、ゴールドソーサーなんて、至る所に出店は出ているし、レストランもたくさんあったじゃんか。ちゃんと腹に物を入れないと……」

「今日は……あまりにいろいろなことあったからな。食欲は……」

 申し訳なさそうにボソボソとつぶやくが、ただでさえ食の細いヴィンセントなのである。

 ゴールドソーサーを出たら、今度こそ未開の地、ミディールにある古代種の寝殿に行かなければならない。

「ダメだって! 数日はここに滞在するかもしれないけど、その後はミディール行きだぞ? 体力着けておかないと……」

「あ、ああ……」

「ほら、俺も付き合うから。ヴィンセントの食べたいものでいいしさ」

「でも……」

「俺、生野菜の苦いヤツ以外は食えるからね。大丈夫!」

 そこまでいわれてはさすがに致し方がないと思ったのか、ヴィンセントは苦笑いすると、素直に頷いてくれたのだった。

 せっかくふたりきりで食事に行くのだ。

 ただメシだけ済ませて帰る必要もないだろう。ヴィンセントが疲れていそうならば、のんびりと夜の庭園を歩きつつ、戻るだけでも立派なデートだ。

 

 ……デート……?

 何を浮き立っているのか、俺は。そんな言葉、神羅にいた頃口にしたきりだ。

 ヴィンセントは他の誰とも違う……不思議な人で、するりと俺の心の中に居着いてしまった。

 しかし、だからといって、セフィロスのときのような……そんな気持ちをふたたび抱けるとは思えない。

 俺は……

 俺は…… まさか……本当に……?

 

「……クラウド? どうしたのだ?」

 階段の途中で突っ立ってしまった俺を、不思議そうにヴィンセントが見上げた。

 ああ、二、三段、立ち位置が異なると、彼のほうから俺を『見上げる』ようになるのか……

 

 とりとめのない思いは、今はひとまず横に置いておこう。

 今しなければならないことをしよう。

 ゴールドソーサーで、傷を治し体力を回復させたら、次はいよいよ古代種の寝殿なのだ。

 おそらくセフィロスのいる可能性の高いであろう……

 

「さ、行こう、ヴィンセント。アンタのことだから、ヘルシー食がいいんだろ」

 そういって、俺は、ヴィンセントを追い抜いて歩き出した。