〜 もう二度と恋なんてしない 〜
〜 FF7 〜
<22>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

「クラウド! クラウド、しっかり!」

 ……まだ、目を開けたくなかった。

 幸い、吐き気は衝撃とともに、どこかに吹き飛んでくれたようだったが、ひどく疲れた気分になっていた。

 寒かったロケット村と違って、ここは暖かい。

 日だまりの中で微睡んでいるこの時間を、だれにも邪魔されたくなかったのだ。

「クラウドってばッ!」

 ゆっさゆっさと肩を揺さぶられて、俺は致し方なく目を開けることにした。身体を揺さぶられるのは、あの不快な乗り物の上だけで十分だ。

「……痛ッ」

 身体を持ち上げた瞬間、ビキッと衝撃が背を貫いた。

「クラウド、大丈夫? 勢いよく動いちゃダメよ」

 ぼんやりとした視界に映ったのは、黒髪の人物……ティファであった。

「う…… 痛てて…… ここは?」

 頭を押さえた俺に、ティファが絞ったタオルを差し出してくれた。ここは素直に受け取ることにする。

「……悪い。痛……ッ いや、折れてはいない。打ち身で済んだんなら不幸中の幸いだな」

「他に怪我はない? シドがかなり頑張ってくれたみたいだけど。ここ……コレル山の麓あたりかな。近くに湖があるのよ。水に突っ込まなくてよかったわ」

「……そうか。墜落じゃなくて不時着だもんな。墜落だったら打ち身で済むはずが…… ヴィンセント!」

 いきなり声を上げた俺を、ティファが怪訝そうな顔で見上げた。

「あ、いや、ヴィ……ヴィンセントとか、他のみんなは? 無事だったんだろう?」

「着陸の衝撃で、安全装置が働いたみたい。タイニーブロンコはあそこだけど……」

 ティファが指さした先には、哀れな姿になったプロペラ機が煙を吐いていた。

「バレットとシドは無事よ」

「いや、あいつらじゃなくて……! ヴィンセント!……と、他の女の人たちは?」

「…………」

 なんとなくティファの視線が冷たくなったが、一応彼女は冷静に答えてくれた。

「私も目が覚めたばかりだから……他のみんなのことはまだよくわからないわ」

「こうしちゃいられない! バレットとシドは無事だって言ってたよな? どこにいるんだ?」

「タイニーブロンコから、荷物を引き出しているわ。薬は必要だし……」

「そうか! ティファ、俺たちは他のみんなを探そう! セフィロスと会う前に、皆に万一のことがあれば、それこそ取り返しがつかない!」

「え、ええ……」

「じゃ、俺は湖の方に行くから、ティファはあっちへ!」

 俺は手早く割り振りをすると、それこそ勢いづいたまま踵を返した。

「クラウド、待って!」

 という、彼女の呼びかけに踏鞴を踏む形になる。

「なんだよ! 一刻も早く、全員見つけないと……!」

「血が出てる。……こめかみのところ。先に手当をしたほうがいいわ。ばい菌が入ったら……」

「いいって! 後で湖で洗うから!」

 つまらないことで呼び止めるなとばかりに、俺は駆けだした。もちろん、ティファの心遣いはありがたいことだと思っている。

 俺が乱暴な態度をとっても、彼女はやれやれといった態で流してくれる。まるで母親がきかん気の強い息子を見守るように。

 以前はそれほど気にならなかったが、何故かここ最近、苛つくことが多くなってしまった。

 

 

 

 

 

 

「ヴィンセント! ヴィンセントーッ! どこだーッ!」

 湖の外周を声を張り上げながら走った。

 夕暮れが近いせいか、うっそりとした木陰が俺を不安にさせる。湖の手前はコレル平原だが、奥の方は森へと続いているらしい。

「ヴィンセントーッ! エアリス! ユフィ! ナナキ!」

 俺の叫び声は、森の中へ吸い込まれ、ただ虚しく消えてゆくばかりだ。

「ヴィンセントーッ! どこだよ、返事してよ!」

 シンと静まりかえる湖……まさか、この中に……?

 平原側の水面は、エメラルドのように、淡く輝いていたのに、深さのあるこちら側はひどく暗い。サファイヤを通り越して、まるで黒曜石のようだ。

 暗い水面を眺めていると、まるでそこにパカリと大きな口が開いて、ヴィンセントたちを呑み込み、何事もないように沈黙しているような……まるで悪夢のごとき想像をしてしまう。

「ヴィンセントーッ! どこだよ〜ッ! 返事してくれーッ! ヴィンセント〜〜ッ!」

 俺は狂ったように、彼の名前を叫び続けた。

「ヴィンセントーッ! ヴィンセントーッ! ヴィンセント〜ッ!」

 ハァハァと弾む息を押さえ、喉が痛くなるのもかまわずに、立て続けに声を上げた。

 

 

 わずかな間隙の後のことだ。

 脱力しきった女の声が聞こえた。

「クラウド〜、ここ〜」

「……! ヴィンセント! ユフィ、エアリス……ナナキも……全員無事か!」

 俺を呼んだのは、ヴィンセントに背負われたユフィであった。

「う〜ん、擦り傷、打ち身は数え切れないけどね。あらら、クラウドも真っ黒!」

 俺の言葉にエアリスが苦笑いした。

「もう、クラウド、『ヴィンセント、ヴィンセント』って! アタシたちの名前の10倍は呼んでたッ!」

 当のヴィンセントに背負われつつ、ユフィが苦情を申し立てた。

「バ、バカ! 変なこと言うな! ただヴィンセントには迷惑掛け通しだっただろ! この上、ひどい怪我までするような目に遭わせたら……」

「……心配させてしまったようだな。ここまで来るのに、少々時間が掛かった。……お互い、大分汚れたな」

 静かな声でヴィンセントがつぶやいた。

 彼も打ち身擦り傷はあろうが、ひどい怪我を負ったようには見えない。

「いや、いいんだ。アンタが無事なら! 他のみんなは平原の方に集まってる」

「無事じゃない! アタシの右足〜!」

「暴れるなよ、ユフィ。いいから、そこから降りろ! 俺の背中に乗れ!」

 ユフィのためではなく、ヴィンセントの負担が気になって申し出る。

「クラウド、大丈夫だ……」

「いいんだってば! 俺、怪我してないし」

「あっそー、そりゃどうもっと!」

 偉そうにそう言うと、ユフィのヤツは勢いよく、俺の背中に乗り上げてきた。グエッと呻きがもれそうになる。

 エアリスには気づかれて、クスクスと笑われた。

 のんびりしてはいられない。ティファたちも心配しているだろうし、森の入り口であるこの場所は、夜のとばりが降りるのが早そうだ。

 俺は皆を元気づけ、わずかな休憩の後、歩き出すことにした。

 

「……他の皆の様子はどうだ……? 怪我人は……?」

 ユフィを背負った俺のとなりに、ヴィンセントが並んだ。

「ああ、大丈夫だ。多少の怪我はご愛敬だろ。シドとバレットが、タイニーブロンコから、医薬品を運び出してる」

「そうか……不幸中の幸いということだな」

 ヴィンセントがわずかに口角を持ち上げ、小さくささやいた。ほとんど表情の変わらない彼だから、たったそれだけでも微笑しているのだとわかる。

「そうだな、ツイているのかいないのか……」

「クラウドはツイてないよね。基本的に」

「うるさいな、放り出すぞ、ユフィ!」

 背中の大荷物との遣り取りに、後ろからついてくるエアリスとナナキが笑った。