〜 もう二度と恋なんてしない 〜
〜 FF7 〜
<12>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

「あ、あの、ヴィンセント。疲れただろう? よかったら先に風呂入りなよ」

 手持ちぶさたでウロウロとしながら、俺は彼に入浴をすすめた。

 俺の方から、半ば無理やり同室を希望したというのに、いざふたりきりになると、妙に落ち着かない気分になる。

「いや……私は後でいい。髪が長いから時間がかかる」

「あ、じゃあ、俺、洗ってあげようか!?」

 勢い込んで言ってしまった後、ヴィンセントの怪訝そうな眼差しに出逢い、心の底から後悔した。まだ裸の付き合いをするほど懇意ではないではないか。

「……私の事は気にしなくていい。おまえは自分で思っているよりも、大分疲れているはずだ。ゆっくりと身体を温めて早めに寝なさい」

 まるで母親に命じられるような口調で告げられるが、それがまったく不快に感じない。

 ティファあたりに、『〜しなさい』などと言われたら、すぐに反発してしまうのだが、むしろヴィンセント相手だと、なんだか嬉しくさえ感じるのだ。

 俺はいったいどうしてしまったんだろう。

 つい先ほど出逢ったばかりの得体の知れない人物相手に……

 そう考えた途端、悪気はなくとも『得体の知れない』などという自身に対して、憤りを感じているのだから、もはや末期症状だと思う。

 

「……クラウド・ストライフ? どうしたのだ、具合が悪いのか?」

 様々に思いを馳せていたせいか、俺はタオルを握りしめたまま、その場に突っ立っていたらしい。                                 

「あ、ち、違う。ちょっと考え事してて……」

「考え事……? ならば尚のこと、風呂に入ってゆっくりしたまえ。私の事は気にしなくていいから」

「……わかったよ。先に入らせてもらう」

 そう言って浴室の扉を開けながら、俺はヴィンセントに念押しをした。

「……先に入るけど、ヴィンセント、どっか行ったりしないでくれよ? ちゃんとここに居ろよ?」

 我ながら滑稽であると自覚していたが、どうしても確認しておきたかったのだ。風呂に入っているわずかな間とはいえ、己の視界から彼が消えるのが不安でならなかった。

 案の定、彼は切れ長の双眸をわずかに瞠って、小さな笑みを浮かべた。バカにした笑いではなかったけど、少しばかり恥ずかしくなる。

「しつこいかもしれないけど……気になるから」

「……わかっている」

「あ、あの……絶対だぞ!? シドたちの部屋に行ったりもしないでよ!? あいつら酔っぱらいなんだから!」

「……わかった」

「俺、すぐ出るから。ちゃんとこの部屋に……」

「……同行すると約束したのだから……安心してゆっくり温まりなさい」

 そこまで言われて、俺はようやく顔を引っ込めた。

 脱衣場で服を脱いでいる間に、カッカッと頬が火照ってくる。

 ……俺はいったい何をしているんだろう。

 どうしてこんなにも出逢ったばかりの人にこだわっているのだろう。

 うっすらと、何らかの予感をこの身に感じるが、今はまだ気付かないふりでやり過ごすことにした。

 

 

 

 

 

 

「ヴィンセント、ヴィンセント! ごめん、お待たせ!」

 腰にタオルを巻き付けたまま、俺はドタバタと浴室から出た。

 彼は約束通り部屋に居てくれた。ごくあたりまえのことなのに、俺は安堵で顔がほころぶのを感じた。

「……きちんと湯に浸かったのか? ずいぶんと早いが」

「うん。基本シャワーだけど」

 乱暴に髪を拭きながら俺はそう応えた。

「シャワーでは肉体の疲労は取れない。今後はきちんと湯に浸かるように。……それから……」

 音も立てずに椅子から立ち上がると、彼は俺の側近くへ寄った。

 おもむろに手を伸ばし、吐息がかかるほど近くによる。

 ワイン色の……いや、むしろ血の色のような両の瞳、それを長い睫毛が覆い、目の縁に影を落としている。

 肌は女の人よりも白いが、健康的な色味ではなく、日に当たらない植物をイメージさせる儚げな透明感がある。

 そんな彼に側に寄られ、俺の心臓はバクバクと波打った。

「ヴィ……ヴィンセント? あ、あの……」

 何か言おうと口を開くが、ヴィンセントはかまうことなく俺の耳元に手をかざした。

「……石けんが着いている」

「へ?」

「きちんと湯を流さないからだ。……貸したまえ」

 彼は握りしめたままのバスタオルを受け取り、洗面台のトレイに重ねてあるフェイスタオルを手に取った。

「出来ればもう一度入り直してもらいたいところだが、おまえは面倒くさがるだろう」

 そんな独り言を言いながら、フェイスタオルをやや熱めの湯にくぐらせた。

 最初はその部分に緩く絞ったタオルを宛てられた。それからすぐにきつく絞ったタオルで拭い、

「……これからはきちんと確認するように」

 と、つぶやいた。

 その間、俺は木偶人形のように突っ立ったままでいた。

 

 まるで子供にでもするような面倒を見られ、純粋に驚いたこと…… その感覚がようやく去った後は、心臓が口から飛び出そうなほどに、ドクドクと脈打ち始めたのだ。

 くすぐったいような嬉しい気持ちと同時に、なんだか泣きたくなるような気分になって、俺はグッと息を詰めた。

 それが耳元に触れていたヴィンセントに伝わったのだろう。

 だが、あからさまに顔を覗き込むような真似をせず、淡々と……だが丁寧に、首筋に繋がるあたりまでをやさしく拭い取ってくれた。