〜 もう二度と恋なんてしない 〜
〜 FF7 〜
<13>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 泣きたくなるような気持ち……?

 だが、なぜこの場面で……?

 

 それはこれまで嫌と言うほど経験したきた。

 父親の居なかった幼い頃から、神羅に入社した後も……

 そしてセフィロスの変貌……親友を失ったあの日……

 決して氷解することはないガラスの破片のように、胸の奥に突き刺さり、ときおり思い出したように痛む。

 それらはときおり俺に声にならない悲鳴を上げさせ、こぼれ落ちない涙を流させてきたのだ。

 でも、こんなふうに他人に触れられて涙腺が緩むなど、今まで一度も経験したことがない。ましてや同じ男で、今日出逢ったばかりの人……

 

 ティファなどは乱雑で気の利かない俺の面倒を、かいがいしく見てくれるのだが、彼女にたいしてこんな気持ちになったことはないのだ。手早くてきぱきと服の汚れを拭き取ってくれたり、タオルを差し出してくれたりなど、彼女にはこれまで嫌というほど世話になっているのに……

 

 『これ』はいったい何なのだろう?

 ヴィンセントにほんの少し触れられただけで、その部分がジンと熱を持つ。なつかしいような愛しいような哀しいような……

 ああ、言葉では説明のしようがないのだ。

 

「……クラウド・ストライフ?」

「え……あ、あ……」

 名を呼びかけられて、どこぞへ飛ばしかけていた魂を引っ張り戻す。

 やはりこの場所……ニブルヘイムという因縁の土地柄も関係しているのか、上手く感情が制御できない。

『しまった!』

 と思ったのは、頬から顎にかけて熱いものが伝わって行くのを感じたときであった。

 

 滑稽だがこのとき、まっさきに頭に浮かんだのが、

『変なヤツだと思われる! どうしよう!』

 というセリフだった。

 それから、どうやってごまかそう、この場を取り繕おうとばかり考え、俺の中身のない頭はフル回転したのだ。

 だが、いかに回転させようと、中身がないものはどうにも致し方がない。

 空回りを繰り返す俺の脳みそに、妙案は浮かんでこなかった。

 

 

 

 

 

 

「あ、な、なんでもない! ご、ごめん! 違うんだ、俺……」

 言葉にならない単語は、どこまでいっても意味をなさない。

「なんでだろう…… どうしてか……わかんないんだけど…… 色々……思い出しちゃって…… 今日、初めて逢ったのに……こんなみっともないとこ…… ごめん、ホント…… 俺……変だ今日……」

 謝罪するのもおかしいとは思うが、他にまともな言葉を見つけることもできなかった。ただ自分の異変が、目の前の人を困らせているだろうと……ただそれだけは間違いないことだとわかっていたので、ひたすら謝ったのだ。

「……変なんだ。いつもはこんなじゃないのに…… なんだかわかんないけど……いろいろ……苦しいのが……」

 呼吸をしたときにしゃくりあげたふうになってしまって、俺は必死に息を整えようと頑張った。この上、子供のように嗚咽などしたら、もはやどうにも取り返しがつかない。

 

 涙を応えようと歯を食いしばる。徐々に俺には、ヴィンセントの反応をさぐる余裕さえなくなっていた。

 不意に目元にやわらかな感触を得て、俺は息を飲んだ。

 ヴィンセントが黙ったまま、手布で涙を拭ってくれていた。

「あ…… お、俺……」

 何か言おうとすると嗚咽にとって変わってしまう。だが、ヴィンセントは次から次へと流れる涙を、何も言わずただそっと拭ってくれた。

「……どう……して」

 問いかけようとして、言葉が変な風に途切れた。

「どう……して、やさしく……すんの? 変なのに……俺」

 ヴィンセントは何も答えない。ただひたすらやわらかに涙を拭ってくれる。その感覚だけが答えなのだと感じられてしまうほどに。

「……変……なのに…… ごめん……」

「……謝る必要はない」

 ようやく一言、彼は言葉を発した。俺を宥めると言うよりも、ほとんど独り言に近いささやきであった。

「……変だとも思わない。人が涙を流すのはごく当たり前のことだ」

 そうつぶやくと、彼はそっと俺の髪を撫でた。

 撫でるというよりも、『触れる』という程度だろう。

「人の営みの……ごく自然なことを……あやまる必要はない」

 静かな言葉はゆっくりと、俺の胸に染み渡っていった。

 

 今朝方までは、これまでと変わらぬ一日が始まったとだけしか思っていなかったのに。

 特別な出逢いは、こんなにも鮮やかに心に光を灯すのか。

 

 胸の奥に突き刺さったいくつかの破片が、少しずつ溶け出して行くのを感じる。

 この人のぬくもりの中で、わずかに……だが確実に癒やされてゆくのだ。

 

「あの……ありがと…… ヴィンセント」

 なんとかそれだけを口にしたが、やはり彼は無言のまま、それでも俺の涙が止まるまでずっと側に居てくれたのだった。