嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<47>
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

  

 

 

……セフィロスの部屋の前までくると、私はそっと息を整えた。

 上手く居間や中庭で遭遇できないかと思っていたのだが、とうとう今朝から彼には会えずじまいなのだ。

 

 ……もしかしたら、本当は具合が悪くて寝込んでいるのかもしれない……私に心労をかけないように、クラウドたちが隠しているのかも……

 基本的にマイナス思考の私は、すぐにそういうことを考えてしまう。

 だいたいあの状況に鑑みれば、セフィロスのほうが深手を負っていてもおかしくないのだ。彼は私をかばってくれたのだから……

 

 意を決して扉を叩く。

 

 トントンという高い音に、心臓が破裂しそうになった。

「……誰だ?」

 すぐに返事があった。

 ……だが、セフィロスらしからぬ、慎重で暗鬱な声……

 

「あ、あの……あの……わ、私だ……」

 ああ、どうしてこうオドオドとした卑屈な態度をとってしまうのだろう。セフィロスには本当に情けないところばかりを見られている。

 

「あ、あの……」

「ヴィンセントか」

「あ、ああ……あの……き、君に会いたくて……ようやく目覚めることができたから……どうしても、君の姿を……」

「……オレは何ともない。部屋へ帰って休め」

「え…………」

 あっさりと言い返され、私は二の句が継げなくなった。

 ……怒っているのだろうか?

 それともあれほどに迷惑をかけられ、もう私とは関わり合いになりたくないと……?

 

「セ、セフィロス……あ、あの…… あの……私は……」

 ドア越しに聞こえた、チッという冷たい舌打ちに心臓が凍り付きそうになる。

 どうして……?

 ああ、もう本当に嫌われてしまったのだろうか……?

 勝手に家を飛び出して、結局ひとりでは何の決着も付けられず、皆を巻き込み……あまつさえ、セフィロスには最期の最期まで迷惑を掛け通しだった……

 許してくれというのは虫の良すぎる話なのだろうか……?

 

 私が思うように、私を好いてくれとは言わない……だが、どうか嫌わないで欲しい……君に憎まれるのだけは耐え難い……どうしよう……どう言葉を手繰って謝罪すればよいのだろうか……?

 

「あ、あの……セ、セフィロス……」

「……なんだ、まだ居たのか。早く部屋に帰れと言っただろう。また熱が出るぞ」

 忌々しげな物言いに、めげそうになるが、どうしても一目……一目会って謝罪がしたかったのだ。

 

「……セフィロス……!」

「なんだ」

「……セフィロス……め、迷惑を掛けてすまなかった…… あの……扉を開けてもらえないだろうか? どうしても君の無事な姿が見たいんだ……」

 縋るように私は希った。

「……何ともないと言っているだろう。もう行け」

 氷柱のごとき言葉が胸を貫く。

「セフィロス…… セフィロス……!」

「…………」

「そんなにも私は疎まれてしまったのだろうか? どうすれば許してもらえるんだ? 何でも……君のいうとおりにするから…… 君が不快だというのなら、今回きり側に近寄ったりしないから……! だから……姿だけでも……無事な姿だけでも……」

 もしかしたら、あの美しい肉体に、何か致命的な傷を負ってしまったのではなかろうか?

 それを未だ病床にある私に気付かれないよう、隠しているのでは……?

 そう考えると、もはや居ても立ってもいられない。

 『泣きグセは直せ』と何度も言われたにも関わらず、私の涙腺はいともたやすく緩んでしまう。それでもこれ以上、嫌われないように、不愉快に感じられないように、必死に嗚咽を堪え、私は懇願を繰り返した。

 

「セフィロス……! セフィロス……! 頼むから……お願いだから……ここを……ここを開けてくれ……!」

「……いいから部屋へ戻れッ!」

 厳しい口調で怒鳴りつけられ、私はビクリと身震いした。

 

「あーあ、そんな言い方ないんじゃない? ヴィンセントが目を覚ますの、ずっと気にしてたくせに」

 へたり込んだ私の頭上で、茶化すようにそう言ったのはヤズーだった。買い物袋を片手に、空いた方の手をひょいと持ち上げる。

「チッ……イロケムシ……! コノヤロー!」

 扉越しにバンという音。きっと枕か何かを扉に投げつけたのだろう。

「ホントのことでしょう? 何を隠れてるんだか、あなたらしくもない。俺たちの前にはフツーに出てくるくせに。まさか元に戻るまでヴィンセントに会わないなんて言い出すつもりじゃないだろうね?」

「…………」

「さ、開けて、セフィロス。ヴィンセントも心配してるし、頼まれてた本買ってきてあげたんだから」

 ツケツケとそういうと、遠慮会釈なく、ヤズーはぐいと扉を開け放った。鍵は最初から掛けていなかったのだ。

 

 キィィィと軽い音を立て、ゲストルームの扉が開く。

 へたり込んだままの私を、ヤズーがそっと助け起こし、促すように室内へ入れてくれた。

 

「……セ、セフィロス……? あの……」

「……チッ、なんだまた泣いているのか、男のくせにビービー泣くな!」

 叩き付けるように言うセフィロス。

 双眸に溢れてきた涙が、まるで凍り付くように止まる。

 ……いや……むしろ、そのまま声を上げ、身を投げ出して、謝罪したい気分になっていたのに、あまりの出来事に私の肉体は石化してしまったかのようだった。

 

「……ホレ見ろ。だからコイツには見せたくなかったんだ!」

 忌々しげに、ヤズーへ苦情を突きつけるセフィロス。

 だが、そんなやり取りなど、私の頭にはカケラほども入って来はしなかった。

 

 ……セフィロスの髪……

 腰を覆うほどに豊かで、つややかだった銀の長髪が、ブッツリと肩口で切られていた。頬にガーゼが宛ててあるのは火傷の名残なのだろうか。

 

「ああ、一応、まだ貼ってるけど、もう赤みも取れてきたし、痛くもないっていうから平気だよ」

 ヤズーがあっさりと言った。

 頬の傷のことを指しているのだろう。

 ……だが、私の心臓を氷り漬けにさせたのは、むしろその長い銀の髪を失った姿だった。