嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<46>
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

  

 

 

 

 

 

 ……翌朝……

 

 いや、朝と言うよりも、すでに昼に近い時間であった。

 私はふと微睡みから目を覚ました。

 ぼんやりと視界が白濁している。やはりまだまだ本調子とはいかないらしい。

 レースのカーテンの向こうでは、夏の国特有の青い空が眩く揺れている。

 

 コンコンという、軽いノックの音。

 きっと目覚めていなかったら、聞き逃していたであろう、小さな音だ。

「……あ、ああ……」

 とおかしな返事を横になったまますると、ヤズーがそっと扉を開けた。

 

「おはよう、ヴィンセント。気分はどう?」

 華のような笑みを浮かべ、やさしく訊ねる。

「……ああ、もう……なんともない」

「また、無理する。何ともないって事はないでしょ? でも、そろそろご飯食べなきゃね」

「……ああ……それよりも……シャワーを……」

 ボソボソと私はつぶやいた。

 昨夜、一週間近くも眠り込んだままだと聞いた。さすがに気になってしまう。

 

「シャワー? うーん……そうだねぇ。まぁ、手術したわけじゃないし、裂傷も縫うほどのものではなかったから……かまわないのかもしれないけど……」

「あ、ああ……その……気になるし……」

「まったく繊細だね、ヴィンセントは。大丈夫だよ、身体拭いたりはちゃんと俺がしてあげたし」

「そ、そんな……す、すまない……」

 真っ赤になって恥じ入った私に、ヤズーは取りなすように言ってくれた。

「もう、そんなこと気にする必要ないじゃない。兄さんの大切な人なら、俺たちにとっても家族みたいなもんなんだし。男同士なんだから」

「……あ、ああ……でも……」

「いいからいいから。じゃ、俺、ぬるめのお風呂、沸かしてきて上げる。10分位したらバスルームにおいでよね。その間に、食事用意しておくから」

「ヤ、ヤズー……何から何まで……」

「もう、水くさいこと言わないで。たまには俺にも世話焼かせて頂戴」

 茶目っ気たっぷりにそう言って微笑むと、彼はきびきびとした足取りで準備をしに部屋を出ていった。

 

 

 

 

 ……呼吸を整え、時間をかけてゆっくりと身体を起こす。

  

 ……よし、大丈夫だ。ちゃんと立ち上がることができる。

 それに思いの外、身体が軽い。

 ああ、いや、ここ数日、ほとんどものを口にしていなかったわけだから、軽くなっているのは当然のことだが、昨日より、ずっと楽に動けるようになっていた。

 

 気を利かせて出して置いてくれた着替えとローブを手に、ゆっくりとバスルームに向かう。

 久々に浸かる湯は……ああ、本当に「生き返る」という表現が似つかわしいほどに心地よく、今さらながら生還したという実感を噛み締めることになった。

 ゆらめく透明の湯に、私の貧相な肉体が映っている。ところどころ、ツンと染みる部分はあるが、ヤズーの言ったとおり深手はなかったようだ。もっとも醜い擦過傷や痣はいくつも見つかったが……

 

 あまり長く入っているとのぼせてしまうし、ヤズーも心配するだろう。

 私は手早く身体を洗い、湯で流すと、新しい夜着に着替えた。

 ……やはり昨夜は動転していたのだと思う。セフィロスに一刻も早く会いたい気持ちは変わっていなかったが、一週間も眠り続けた見苦しい姿での対面は、あまりに恥じらいがないと思われることだろう。敢えて部屋を訪ねてくれなかったのも、紳士的な彼が、その辺りの事情を配慮してくれたのかもしれない。

 ……私は本当に自分のことばかり考えていて……年長者だというのに、セフィロスのような気遣いが全く出来ないのだ。

 微かな自己嫌悪に陥りつつ、私室に戻ると、ちょうどヤズーがトレイを手に入ってくるところだった。

 

「うん、顔色がよくなったみたいだね。ホントはひとりで入らせるの心配だったんだけど……今日は兄さんも仕事でいないしさ」

「そんな気遣いを……もう大丈夫だ。迷惑をかけて申し訳ない」

「またまた、すぐに謝る。そう思ってくれるなら、残さないで食べて欲しいな」

 そういうと、トレイをテーブルに置いてくれた。

「起きて食べられる? まだしんどいようなら俺が食べさせてあげるけど?」

「心配ない……ああ、美味しそうだ……」

 トレイの上にはヤズーの心づくしの食事が並んでいる。本当に細やかな気遣いをしてくれるヤズー。

 あさりベースの大根と三つ葉のリゾット、ウドの梅肉和え、里芋とインゲンの煮物、デザートにはキウイの寒天寄せまである。 

 

「うん、和風リゾットにしたんだ。あなた、味薄いの好きだし、これなら消化にいいからね」

「ありがとう……」

「やだなぁ、いちいちお礼なんて言わないでよ。ヴィンセントの作るものほど美味しくはできないんだけど、色々調べて作ってみたの。ゆっくり食べてね」

 そういうと、ひらひらと手をふって、彼は軽快な足取りで出ていってしまった。

 この時間ならば、洗濯か……買い物に出たか……だ。

 

 私は言われたとおり、ゆっくりとだが、きちんと食事を済ませた。

 確かに多い量ではなかったが、もともと少食で、さらに胃の小さくなっている私には十分すぎる分量だった。

 それを本当に少しずつ……胃に収めてゆく。

 温かな料理は私の肉体に熱を灯し、渇きを癒してくれた。

 

 セフィロスに礼を言いに行くのは、食事を終え、きちんと身だしなみを整えてからにしようと思う。

 いつまでも寝間着のままでフラフラとしていたら、見ている側も重い気分になってしまうだろう。クラウドだって元気になった私の様子を見れば嬉しく思ってくれるに違いない。

  

 そう考え、きちんと朝食兼昼食を食べきったのであった。