嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<44>
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

  

 

 

 

 

 

『……あ、……今、まぶた、動いたと思わないか?』

『……え、ホント、ヤズー? 僕、わかんなかった…… ……あッ?』

『な、今もほら……おい、ロッズ! 兄さん呼んで来い』

『わかったよ、ヤズー!! 兄さ〜んッ!』

 ドタバタドタバタ……

『ロッズ、うるさい! ヴィンセントの身体に障るっ!』

『しッ、カダ……ほら……意識が……』

『ヴィンセント……? 僕たち……わかる?』

『……ヴィンセント? ……すぐ、兄さん来るからね。気を確かに……ね?』

『もぉ、ロッズ何してんだろ! 僕もちょっと見てくるッ!』

 パタパタパタパタ……

 

『ヴィンセント……? どう……具合? どこか痛いところはない?』

 

 私の意識が徐々に明確化してきたのは、ヤズーにひどくやさしい声音で、そう呼びかけられてからだったと思う。

 

「……あ……?」

 自分の口から漏れたのは、聞き苦しいほどに掠れた声であった。

 意識を取り戻した私が、一番最初に感じたのは『生きている』という驚愕と言葉にし難い違和感……

 あの状況の中、幾度もセフィロスに、『生きて帰るぞ』と怒鳴りつけられたが、まさか本当にこうして呼吸をしているとは……

 

 この場所は……私の部屋……?

 そう……夢にまで見た、コスタデルソルのあの家の……

 

 どうしてもそれを確かめたくなり、私は身を起こそうとした。ギシギシとあちこち軋む身体は、なかなか持ち主の言うことを聞いてくれない。

 あわててヤズーが私の背を支えてくれた。それもそっと……まるで壊れ物を扱うような慎重さでだ。

 

「ダメだよ、ヴィンセント、無理しちゃ」

「……ヤズー……?」

「ああ、そう……そうだよ。よかった……目が覚めてくれて。もうずっと……それこそ、一週間近く眠り続けていたんだからね。そう思い通りには動けやしないよ」

「……一週間……?」

 あの死闘から、すでに一週間もの時間が経過していたというのか?

 にわかに信じがたい話だ。

 ……ほら、こうしていても、あのときの情景がまざまざと浮かんで来るではないか。

 オメガヴァイスの巨躯……炸裂した発熱体……身を焼くような白い炎……

 ああ、そして……セフィロスの力強い腕……やわらかな黒い翼……

 

「ヤ、ヤズー! セ、セフィロスは? セフィロスは……」

 不自由な身体でありながら、飛びつかんばかりの勢いで掴みかかった私に、さすがの彼も吃驚したようだ。切れ長の睫毛の多い双眸を見開き、困惑したように口を開こうとした、まさにその時……

 

 

 

 

 バタバタバタ……ッ!

 

 聞き慣れた騒々しい……でも、軽い足音が響いた。

 バタン!とばかりにドアを叩き付け、ヤズーににらみつけられるのも、いつものことであった。

 ……クラウド……

 

「……ヴィン……セント……? ヴィンセント……?」

 恐る恐る、彼は私の名を繰り返した。

 まるでおかしな行動をとったら、この身がふわりと霧散するのではないかと心配するように……

「ヴィンセント……? だ、だ、だいじょうぶ……? おれ……わかる……?」

 言葉を覚えたばかりの子どものように、片言で訊ねる。

 

 ……クラウド……クラウド……

 ああ……クラウド……!

 

 黄金の髪をした光の申し子……私の道しるべ……

 

「……クラ……ウド……」

 こんなときに何を言えばよいのだろうか。しかも思うように声も出ない、惨めなありさまで。

「……クラウ……ド……」

 それでも掠れた声で、彼の名をつぶやき、私はようやく持ち上げた片手を、彼のほうに伸ばした。なにも考えない、無意識の動作であった。

 ……震える指の先で、クラウドの整った面差しが泣き笑いのようにぐしゃりと崩れた。

 

「……ク……ラ……」

「ヴィンセントーッ! ヴィンセントッ! ヴィンセント〜っ!」

 ヤズーに止められなければ、彼はいつものように私の身体を突き飛ばす勢いで抱きついて来たところだったのだろう。

 慌てて止められ、ハッと我に返った様子で、「ご、ごめん」と辿々しく謝罪し、私の伸ばした手をやさしく……それは本当にやさしく取ってくれたのであった。

「……クラウド……」

「……ヴィンセント……か、身体……へ、平気……?」

 すでに、ボロボロと涙をこぼしている彼の言葉は、ところどころ途切れがちで、少しばかり聞き取りにくかった。

「……ああ」

「痛いところ……ない?」

「ああ……だいじょうぶ……だ」

 私の身体は、致命傷を受けたわけではないようだった。しかし、どこもかしこもギシギシと軋むような痛みがあり、細かな擦過傷や裂傷など、数え切れないことだろう。

 だが、今はクラウドを安心させてやりたかった。

 こんなにも私の身を案じてくれていたクラウド……おのれの身を顧みず、あんな場所まで私を追ってきてくれた大切な恋人の…… ああ、まだそのような言葉を口にしても許されるのなら、思いやり深い最愛の青年を安堵させてやりたかったのだ。

 

「……ヴィンセント……見つけ出したとき……身体……傷だらけで……」

「……クラウド……」

「心臓動いてるの……すぐ確かめたけど……おれ……俺……もう本当に不安で心配で……」

「すまなかった……」

「ううん……ヴィンセントが謝ることじゃないよ……むしろ、アンタはこの星をオメガの脅威から救ってくれたんだから……」

「……だが……心配……させてしまった……」

 喉に詰まる声を出すため、軽く咳をして、私は言葉を綴った。

 

「……心配……したよ…… 心臓がギュウってなるほど…… ご飯食べらんなくなるほど…… 心配した……ヴィンセント……」

 彼は私の手をそのまま取ると、桜色の頬に当てがう。確かめるように幾度となく頬ずりを繰り返す。

 惜しげもなくこぼれ落ちる熱い涙が、頬に触れた私の手を濡らしていった。