嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<39>
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

  

 

 

 

 ……ああ、それからのことは……記憶がひどく曖昧で……

 断片的な思いを拾うことはできても、すべてを整然と語ることは不可能なのだと思う。

 だが、おのれの中で、今回の出来事を理解し、心に刻むためにも、僅かずつなりとも、破片を拾い上げ、繋いでいく作業を放り出すつもりはない。

 それは、私を命がけで救ってくれたセフィロス……そして我が身を顧みず、駆けつけてくれたクラウド始め、ヤズー、カダージュ、ロッズに対する礼儀であると、そう思っている。

  

 ……ヴァイスの身体が、自ら発した閃光に包まれたとき……

 私は自我の外側で、間違いなくオメガの目覚めを感じ取っていた。それはもはや本能とでも言うべきものだった。

 カオスを宿した者として、その対の目覚めに肉体の細胞が感応した……そう表現するほかにないと思う。

 

 肉体の内奥から吹き出す、凶暴な感情。

 ……カオス……!

 

『……星の淀み生まれし魂

 汚れ除き清き流れ

 終わり名を持つ

 オメガへ導く

 その名はカオス

 星の海への導き手……』

 

 ……オメガの誕生に、地上のすべての命を摘み取るカオス……

 

 それが今まさに、私の肉体を支配しようとしていた。

 

 

 

 

「あ……あああぁぁぁーッ!!」

 私は頭を抱え、こみ上げてくる強烈な感情に悲鳴を上げた。

 

 ……私が私ではなくなる……私の自我が支配されてゆく……

 

 ……私は『カオス』になる……

 

 

(…………ント……!)

(…………ヴィンセント……!)

 

 ……だれかが名を呼ぶ……

 寸分に残された私の心に、何者かが語りかける。

 

(…………て……!)

(…………して……!!)

 

 ……なんだ……誰だ……?

 もう……自我が保てない……私は私ではなくなる……私は……壊れる……

 

(…………して……! ヴィンセント!!)

 

 ……ルクレツィア……? 

 ……君なのか?

 ああ、すまない愛しい人よ。とうとう君ばかりではなく、君の大切なセフィロスまで巻き添えにしてしまった。

 彼はとても聡明で美しく……そして強い人だ。

 君は彼のことをずっと心配していたが……セフィロスの周囲には私など及ぶべくもない、すぐれた人々が集っている。

 まもなく私の自我はカオスに吸い込まれ、完全にこの世界から消滅するだろう。

 

(……セント! ヴィンセント……!)

 

 ……だが、ルクレツィア。君が私の命を救うため、カオスを宿してくれたこと……そして何より、セフィロスを生み出してくれたこと……どういう運命のいたずらか、たとえ一時でもその彼と過ごすことができたこと……

 どれをとっても、私には過分の恩恵だったのだと思っている。

 夢見の枕辺に現れる君は、いつでもつらそうに眉を寄せ、私に謝罪を繰り返していた。

 ……だが、私は一度たりとて君を恨んだことはない。

 

(……セント! ヴィンセント……ッ! …………るな!)

 

 ……親愛なるルクレツィア。

 もう謝るのはやめてくれ。……そしてずっとセフィロスを見守っていて欲しい。

 君の大切なセフィロス……そして私にとってもかけがえのない存在になった彼……

 

 ああ……もう……時間が無いようだ……

  

 クラウド……セフィロス…… 大切な君たち。

 こんな私を愛し、いつでも手を引いてくれたクラウド。困惑するほどに「愛してる」と繰り返してくれた、私のような人間にとっては、あまりに眩しすぎるおまえ……

 

 そしてセフィロス。

 本当に強い人というのは、君のような人物を言うのだろう。

 母親に似て聡明で、美しく……そして雄々しい君。誰からも羨望の眼差しで崇められる君のような人が、こんなにも私のために尽力してくれたのは、今をもっても理由が見あたらない。

 だが、まもなく消える「私」の記憶に刻み込んでおこう。

 君という人が、最期の最期まで私の側に居てくれたこと……私を守ろうとしてくれたこと……そして肩に感じた、君の身体の暖かみを……

 

 

 ああ……自我が……「私」が……霧散……する……

 

「ヴィンセント……ヴィンセントーッッ! オレを見ろっ! 正気を保てッ!!」

 

 その怒声は、消えかけてゆく、意識に直接叩き付けられた。

 もはや自分の肉体とも思えぬ身体の、目をこじ開ける。 

 

「あ……あ……あああーッッ!」

 『ヴィンセント』が叫んだ。

 私の意識の破片が、呼びかけに反応したのだ。

 ……まともな言葉が綴れず、ただ声を上げることしか出来なかったが……

 

「ヴィンセントッ! ヴィンセントッ! しっかりしろっ! オレだ! オレがわかるか……ッ!?」

「……あ……あ……」

「ヴィンセントッ! しっかりしろッ!飲み込まれるなッ! 気をしっかり持て」

「……あ……あ……?」

「カオスに呑み込まれるなッ! 心を取り戻せ!」

「………………」

「カオスに使われるのではなく、カオスを使え! おまえはおまえだッ! ヴィンセント・ヴァレンタイン!!」

「…………あ……セフィ……?」

 

 ぼやけていた視界が徐々に定まってくる。

 ただひたすらに暗黒に囚われていた視界が、霧が晴れるように見えてくる。

 私の肩を抱く、目の前の人……

 

 長い銀の髪に、陶器のように美しい肌……そして整った造形……

 氷の湖を思わせる、蒼い蒼い瞳……

 

「……セフィ……ロス……?」

 私の口唇は、震えながら、その名をつぶやいた。